これ、もはや別ゲームでは?

「〈レイズソング〉、いっくよー! ヒメちゃん!」


 ハルちゃんから赤色の音符が飛んできて私の体に吸収される。

 その瞬間、私は強烈な体のほてりを感じた。今の感覚を言葉で表現するのは難しいわね……分かりにくい事を承知で無理矢理表現するなら「マラソンを走り終わった後みたいに体が熱いけど、決して疲れているわけではなく、むしろ爽快でやる気に燃えている」って感じかな?

 これだけ言うとアブナイ薬品みたいね……。毒性は無いし依存性もないから安心してね!!


「よし、じゃあ行くよ……それ!」


 ジャンプ、ジャンプ! 木の枝に飛び乗って、さらにその枝からジャンプ。高さ10メートルくらいにある枝に飛び乗った。そして……。


「てや!」


 そこから切り立った崖に向かってジャンプ、僅かな凹凸に足をかけ、崖を走るように昇っていき……。


「ゴール!」


 最初いた地点から20メートル以上高い場所に到達!


「「「おおー!」」」


 そんな事をしながら、私は思う。「もはや別ゲームでは?」と。



 ハルちゃんのスキル、〈レイズソング〉は味方全体にバフをかける魔法ね。使いこなせば非常に心強いスキルではあるのだけど、厄介な点もあってきめ細やかな操作が出来なくなるというデメリットがあるわ。

 例えば、移動速度がおおよそ1.5倍~3倍になる。倍率に幅があるのはスキルの熟練度によって効果が大小するからよ。さらに、育成次第ではもっともっと倍率が上がることもある。

 速く移動できるのはもちろんありがたいのだけど、それは同時に操作性が悪くなることを意味する。「あ、行き過ぎた。敵に近づこうと思ったら、敵に激突した」なんてことが起こってしまう。


 そしてそれはゲームでの話。リアルならさらに厄介みたい。


 例えばバフがかかった状態で走ろうとするじゃない? 物凄く集中してないと、すぐに転んじゃうわ。あるいは木とか岩に激突する。

 これを完璧に制御できるまで、先の階層には行けない。思っている以上にリアルは厳しいのね……。


 とまあバフの欠点ばかり話してきたけど、もちろん素晴らしい点もたくさんある。例えばジャンプしたら軽く自分の身長より高い場所に乗れるわ。某赤い帽子をかぶった配管工のおじさんもびっくりの跳躍力ね!


 そんな訳で、春休み中、何度も何度も練習した結果、冒頭みたいなアクロバティックな動きを出来るようになった訳だけど、それでも決して完璧とは言い難い。

 魔物を前に、歌って踊って魔法をぶっ放しながらさっきの動きを出来るかと聞かれると無理と言わざるを得ない。


「よっと。よし、出来た」


「わあ! リンちゃんも成功ね!」


「途中危なかったけど。それにしても、バフってほんと凄い。学校の体育でもこれを使えたらいいのに……」


 その場でジャンプして、くるっとバク宙をきめるリンちゃん。リンちゃんは元々スポーツができる方だし、バフがかかっていればバク宙くらい簡単にできるみたいね。かっこいいな。


「ドーピングはダメだよー。って言うか、そんなことしなくても今の私達のレベルなら相当強いはずだよ?」


「確かに」


 三学期にマラソン大会があったのだけど、私たち三人はかなり早かった。……この学校には他に【アイドル】はいないのかなあ?


「そういえば、アイドル養成学校みたいなのって無いのかな? (ゲームにはそう言うのは無かったけど)リアルここならあってもおかしく無さそうなものだけど」


「(ここなら? ああ、東京ここならって事か。) 探せばあるかも? でも、お母さんに『歌都うたのみや女学園』に行くよう言われてるから……」


 歌都うたのみや女学園、ミカンさんも通っているお嬢様学校ね。


「そうだね、私も行きたいって思ってる。特待生試験、受かるかなあ……?」


「ヒメなら余裕じゃない?」


「どうだろ? 私の場合部活とかしてないし、実績がないのよね……。JJMOとかJOIとか受けてみようかな?」


「ジュニア数学オリンピックと情報オリンピックだっけ? それは面白そう。でも、例えばミカンさんも特別な実績があった訳じゃないけど受かってたし、勉強さえできれば何とかなるんじゃ?」


「まあそうかもしれないけど……。ってその言い方はミカンさんに失礼だよ!」


「……確かに。心の中で謝っておこう」








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