お疲れ部長さん?

 部長さん、ではなく元部長さんはまだ学部一年生にして既に研究室に所属していた。正式な研究室配属は4年生からなのだが、元部長は自主的に興味があるラボに通っているのだ。

 ラボの名称は「魔法情報科学」、そのホームページには次のように記されている。


“未だ全貌が分かっていない魔道具の原理。それを解明し、自由自在に扱えるようになることは、我々人類に多大な利益をもたらすだろう”


 ラボには【アイテム職人】【エンジニア】などの職業ジョブ持ちも多数所属しており、元部長にとって馴染みやすい空間だった。



 とまあそのような理由で普通の大学生よりは忙しい毎日を送っている元部長ではあるが、丁度その日は用事がなく家でのんびり魔方陣を縫っていた。



 お屋敷の一室で元部長は今日も今日とて魔方陣の研究開発をしていた。

 キリの良いところまで作業を進め、そろそろ休憩しようと集中を切らすと、部屋が暑くなっていることに気が付いた。


「暑いわね……。冷房を入れようかしら」


 そう小さく呟いた彼女は、壁にかけてある布に触れて魔力を流した。すると布に縫い込まれていた魔方陣がまばゆく光り、ヒュウッと冷気が部屋を満たした。


「やはり便利ね、魔法と言うものは。一般にも行き渡るようになればいいのに……。まあそれは厳しいわよね」


 この冷房(の魔道具)はもちろん元部長自身が作ったもの。だから材料費以外は掛かっていないが、もしもこれを売り出そうとすると、かなり高額になるだろう。電気代が掛からないことを加味しても、エアコンを買う方が遥かに得となるくらいには。


 実は、このような魔方陣ベースのアイテムは、人が手ずから作らないと効果が発揮されない仕様になっていて機械で縫っても意味がないのだ。だから大量生産するのは困難を極める。

 また、職業ジョブレベルに応じて作れる物が制限されている事も、魔道具が一般に広まらない理由の一つとなっている。例えば「発光」は【アイテム職人】になる前でも製作可能だが、「マジックバッグ」は【アイテム職人】になった後でないと製作できない、のような縛りがある。

 そして材料の供給に限りがある以上、むやみやたらと【アイテム職人】を増やしてしまうとレベル不足で役に立たない人ばかりになってしまうという問題が起こりかねない。

 こういった事情から【アイテム職人】の人数はなかなか増えないのだ。



 ……という事をヒメは知らない。



 さて、のんびりと元部長が寛いでいると、不意にメッセージが届いた。後輩のミカンからである。


「えーっと? 『私のレベルでは作れない、それどころか魔方陣である事すら見抜けない図案を妹が持ってきたんです。それで、お時間があれば代わりに作っていただけませんか?』か。ミカンのレベルも相当高いはずなのに、それでも作れないって、どんなヤバい代物なのかしら……」


 添付されていた画像を開くと、スマートフォンで見るのが厳しいレベルで複雑な紋様が描かれていた。一瞬面くらった部長さんだが、すぐにPCを立ち上げてそっちに画像を転送。魔方陣を眺める。


「なるほど、これは確かに魔方陣みたいね。でも、効果までは鑑定できないみたい? えーっと『概念・節・指定・01・12』かあ。まっっっったく分からないわね」


 元部長の目には、この魔方陣の効果は「概念・節・指定・数字」であると読み取れた。意味不明な単語の羅列なのは、おそらくレベルが足りないからだろう。

 昇進してもレベル不足なんて、これはどこで見つけてきた図案なのだろうか。きっと謎ジョブの謎の力を使ってダンジョンから取ってきた物なのだろうなあ、と部長さんは思った。


「ともかく、効果を確かめるために作ってみないと。っとその前に返事しておかないと」



ミカン「あ、返事が来たよ~! 鑑定出来たって♪ ……けど、詳しくは見ただけでは分かんないんだって」

ユズ「そっか、じゃあ一歩前進だね♪」



 元部長は頑張った。流石は【アイテムマイスター】と言うべきか、次の日には魔方陣を完成させてしまった。ミカンとは格が違う……文字通り職業ジョブ☆数が違うのだ。


「うん、間違ってない。大丈夫、大丈夫。それじゃあ早速起動してみようかな。えい」


 もうちょっと躊躇しなよ、危ない物だったらどうするんだ……。睡眠時間を削って魔方陣を作っていた元部長は、判断能力が落ちているのだ。

 魔力を吸った魔方陣が光り輝きはじめた。ギラギラと光る魔方陣。しかし。


「何も起こらない……? うーん、失敗はしてないはずなんだけど」


 光っている魔方陣を鑑定する。「概念」「節」「指定」「二種類の数字」が視えている。つまり成功しているはず。


「それにしても、そろそろ年賀状の準備をしないと。ギリギリになって大慌てするのはもうこりごりだから……。いや、今は初夏よ、お正月はまだまだ先。はあ、疲れているのかしら。今日は早く寝ようっと」


 作業部屋から出ると、暖かな空気が彼女の肌に纏わりつく。しかし、それを心地よく感じたのは、彼女が長時間冷房の中で過ごしていたせいだろう。


(ちょっと寒くし過ぎたから、冬って勘違いしちゃったのかなあ?)


 冷房の魔方陣は、電気代を気にせず使えるとはいえ無暗な利用は控えるべきだろう。




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