木箱の正体

 ラッキーイベントで倒した魔物のほとんどが、毛糸や布と言った素材、あとは音符結晶を落とす中、私が見ていないところで変わったものが落ちたみたい。まさか、私が倒すとレアな物がドロップしない……? ひょ、ひょっとしてこれが物欲センサー?!


※偶然です


「なになに、何がドロップしたの?」


「「「木の箱」」」


「えっと? ああ~! これね」


 三人が言うように、それは両手で持たなきゃいけないくらいの大きさの木箱だった。ところどころ傷がついていて決して綺麗な箱とは言い難いけど、不潔さは感じないわね。……年季が入っているとでも形容すればいいのかしら?


「もしかして宝箱だったり?!」

「宝箱なら、もうちょっときれいじゃないかな~?」


 これを宝箱と考えるとは、なかなか斬新。けど、違うわね。中に入っているものはお宝ではない。


「宝箱じゃないわね、私たちにとっては。けど、人によってはそうかもしれないわ」


「「?」」

「つまり、特定の職業ジョブの為の物って事?」


 さすがリンちゃん、1を言えば10を理解するわね! まさにその通り。


「正解よ! このアイテムの名前は『万能手芸セット(木)』、アイテム職人の為の道具よ」


「万能手芸セット?」

「『かっこ木』って事は違うバージョンもあるのか」

「聞く限り、お姉ちゃん行き?」


「すっごく使いやすい手芸道具が入っているらしいよ。で、これを使って手芸を行うと、高品質な物が出来上がりやすいらしくて、その結果レベルアップも早くなるはず。他に銀、金、虹があるよ」


「なるほど。え、虹って……何?」


 一瞬納得しかけたリンちゃん。しかし、疑問を抱いてしまったようで。まあ確かに、銀、金、虹。ゲームならよくある並びだけど、冷静に考えて虹って何の素材なんだろ。


「えーっと。音符結晶みたいに、キラキラしてるって感じじゃないかな?」


 そしてごめん、私も実物は見たことがないから、詳しい事は分からないの。


「あーなるほど。それじゃあ、やっぱりミカンさんに?」


「そうだね……。あーでも。せっかくだし、私たちの為に服を作ってくれてる手芸部の皆さんに渡した方がいいかも?」


「あー、なるほど!」

「チョコのお礼も兼ねてね」

「チョコ、美味しかったよね~」


 チョコ……。うう、恥ずかしい思い出が蘇る……。

 まあ今となっては、ピンクマッシュルームとの戦闘を経て、キスを恥ずかしく感じなくなったのだけど。


「『編み物の国』は本来450階層にあるものなの。このあたりのレアドロップは、まあそこそこの価値があるし、お嬢様方にも喜んでもらえるかも?」


 今まで【アイテム職人】じゃなかったこと、今も私たちの為に魔方陣の調整をして下さっている事を考えると、どこかのアイドルグループのお抱えになっているとは考えにくい。ということは、『万能手芸セット(木)』は持っていない可能性が高いだろう。まあ、部長さん社長令嬢辺りならもう持ってるかもだけど、部員全員が持ってるとは思えない。

 そのくらいの価値はあるものなの。もちろん、『万能手芸セット(虹)』には遠く及ばないけど。


※当然、この世界では(木)も前代未聞のアイテムである。



 ちょうどこの数日後、服が完成したと連絡があって、私たちの私服が一着増えた。そこで、私たちは手芸部宛に万能手芸セットを贈ったとさ。


 めでたしめでたし。



◆ Side ミカン ◆



「あの、先輩方~。服のお礼と、妹たちが何か贈り物?を用意したらしいです~」


 そうそう、部長さんたちはもう卒業しているよ。だから、今日集まっているのは部長さんのお家だよ~。


「お礼なんていいのに、好きでやったんだし、それに貴重な材料まで余分に提供してもらったし……」

「そもそも、【アイテム職人】になれたのも、その子たちのおかげなんでしょ?」


 そうなんだよね~。私達の労働力をどれだけ多く見積もっても、まだまだ借りがある状態なのよ~。だけど……


「私もそう思ったんですけど、断りづらい空気でして~。可愛い妹に『渡しておいてくれる?』って言われたら断れないでしょ♪」


「それもそうね」

「なんやろ、箱型の物体やなー」

「案外、びっくり箱だったりして」


 丁寧な梱包をほどくと中から出てきたのは……木箱?


