物語階層


 私たちが向かったのは72階層のとある広場。内部には細いワイヤーが縦横に走っており、非常に歩き辛くなっている。


「これって触ったら危ない?」


「そんなことはないよ。別に電流が走ってるわけでもないし、太さもバイオリンの絃くらいだから」


「そっか、それなら安心」


「中心部分に行くからついてきて~」


 そして全員が広場の中心にたどり着いたのを確認してから、私はワイヤーを指ではじいた。


 ド


 レ


 ミ


 ファ


 ソ


 ラ


 シ


 ド


「ドレミになってる?」


「うん、そうよ。そしてこの順番に弾けばギミックが作動して……」


 パカ!


「「「?!」」」


 足元の地面が突然消えたる。そして……。


「「「きゃあああ!!!」」」


 私たちは暗闇に吸い込まれてしまった。


 落下するに従って、穴の入り口がどんどん遠ざかる。穴は光の点となり、ついには見えなくなってしまった。





「ふわああ」


 目を開けた私は、自分がベッドで寝ていることに気が付いた。それはもう寝心地抜群のふっかふかなベッド。二度寝したい気持ちをぐっと抑え、私はむくりと体を起こした。

 周囲を見ると他にも三つのベッドがおいてあり、それぞれハルちゃん、リンちゃん、ユズちゃんが気持ちよさそうに眠っていた。


 まずはハルちゃんを起こしてみよう。


「ハルちゃん、ハルちゃん! 起きて!」


「おかーさん? あと五分……」


 まだ起きたくないというようにイヤイヤと体を振るハルちゃん。か、可愛い! ちょっとこの子、可愛すぎるんですけど。こんなの、起こせないよ。

 というわけでハルちゃんを起こすのは後回し。



 気を取り直して、次はリンちゃんを起こしてみよう。


「リンちゃん、リンちゃん」


「……? ……!! 知らない天井。確か私はマンホールから落ちて死んだはず……。まさか異世界?! ステータスオープン!」


「リンちゃんってやっぱりちょっと中二病だよね? おはよ、リンちゃん。残念ながら異世界ではないよー」


 いや、私からしたら普段生きてる日常も異世界だけど。


「ヒメ、おはよ。ここはどこ? ここが例の『物語』ってやつ?」


「お、記憶があってよかった。その通り、物語の中に入ったんだね」


「そう。……やっぱり納得がいかない、これダンジョンなの? ベッドはふかふかだし、天井からはシャンデリアが吊るされてるし」


 そういいながらベッドをもふもふするリンちゃん。


「豪華でしょ?」


「まあ。でも、怖いんだけど……。死後の世界とかじゃないよね?」


「安心して、私達、ちゃんと生きてるから。とりあえず、ユズちゃんを起こそうか」



 次はユズちゃんを起こそう。そしてこの役はリンちゃんが担うことに。


「ユズ、起きて。ユズ」


「う、う~ん? ヒメちゃんとリンちゃん~? なんで二人が私の部屋に……? もしかして夢~? えへへ、夢でもヒメちゃんは可愛いし、リンちゃんはかっこいい~。えへへへ♪」


「ありがと。でもまずは起きて」


「……? ふえ? ……!!」


 夢ではなく現実ということに気が付いたのか、ユズちゃんがビクンと体を強張らせ、ぴょこんとベッドから起き上がった。


「起きた、ユズ?」


「ぴゅえええ?!」


「おはよ」


「リ、リンちゃん~! なんでここに? あれ、私の部屋じゃない? も、もしかして私、リンちゃんにお持ち帰りされちゃった?!」


「違う。ここは迷宮の中らしいよ」



 なんて騒いでいる内にハルちゃんも目を覚ました。

 状況についていけていないのか、周りをきょろきょろ見ているハルちゃんが子犬みたいで可愛い。


「おはよ、ハルちゃん。ここがどこか分かる?」


「うーんと。あ、思い出した! 確か物語階層ってところに行こうとしてたんだよね? って事はここは何かの物語の中?」


「うん、正解。ちゃんと目が覚めててよかった。ユズちゃんも思い出した?」


「はい……。お騒がせしました……」


「それでヒメ、ここはどこなの? 高級ホテル?」


「うんん、違うよ。窓から外を見てみて」


「? おお、きれいな海」


「私も見るー」

「私も見せて~!」

「「おお~!」」


 窓から見えるのは果てしなく続く青い海。太陽の光をキラキラと反射している様子が何とも美しい。


「海辺の家?」

「いや、多分違う。これは……」

「もしかして船の上~?」


「そう、ここは豪華客船だよ。私たちは豪華客船を舞台にした物語の世界に入っちゃったって訳ね」


「ねえ、ヒメ。ここってどこからどう見ても海の上だけど、それでもダンジョンの中なんだよね?」


「そうだよ」


「いったいぜったい、どうなってるの……」


「それを言ったらダンジョンの中で死んでも地上で生き返ることの方が疑問じゃない?」


 私たちはまだ経験してないけどね。


「それもそうだけど」


「豪華客船! もしかして巨大なイカに襲われるの?」

「殺人事件が起きるのかも」


 ハルちゃんとユズちゃんがこれから何が起こるか議論していた。うーん、残念。どっちも違うんだよね~。


「ま、それを確かめるためにも、まずは部屋の外に行こっか」


 私は扉の外を指さす。三人が「え、出ても大丈夫なの?」的なことを聞いてきたから「外に出ないと物語が進まないから」と説明する。



 部屋を出て少し廊下を歩くとコンサートホールっぽいところに出た。スーツにシルクハットを被った人が優雅にくつろぎながら、オーケストラの演奏を楽しんでいた。


「ねえねえヒメちゃん、あの人たちは迷宮の探索者?」


「違うよ、あの人たちはNPC、迷宮が生み出した『登場人物』だね」


「本物の人みたいー!」


「本物の人と思って接するようにね。もう一度言うけど、絶対にあの人たちを攻撃しないように。攻撃しようものなら、船から海へ投げ捨てなれるから」


 当然そうなったらゲームオーバー、死に戻ってダンジョンの入り口に戻される。


「「「ひえ……」」」


「よっぽど変なことをしなかったら怒られないから。さ、私たちもコンサートを楽しもうね」


 生のオーケストラなんてそうそう見れるものじゃないからね、せっかくだから楽しませてもらおう。

 ……これを生のオーケストラといって良いのかはともかく。


「ねえ、ヒメ。ここで流れてる音楽ってミュージックラビリンスで流れてる音楽?」


「そうだよ。ミュージックラビリンスはこの豪華客船をイメージしてるの」


「だからボスが魚だった?」


「そうだけどそうじゃない、かな。この物語の結末を見れば、その謎も解けるよ」


「? 分かった、楽しみにしてる」


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