緑色

 いつの間にか一人になっていたリン。他二人は大慌てしていたが、こうなることを予想してたリンは全く動揺せずに探索を開始した。


「んー? 全然敵が出てこない。もしかして、これは特殊階層?」


 少し探索した末、ここが特殊階層であると見抜いたリン。もしそうなら、ストーリーを進める必要があるだろう。そう考えたリンは、登場人物を探すことにした。


「じゃあ、登場人物がいるはず。誰かいませんかー」


 チチチチ……

 ピヨピヨ……


 しかし人のいる気配はない。……おかしい、とリンは思う。

 耳を澄ませると「きゃあああという声が聞こえてきて、駆け付けると魔物に襲われている馬車があって、助けると中からお姫様が出てくる」みたいな流れになると思っていたリン。しかしそれは違ったようだ。


「特に誰もいなさそう? 早くクリアしないと今日も学校があるのに……。あれ、でも特殊階層って時間の進みが遅いとかヒメが言ってたような」


 これは正しい。特殊階層の中と外では時の流れる速さが全く異なる。だから別に焦る必要はない。


「とはいえ、ずっと森の中でいるのは疲れる。謎解きパターンなのかな」


 そうつぶやいたリンは、何か怪しいものがないか探しながら森の中を歩き回った。この時のリンは、この場所が森の中に散りばめられたヒントを元に謎を解く、いわゆる脱出ゲームのような階層であると予想したのだ。


 そうやって探す事数分。リンの予想は良いほうに裏切られることになった。


「……。絶対ここじゃん」


 リンが見たのは明らかに整備された小道だった。その両脇は、森の中という環境には似合わず、大量の花が咲いている。きっとこの先に何かあるのだろうと思い、リンは山道に入っていった。


「それにしてもすごく綺麗。花っていいよね、静かで綺麗。あこがれる。ん、あれは?」


 何かそれっぽい事をつぶやいた後、リンは何かを見つけ目を凝らした。リンの視線の先にいたのは……一人の子供。

 きっと登場人物だろう。そう思ったリンはその子供に近づく。すると、向こうもリンに気が付いて『あ!』と言って立ち上がった。

 その子は緑色の髪の毛の女の子だった。それを見て、リンは内心「うわ、すごい色」と思った。

 忘れてはいけないが、いつもカラフルな髪色で歌って踊っているヒメたち四人組も普段は黒髪である。四人の同級生もみんな黒髪、せいぜい茶髪だ。少なくともこんな色の髪の毛は見たことがないので、彼女の髪色に対して少々驚いてしまったようだ。


「こんにちは」


『こんにちはです。こんなところで何してるです?』


「きれいな花だなーって思って歩いてた。あなたは?」


『花を植えているです。見てるです』


 そう言って彼女は土に手を置いた。女の子が『んー』と言うと、土からぴょこんと花が咲いた。


「おー。すごい、そういう魔法?」


『魔法とは違うです。種族特性みたいなものです』


「種族……?」


 この子は人間ではないのか、と思ったリンは、女の子を注意深く観察する。……よく見ると、髪を結んでいるリボンが葉っぱの模様をしている。というか葉っぱそのものだ。そしてそれが頭から直接映えているように見える。


「もしかして植物の精霊さんみたいな感じ?」


『はいです。特に名前は無いですが、ドライアドとかニュムペーとかって呼ぶ人もいるみたいです』


「ほー、ドライアド」


『もしかしてドライアドと会うのは初めてです?』


「うん」


『そうですか。じゃあ、改めてドライアドです。よろしくです』


「私は人間。リンって名前。よろしく。えっと、そうだ。何か手伝えることはある?」


『! いいのです? じゃあ、ちょうどお願いしたいことがあったです。この子達に水をあげたいです。水を汲みに行くの、手伝ってほしいです』


 そう言って、ドライアドはペコリと頭を下げた。


「分かった。……魔法で作った水じゃあだめ?」


『魔法で作った水、です?』


「〈マジカルバリア〉」


 リンは桶の上でマジカルバリアを発動。水の壁を作った。

 しばらくしてバリアの効果が切れると、水は防壁としての機能を失い、ただの水として桶の中にたまった。ちなみにだが、ダンジョン攻略中に喉が渇けばこれを飲むこともあるので、安全性は保障されている。なんなら、細菌も塩素も入っていない完全な純水なので、水道水よりも安全かもしれない。


『すごいです! 水ができたです! しかもこの水、魔力がたっぷりこもってるです』


「それっていい事なの?」


『とってもいい事です! 植物の育ちが良くなるはずです!』


 リンは「へえ、という事はこれを飲んだら健康になるのかな」と思ったが、すぐに「いや、自分が魔力を消費して作った水を飲んで、健康になるはずないか」と思い直した。おそらくここだけの設定だろう。


「そっか。じゃあ、これで水やりをしたらいい?」


『お願いしますです』


 こうしてドライアドが花を咲かせ、リンが水をやるという作業が始まった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る