「何かしら、これ?」

「まさか本当にびっくり箱?!」

「いや、びっくり箱やないんとちゃう……?」


 中身は、こう言ってはなんだけど、そんなに高級そうには見えない物だった。……なんでだろ、安物っぽくて安心している自分がいる。


「メモが付いているわね。『(前略)万能手芸セットです、どうかご活用いただければと思います(以下略)』だって」

「何その名前? やっぱりびっくり箱だよ」

「なんでそんなびっくり箱にこだわるんよ!?」


 ちなみに、びっくり箱って言ってるあの先輩は、小学生のころに貰ったプレゼントの中身が虫のおもちゃが入ったびっくり箱だったことがあって、それがトラウマらしい。

 それを渡してきたのが同級生の男の子だったものだから、それ以来男性が嫌いらしいわ。いいかい男の子諸君、気になる子がいても、ちょっかいをかけて様子を伺ったりするのはNGだぞ。お姉さんとの約束だよ♪


 なんて考えている間に、例の箱(?)は先輩方に取り囲まれていた。あ、私も見たいな~。後ろから覗き込むように箱を見る。あ、部長さんが箱を開けた。


「手芸セット? へえ、なかなか色んな道具が入ってるわね。私好きよ、こういう……」

「びっくり箱じゃなかった。良かった。使いやすそうな道具だね。私、こういう……」

「ウチも見せてや~! ほー、なかなかいいやん。ウチ、こういう……」


 中に入っていたのはプラスチック製のシンプルな裁縫道具。良かった、中学生らしい贈り物で安心したよ~。それに先輩方も気に入ってくれてそうね。


「アンティークな見た目の道具」

「メタリックな道具、好き」

「可愛らしい見た目の道具、好きやわ~」


「「「「え?」」」」


「いやいや、木製じゃない」

「? 鉄製じゃん」

「え、どーゆーこと? プラスチック製で花柄やん?」


 皆さん、中から道具を取り出して他の人に見せる。確かに部長さんの持ってるのは木製の編み棒、びっくり箱の先輩が持っているのは金属製の裁ちばさみ、関西出身の先輩が持っているのは可愛らしい模様があしらわれた糸切りばさみ……。


「「「「……」」」」


 数秒の沈黙。そして、全員の視線がゆっくりと「万能手芸セット」に向いた。


「な、なんなのかしら、これ……」

「見る人によって、違うものが出てくる裁縫箱。やっぱりびっくり箱だった。でも、こういうのはいいよ」

「いやいやいや! 『こういうのはいいよ』やないねん! どう考えても、おかしいやん! なんやこれ、魔道具の一種なんか?! ミカン、これなんなん?」


 えー! そんなこと私に聞かれても……!


「分かんないですよぅ~!」



 実験の末に、この箱からは「こんな道具を使いたい」と思った道具がなんでも出てくることが分かった。しかも、指の太さに合わせて、ちょうど使いやすいサイズ感の物が出てくるみたい。

 ただ、制限もあるみたいで、ミシンみたいな大きなものは出てこないみたいね。あと、使わなくなった道具は自動的に空中に霧散して消えるみたいよ。もう、意味がわからないよ~!



「あら、この編針、使いやすいわね」

「すごい、布がすーっと切れる。こんな使い心地の良い裁ちばさみは初めて」

「すっごいわー、これ! 針に糸通そうとしたら、なんかうまい事スーって通る。いやあ、いいわ~」


 あ、とうとう先輩方が現実逃避しちゃった。




 結局、この手芸箱は部活の備品の一つとなった。




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