海の幸

 二学期の終業式があった日の夜、リンちゃんから電話がかかってきた。


『ヒメ、ちょっとお願いがあるんだけど』


「どうしたの、リンちゃん?」


『美味しいお刺身が手に入る場所を知ってたりしない?』


「お刺身?」


『うん。今日、お父さんが会社の人と回らないお寿司を食べたらしい』


「ふむふむ。それは羨ましいね。なるほど、それでお寿司が食べたくなったんだね?」


『ちょっと違う。お父さんにくどいくらい自慢されたから、ちょっと意趣返ししたいと思って』


「な、なるほど。そっか……。分かった、じゃあ明日は海鮮を集めよう! 丁度行きたい場所もあったし!」


「ありがと、楽しみ」


 リンちゃんの話し方はいつもクールだから分かりにくいけど、今の「楽しみ」は心から楽しみにしてそうなトーンだった。よし分かった、リンちゃんの期待に応えるぞ~!



「という訳で今日の練習は中止、代わりにお刺身を集めるよ! 今日は帰りが遅くなるって言った?」


「言ったよー! お刺身楽しみ!」

「ありがと。楽しみ」

「ちゃんと伝えたよ~! それにしてもお刺身かあ~! 私大好き!」


「じゃあ、まずは『オイスターバードの岩壁』ね」


 半年ぶりくらい?にやってきたオイスターバードの岩壁。久しぶりだからか、あるいはただの偶然か、今日は牡蠣が沢山ドロップした。


「真珠は落ちなかったね」

「でも、牡蠣が沢山手に入った」

「次はどこに行くの~?」


「このまま10層を突破して、11層のチェックポイントから31層に飛ぶよ。目指すのは32層の海岸エリアの東にある『カニの入り江』よ」


 カニの入り江はその名の通り、沢山のカニが闊歩しているエリア。横幅1メートルくらいある、大きなカニがのしのし歩いている姿は圧巻ね。


「おっきいね! でっかいカニ、略してデッカニだね!」

「いっぱい身が詰まってそう」

「タラバガニも顔負けの大きさだね!」


「そういえばユズ。知ってる? タラバガニってヤドカリの仲間なんだよ」


「そうなの?!」


「うん。水産業界ではカニ扱いされてるけどね」


 有名な雑学だけど、ユズちゃんは知らなかったみたいね。ユズちゃんが「リンちゃんって博識~」と尊敬の視線を向け、リンちゃんはドヤ顔をしていた。やっぱりこの二人ってお似合いだよね。


 ちなみにここにいるカニは火属性が弱点だけど、火属性で倒してしまうとドロップアイテムが「茹でガニ」になってしまう。それも美味しいのだけど、今回は刺身で食べたいから土属性で倒そうと思う。


「「「〈マジカルバースト〉!」」」


 三回目でカニの刺身がドロップした。その後、追加で7匹倒して「茹でガニ」も手に入れたわ。


「1本でもおっきいね! それが12本も!」

「おいしそう」

「こんな大きさのカニ、そうそう食べれないね!」


 三人とも普通では見ないサイズのカニに驚きを隠せないようだ。ふふふ、食べるのが楽しみだね~!



「次はスリップシュリンプを手に入れるよ。42層の湖へ行くよ~!」


 42層には凍った湖があるのだけど、そこでエビを手に入れようと思う。魔物の名前は「スリップシュリンプ」、雪玉や氷の塊をバシバシ飛ばしてくる魔物よ。


「うわああ……! おっきいエビだねー!! 3メートルくらいありそう!」

「いや大きさ以前の問題があるよね? なんでエビが陸上にいるの……? しかもなんでエビがスケートしてるの?」

「しかも上手いね~。クルクル回ってる~!」


 三人が思わずツッコミを入れる。うん、驚く気持ちはとても分かる。

 なんとこのスリップシュリンプ、スケートがとっても上手い。五回転ジャンプも余裕でこなすわ。オリンピックに出たら優勝間違いなしね。

 ……表彰台に乗って金メダルを受け取るエビを想像してしまい、思わず笑いそうになったのをグッとこらえて私は三人を注意する。


「驚く気持ちも分かるけど、戦闘準備をして! この子達に蹴飛ばされたら大変だから!」


 スリップシュリンプって車くらいの大きさだからね、そんな巨体に体当たりされたら下手したら一発で死に戻っちゃうかもしれない。


 さて、スリップシュリンプの属性は水だから弱点は土……と勘違いしがちだが、実はスリップシュリンプの弱点は水属性だ。


「いくよ、〈マジカルバースト〉!」


 水をぶっかけると、スリップシュリンプはその場でずでーんと転んだ。隙あり、一斉攻撃~!!



 とそんな感じで私たちはスリップシュリンプを沢山狩って、立派なエビを人数分手に入れた。しかし、リンちゃんは不満げな顔をしている。


「ねえ、ヒメ」


「なあに?」


「あのさ。確かに牡蠣もカニもエビも嫌いではない。けど、魚は無いの?」


 あーうん。そうだよね、私がリンちゃんの立場でも同じことを言ったと思う。


「そうだね、だから最後はお魚が沢山手に入る場所に行くよ!」


「そんな場所が?」


「その場所はミュージックラビリンスの中にある隠し通路を抜けた先にあるの。その名も……」


「「「その名も……?」」」


「……やっぱり着いてからのお楽しみって事にしておこうかな! チェックポイントから71層に飛ぶよ!」



 71層はミュージックラビリンスがある階層。今日はここの隠しボスを倒してお魚をいっぱいゲットするよ!


「ミュージックラビリンスに魚がいるの?」


「そうだよ。ほら、ボスだって『トロボーン』っていう魚型のモンスターだったでしょ?」


「そういえば」

「でも、なんで魚と音楽が関係あるんだろー?」

「全然関係なさそうだよね~?」


「それが今日分かるよ。っとそうだ。前にダンジョンの階層にはいろんな種類があるって話をしたよね? 一本道の階層もあれば、迷宮階層みたいに入り組んでいる階層もあるって」


 三人がこくりと頷いたのを見て、私は話を続ける。


「今日行く場所はどちらでもない新しい形式の階層だよ。通称『物語階層』だね」


「物語?」


「そう。その階層に入ると、私たちは物語の登場人物になるの。そして一定の謎を解いたり敵を倒したりして、物語をハッピーエンドで終わらせたらクリア扱いになるわ」


「「「?」」」


「具体的には探偵となって犯人を捕まえたり、他の階層では騎士として王女様を守ったりするわね」


「どういう事? 犯人って誰? 王女様って誰?」


「ダンジョンが作り出した『登場人物』ね。ゲームのNPCみたいな?」


「訳が分からない……」


 リンちゃんが「何を言ってるの?」的な目線で私を見る。でも、こうとしか説明できないんだよお……。


「と、とりあえず行ってみよう! ひとまずこれだけは守って、私が『攻撃していい』って言うまで、魔法は使わないで」


「分かった!」

「……。うん、想像しても無駄みたい。分かった、とりあえずそれだけ守るようにする」

「りょうか~い♪」


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