姿無き者は何を望むか

 楽しかった夏休みも残り僅かとなってしまった。夏休みは本当に色々な出来事があったのだけど、それについてはまたの機会次の章に話すとして、今はクエスト「姿無き者は何を望むか」の話を優先しよう。


 私達はほぼ毎日『電脳世界の歩き方』の練習を重ねた。また、目覚まし代わりにならす音楽も勉強宿題の合間に聞く音楽も全部これにして『電脳世界の歩き方』のリズムを脳に叩き込んだ。


「~♪ それじゃあ、画面スクリーンを音符で彩ろ!」

「イエーイ!」「イェイ」「イエ~イ♪」


 そんな生活をしたおかげで、8月終盤になるとBGM無しでも完璧にリズムを取れるようになった。ミカンさんからも「完璧だと思うよ~、すごいね~」とのお言葉を頂いた。そしてよしよししてもらった。


 それでも四人が同時にフルコンボを出せるかと聞かれると、なかなかそうはいかない。三人が成功しても一人がミスしちゃったりしてさ。

 いっそパーティーを2・2に分けた方が良いかと思ったのだけど……。


『うーん。ダンスは四人で踊ってもらいたいかな』


 と声の主が言うものだから、それは叶わなかった。

 そういえばゲーム版でも『マルチプレイで四人同時クリアすれば称号獲得』みたいなのがあったなあ。そのシステムがこっちにも引き継がれてるみたいね。こんな形で引き継がないでよ!



 そんな訳でなかなかフルコンボを達成できなかったのだけど――


「よし! わたし、フルコンボ!」


「ハルも!」

「私も」

「私もフルコンボだったよ~♪」


「「「「って事は……」」」」


『おお、素晴らしい……。素晴らしい……! 最高の舞台だった!!』


 とうとう四人同時にフルコンボを達成したわ! 声の主も喜んでいるわね!



〔条件の達成を確認しました〕

〔報酬『姿無き者が望んだ世界』を入手しました〕

〔『姿無き者の記憶』を入手しました。リーダーのロボマネージャーに転送されました〕



 そして報酬を入手したというシステムメッセージが届く。ここで入手できるのは『姿無き者が望む世界』という題名の本と『姿無き者の記憶』という動画。


「目的のアイテム『姿無き者の外套』が手に入ってない?!」

「まさかレアドロップとか?」

「え、もしかして周回が必須なの~?!」


「違う違う。周回しなくていいから安心して。姿無き者の外套はこの本の中で入手できるの」


 前に少し話したように、ダンジョン内で手に入る本は異世界への入り口となるわ。この本を指さして〈次のステージはここ!〉って呪文を唱えることで、本に書かれた世界へ行くことができるの。


「つまり、その物語世界内の敵を倒せば『姿無き者の外套』が手に入るの?」


「そういう事。運営――じゃなくてダンジョンさんも鬼ではないからね。ここを周回させるようなことはしないわ」


「それってつまり、一度でもフルコンボを出せば、姿無き者の外套を入手し放題ってことだよね!」


「そ! まさにハルちゃんの言う通りね」


 ともあれ、今はフルコンボ達成の余韻に浸りたいわね。

 結局この日の午前中は、うさぎさんの舞台を眺めて過ごした。膝の上にうさぎさんを乗せて!


 そう、好感度が一定以上に達したからか、こうしてもふもふさせて貰えるようになったの! もっふもふだ~!



 姿無き者の記憶。それは一本の動画であり、私のロボマネージャーに保存されている。

 あのステージをクリアした私達にはこれを見る権利があり「義務」がある。そう私は思っている。


「それじゃあ、一緒に見よう!」


「上映会だね!」

「声の正体がこの動画を見れば分かるのかな」

「楽しみだね♪」

「え~っと? 何を見るの~?」


 ここ一か月、戦い続けた相手の事を知れるわけだから、みんな楽しみそう。一人よく分かっていないミカンさんには、後でしっかり説明しないと。もうミカンさんも関係者の一人だからね。



……

………



 私の前で四人のヒトが歌って踊っています。その周囲ではたくさんのウサギがはしゃいでいます。


 彼女らが歌っているのは私の思いが籠った『電脳世界の歩き方』という曲です。電脳世界では誰もがデータであり、そんな世界では私も存在していいのではないかと思うのです。



 突然ですが、皆様は「異世界」という概念をご存じでしょうか。――これを見ている人ならおそらく知っているかと思いますが、念のためにお話ししておきましょう。

 実は今あなたたちがいる世界以外にも多数の世界が存在します。そしてそれぞれの世界は全く異なる法則の下に成り立っています。物理法則のみで動く世界、そこに魔法が追加された世界、そこにステータスシステムが追加された世界。


