君に決めた!

 お昼ご飯の後、私たちは改めて例のお稲荷様(?)の所へ向かった。あっ、万が一のことが起こったらいけないから私達だけで行動しているよ。


「失礼しますー」


 職員室に入るようなノリで鳥居をくぐると、狐さんは自身のもっふもふな尻尾を抱き枕のように抱えながらゴロゴロしていた。

 私たちに気づいた狐さんは「あ、やべ」みたいな顔で私達を見て、それからスッと居住まいを正して「コンコン、コンコン」って鳴いた。


「えーっと、お話を伺いたくて。あの……。単刀直入に聞きますが、貴方ってダンジョンシステムが生み出したNPCですよね?」


 なんとかそれとなく聞く方法がないものか、って考えたけどちょっと思いつかなかったから、もったいぶらずにストレートに聞くことにした。

 そう、彼女の正体はNPCの可能性が高いわ。野生生物でも魔物でもないとなるとそれ以外に残ってないよね。


「え、そうだったの?!」

「野生生物でもないし魔物でもないってことはもしかしてって思ってたけど」

「やっぱりそうなんだ~!」


 コ、コン……?


 私達四人からじっと見つめられた狐さんは目を斜め上へとむけて視線を逸らした。それはまるで「え? な、な、な、何のことかな?」とでも言いたげ。ここまで白々しいと、むしろ見破って欲しいのかって勘ぐっちゃうのだけど?


「ええっと、ヒメちゃん? NPCってダンジョン外に出てくるって事はあるの~?」


 尤もな疑問だよね。


 ええと、まず第一にダンジョンの中って色んな物語が基になってるわよね? 伝説上の生き物が登場したり、史実をオマージュしたり。それってつまり、ダンジョンには物語を保管する性質があるんだよね。図書館みたいな感じかな?

 例えば『姿無き者クエスト』の結末が分かりやすいよね。姿無き者っていう生命(?)が生きた証を物語として保管してるのよね。


 つまり、ダンジョンに入るって事は物語を読んでいるようなものって言えるかも。だけど――


「その逆、物語から現実世界にキャラクターが飛び出してくることはあり得ないよね?」


「そうだね、残念ながら次元の壁は超えれないよね……」

「一方通行だよね。第四の壁なんて言うよね」

「それじゃあ、NPCも外へ出れないんじゃないの~?」


 そう、ユズちゃんが指摘するように本来NPCだって外へ出てくることはない、けれどたった一つだけ例外があるの。


「例外? ……あ! 歴史モノとか? いや、歴史上の人物が目の前に現れる事は無いよね」

「それじゃあ自叙伝とか? 自叙伝の主人公たる『作者自身』は現実にいるから」

「でも、自叙伝で描かれる『まだ子供だった頃の作者』はもうこの世にいないんじゃないかな~?」


 お! いい線行ってるわね!

 確かに自叙伝であれば、主人公=作者は現実に存在するよね。自叙伝なんて大層な物じゃなくても、例えばエッセイや作文にも同じことが言えるよね。

 だけど自叙伝、エッセイ、作文なんかに書かれているのは『過去のその人』であり、それはもう二度と出会う事は無い。


「物語として成立した物は、全て過去の物になってしまうのよね。逆に言うと、まだ成立していない物語だったら……」


「主人公が現実に存在し得るってことだね!」

「つまり、現在進行形で書かれている自叙伝?」


 そうだね。つまり、今まさに書かれようとしている物語なら、その登場人物は現実に存在しても良い。これから産まれるダンジョン物語NPC登場人物は、こうして現実に現れるわ。


「分かりやすいのだと、浦島伝説とか? 多分あれって海中神殿を舞台にしたダンジョン物語を作ろうとしてたカメさんが浦島さんを『君に決めた!』ってしたんじゃないかな?」


「そうだったの?!」

「なるほどね。竜宮城と現実世界の時間がズレてたって点も、物語世界と似てるね」

「ホントだ! そういう仕組みだったんだね!」


「って事で。おそらくこの狐さんも物語の登場人物になる人をスカウトしに来たんだと思うのだけど……」


 そう言って私は狐さんの方を見た。狐さんも私の方を向き、視線と視線がぶつかったその時!



 ――ポフン!



 わぁ、狐さんが煙に包まれた! そして……



『あ、もしかしてあなたもこっち側の存在でしたか~!』


 狐耳の美幼女に変化した。なるほどね、そう来たかあ……。


「女の子になった! すごーい!」

「おぅ、なんでもありだね」

「わあ、可愛い~!」


『この村に来たのはいいものの、よさげな人が見つからないどころか、人がほとんどいなくて……。人になって都市に行こうとしても、私じゃあ完全な人化は出来なくって……ほんと困ってたんです!』


 そう言って狐さん、いや狐耳の美幼女は私に抱き着いてきた。よく見ると耳も尻尾も動いてるね。可愛い! よしよし、大変だったねぇ。


 ってちょっと待って。


「あの、狐ちゃん? ええと、私は『そっち側の存在』じゃないよ? 私、普通の人だから……」


 前世の記憶はあるけど、それ以外は至って普通の女の子だよ?

 少なくともダンジョン関連の存在ではない。


『はい? え、ええ? 冗談ですよね?』


「ごめん、冗談じゃなくてマジで……」


『……? あれ、ほんとだ。普通の人間だ……。え、どうしよ?! 人間にバレたら駄目なのに!!』


 そう言って狐ちゃんは慌て始めた。え、バレちゃダメな奴なの? 狐ちゃん、隠そうとしてなかったよね?!

 というか狐ちゃん、そんなこと言っていいの? 墓穴掘ってない?


「そうだよ、ヒメちゃんは普通の女の子だよ!」

「両親も人だもんね」


『どどど、どうしよぅ……』


 うーん、予想外の事態になっちゃったわね。もっと「あはは、バレちゃったか~」「そりゃあ分かるよ~」「「あはは~」」くらいのノリだって思ってたのにぃ。



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