凛華(リン)の朝

 すーすーすー。


 アンティークな木のベッドの上で静かに寝ている中性的な顔立ちの女の子。彼女の名前は凛華、友人からはリンと呼ばれている。


 ちゃんちゃらら~♪


 5時になると、部屋の一角に置かれているオルゴールがなり始めた。流れているのは某有名なクラッシック音楽で、リンのお気に入りの音楽の一つだ。


「うーん? ……。よし」


 リンはむくりと起き上がり、部屋に置いてあるコーヒーメーカーを使って一杯のコーヒーを淹れた。そして勉強机に座って一冊の本を手に取って読み始めた。これがリンの日課である。朝から30分、オルゴールの音を楽しみながら、コーヒー片手に読書をする。

 ちなみに読んでいる本は有名なラノベの英訳版・・・である。まだリンが小学生だった頃、友人のヒメが外国人相手に英語で道案内したのを見て対抗心を燃やし、必死に勉強したそうだ。

 まあ、それはあくまできっかけ。今では別の意味があり、それは……。


(こういう事をしている自分って、大人)


 そう思えるからだ。自分自身を尊敬できる、それは健やかな生活を送るうえで重要な心の在り方と言えよう。もっとも、自尊心プライドは時に自分を傷つける物でもある。しかし、リンはその事を十分理解しており、今では自尊心と上手く付き合えるようになっている。


 ……なお、そんなリンを見たヒメは「こういう所は子供っぽいよねー」と思っていたりする。大人っぽく振舞っている時点で、それは子供なのだ。



 リンとヒメの出会いは小学3年生である。クラスで一人浮いているリンに、ヒメが「一緒に話そ!」と言ったのがきっかけだ。


 リンは当時、クラスメイトに対して「私はこんなお子ちゃま達とは違うんだ」と思っていた。だから、バカバカしいギャグを連発するクラスメイトを「うるさい」と一蹴したりと、クラスメイトとの間に壁を作っていた。

 壁は徐々に高くなり、亀裂となり、溝となり、海峡となった。リンは他のクラスメイトから孤立してしまった。

 それを先生が心配したものの、リンは自尊心プライドからか「気にしてない」と言った。心優しい生徒が「えーっと、一緒に遊ぶ?」なんて誘ってくれても「遠慮する。読書してるから」なんて言い続けた。


 周囲からリンは怖い存在と思われてしまい、ますます彼女は孤立した。


 心のどこかで寂しさを感じているにも関わらず、それを誰にも打ち明ける事が出来ない。また、自分自身も認める事が出来ない。そんな中、リンは三年生に進級した。


 そしてヒメと同じクラスになったのだった。

 ヒメはリンの心の内をいち早く察して、彼女に声をかけた。初め、リンはヒメに拒絶するような言葉を発したが、それでもヒメはしつこい程にリンに声をかけた。リンが本心から拒絶している訳じゃないと分かったからだ。

 徐々に徐々に、二人の間に会話が増えていった。リンの方からヒメに話しかけるようになった。


 そんなある日、リンはあることをヒメに聞いた。「どうして私と話すの?」と。ヒメには別の友人(ハルやユズ)もいたのに、それでもなおリンに積極的に話しかけてきたことが、どうしても理解できなかったからだ。


「んー難しいことを聞くね。……リンちゃんって可愛いから、かな?」


 ヒメはそう答えた。


「? 私、よく可愛げがないって言われるけど」


「そうかな? 私は全然そんな風には思わないよ。だってリンちゃん、とっても子供らしいし」


「そんな事はない」


 少しきつめの口調で返すリン。それに対して、ヒメは一切ひるまず、むしろ優しくリンの頭を撫でながらこう言った。


「そんなことあるよ。自分に正直になれない女の子。とっても子供っぽくって可愛いよ」


「……! そっか、私、子供っぽいんだ……」


「リンちゃん? え、ごめん、泣くほど嫌だった?!」


「違う、そうじゃない。……ありがと」


 リンはヒメに抱き着いて、静かに涙をこぼした。

 リンはこの時、今まで自分を縛り付けていた自尊心プライドと言う名の鎖から解き放たれたのだ。そして同時に、ヒメの慧眼に、優しさに、美しさに感銘を受けた。こうして二人は本当の意味で友達となった。


 さて、リンは読書家であり博識である。勉強する中で数多くの偉人の逸話を聞いてきただろう。それでもなお、リンに「一番尊敬する人物は?」と尋ねると、彼女は一切迷わず「ヒメ」と答える。



 朝6時になると、ヒメ達とダンジョン攻略するために東京中央ダンジョンへ向かう。ダンジョンの入り口に着くと、そこにはすでにヒメがいた。


「おはよ、リンちゃん」


「ん、おはよ」


 自然と二人は肩と肩をくっつけて壁にもたれかかった。


 リンにとってダンジョンはびっくり箱である。

 何事も冷静に見てしまう彼女は、好奇心と言うものを失いつつあった。例えば理科の実験、小中学生ならワクワク楽しんでするものも、リンは「どうせ結果はこう」と思ってしまうのだ。

 しかし、ダンジョンではそうはいかない。常に理解不能な事が起きて、彼女を驚かせてくれる。そんな場所なのだ。



 程なくしてユズとハルもやってきて全員が集まった。いつもならここで、ヒメが今日の目的を発表する。しかし、今日はいつもと様子が違った。


「今日は新しい階層に行くんだけど……その前にみんなにはこれを渡しておくね」


 ヒメが三人に手紙を渡した。リンは青色の封筒を受け取った。

 封筒には「リンちゃんへ」と書かれている。


「あ、まだ開けたらだめだよ! この手紙は、三人がどうしても困ったときに開いて読んでみて。どうしても困った時だよ。それまでは開けちゃダメだからね!」


(ヒメがこんな事を言うって事は、絶対何かある。……おそらく近いうちに離れ離れになるイベントがあるのかな。個人の強さを測られる、的な)


 そう考えた。





 そしてその日。リンはみんなとはぐれてしまった。


「やっぱり。さて、それじゃあクリア目指して頑張ろう」


 リンは冷静に、しかしどこかワクワクしながらそうつぶやいた。






◆ あとがき ◆


 三話連続投稿、楽しんで頂けましたでしょうか?

 今回のストーリーを通じて、ハルちゃん、ユズちゃん、リンちゃん、三人の魅力が少しでも伝わっていたらいいなと思います。


 さて、これにて第二章『アイドルが駆ける』の幕を閉じ、次話からは第三章『アイドルが成長する』が始まります。

 今話では四人が分断されてしまいました。ダンジョンではあるあるのギミックですね。リンは「個人の強さを測られる」と予想していますが、果たしてこの世界のダンジョンはどんな試練(?)が待ち受けているのでしょうか? 乞うご期待!



 最後に作者からの感謝とお願いです。

 ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思って頂けたならブックマークや評価、レビューをして頂けるとすごく助かります。

 よろしくお願い致します。m(_ _)m


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