 私がかつて生きていた世界も、このような異世界の一つでした。そこは魂の概念が追加されたばかりの世界でした。魂ある者にはシステムから一定の恩恵がもたらされる、そんな世界です。

 しかし、そのシステムには致命的なバグがありました。詳細は分かっていませんが、特定の条件が重なると、魂だけが生成され肉体が生成されない個体が出現してしまったのです。


 私はそんな存在として「出現」しました。性別も種族も分からない、ただそこにあるだけの存在として。

 肉体がない以上、誰からも認知されないので助けを求める事も出来ません。しかも、生まれていない以上、死ぬことすら私達には許されませんでした。



 そんな状態で放置されたまま、どれほどの時が流れたでしょうか。突然私に声をかける物が現れました。当時は驚きましたよ、だって私たちを認識できる者はいないはずなのだから。

 いえ、これは会話ではなくテレパシーに近いものだったと思いますが、まあどちらでもいいでしょう。


『何かおかしな世界があると思ったら……なるほど。そこのあなた? 明確な意思はあるよね?』


「……? え? 私?」


『うん、反応があって何より』


 こうして私は、半ば強制的に謎の存在と話をすることになりました。

 その存在が言うには、彼らは世界を渡る事が出来る存在だそうです。本来、世界間を渡る行為は許されないそうですが、彼らはその規制の外にあるのだとか。


 その存在は私達を助けたいと言いました。そして、どう対処してほしいかを尋ねました。


『こうして会話できる「姿無き者」はあなただけしかいなかったから、勝手ながらあなたには代表者として希望を伝えて欲しい』


 どうやら、知性のある「姿無き者」は私だけだったようです。それにしても、希望ですか。そんな事を言われても困ります。何を言えばいいのでしょうか。

 長い時間考えました。そして最終的に出した結論は……。


「私たちのような存在が、正しく生きて正しく死ねる世界に行きたい。というのは難しいですか?」


『なるほど、とても良い願いだ……。心配は要らない、その希望を叶えられる世界に心当たりがある。「電脳世界」と言う世界だ』


 こうして私たちは「電脳世界」という世界に連れてきてもらいました。そこは全ての存在が生まれながらにして肉体がない世界でした。それでも互いを認識し合って、暮らしていける。まさに私の希望にピッタリな世界でした。


 そこで私は生きて、そして死にました。



 死ぬ直前、私の前に例の存在が現れました。


『お疲れ様、とでも言えばいいだろうか。さて……この世界は君たちが満足できる場所だっただろうか?』


「はい、そう思います」


『それならよかった。最期に何か願いはあるか? 「世界」が迷惑をかけた詫び、という訳でもないが、私にかなえられる範囲で願いを叶えようと思う』


「最期の願い、ですか。不思議です、永遠に『最期』を迎えれないと思っていた私がそれを願えるようになるなんて」


『だからこそ、今問うたのだ』


「なるほど、流石ですね……。はい、一つ希望があります――」


 私が望んだことは、私たちのような存在がいたという事を誰かに知って貰いたいという事。

 この世界に来るまで、死を嘆く理由が全く分かりませんでした。私にとって死とは解放ですから。でも、こうして『生』を経験して死を嘆く理由が分かりました。


 死んでしまうと、いずれ自分は誰からも忘れられます。そしてそれはとても辛いことです。

 だから知的生命体ヒトには承認欲求があり、必死で名誉を求めるのでしょう。自分が生きたという証を遺したいから。

 だから知的生命体ヒトには、先祖を偲ぶ心があり、文化があるのでしょう。死んだ後もこうして思い出してもらえるのだと、自分を安心させるため。


『なるほど、分かった。それにピッタリな世界がある。まだ出来立ての世界だが、自己表現をテーマにした世界だ。その世界に君たちが生きた証を保存しよう』


 この言葉が、私が聞いた最後の言葉でした。





 後書き失礼します。


 リアタイで追って下さっている方はご存じの通り、このクエスト関連のストーリーは当初の物から少し変更しました。

 元々のストーリーは某名作のパロディーだったのですが、著作権的に危ないと思い変更を決定し、現在のストーリーになりました。

「このくらい平気だろ」が大問題に発展するネット社会において、軽率な行動をしてしまった事を深く反省しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る