ある日の授業

 ある日の英語の授業で、私たちは助動詞について勉強していた。


「それじゃあこの英文を訳せるか? “This door won't open.”」


 先生がそう言って、一人の生徒を指名した。この問題は知ってたら瞬殺だろうけど、知らなかったら解けないよね。果たしてあの子は知ってるかな?


「え、ええっと……『この扉は開かないだろう』ですか?」


「あー残念。そう間違えがちだけど、この文章の訳は違うな。willの未来以外の使い方、習っただろ? ……あれ、もしかして教えていなかったっけ?」


 その後、生徒からの聞き取りの末に、詳しく教えていなかったことに気が付いた先生は、助動詞の使い方についての講義を始めた。

 あ、最初の文章の日本語訳は、無理やり未来の意味合いを入れて訳すと「このドアが開く未来が見えない」的なニュアンスになるかな。意訳して「このドアがどうしても開かない」が正解よ。



「……という事で、最後はshallの使い方を教える。Shallは疑問文として使って『○○しませんか?』になるんだ。“Shall I open the window?”なら『窓を開けましょうか?』になる。shallは中学生レベルなら疑問文の形でしか出題されないと思っていいかな」


 中学生レベルなら、と先生が言っているようにshallを肯定文に使う事もある。

 先生は少し悩んだ末に、「これはテストに出さないけど」と前置きしてからshallの使い方について話し始めた。


「Shallを肯定文で使う場合、『強い意思』や『命令』を表すんだ。例えば……」


 先生が黒板に書いたのは例文がこれとこれ。

“Men SHALL NOT get in the way of girls' romance.”

“Third-wheeling men in girls' romance shall die!”


「一つ目の例文“get in the way of”は『邪魔をする』って意味の慣用句だ。SHALLはさっき言ったように強い意思や命令だから、この訳は『男は百合の邪魔をするな』になるな」


 なんてすばらしい例文なのだろう。

 ……ってちょっと待てい! こんな例文、授業中に出していい物なの?!


「二つ目の例文。“Third-wheeling”は邪魔者って意味のスラングだ。訳は『百合の間に挟まる男は死ね!』って意味だ」


 え、ええ……。授業としてこれはどうなの……。


 い、いや。冷静になろう。この世界は『ダンジョンアイドル』の世界なのだから、こういう内容でも普通にオッケーなのかも。


 そうよ、ゲーム世界って色々ぶっ飛んでるものじゃん!

 最近見たゲームだと、戦国武将が女の子になったり、戦艦が女の子になったり、馬が女の子になったりしてた。そういうのと比べたら、こんなの大したことないわよね!


(やっぱりこの世界は【アイドル】が百合百合いちゃいちゃすることが常識になってる世界なんだなあー)



 なお、そんな常識がこの世界にある訳ではない。ただ単にこの先生が百合好きで、常日頃から「百合の間に挟まる男は死ね!」と思っていただけである。

 しかし、そんな事ヒメが知る由はない。

 こうして、ヒメの誤解はさらに深まった。



 次は国語(現代文)の授業。チャイムが鳴って授業が始まるや否や、先生が「まずはうれしいご報告から」と言った。


「去年の冬に皆さんに書いてもらった小論文、あの中から優秀だったものをこちらでピックアップして、県が主催するコンテストに応募したのですが、なんとこのクラスから優秀賞が選ばれました!」


「「「おお~」」」


 そういえばそんな課題もあったわねー。「小論文って何?!」「どう書くの?!」ってハルちゃんとユズちゃんに聞かれて、四人で勉強会をしたっけ?

 そもそも、まだ中学生なのに小論文を書かされるって、結構無茶な要求だと思う。適切な論理展開のやり方、適切な引用の仕方。本当に難しいよね。リンちゃんですら苦戦してたくらいだし。

 それにしても優秀賞かあー。もしかしてリンちゃんが選ばれてたりして!


 私?

 私は適当に手を抜いて書いたから、選ばれることは無いと思う。前世の記憶がある人が、こういうので出しゃばるのって良くないでしょ?


 なんて考えていると。突然周りの席の子から声をかけられた。


「おめでとう、ヒメちゃん!」「流石だね!」


「へ?」


 えーっと。私何かやってしまいましたか?



 どうやら、優秀賞に選ばれたのは私の小論文だったみたい。なんだか凄く申し訳ない気持ちになった。

 ……まさかとは思うけど、表現力が上昇してたから?! いや、違う。小論文を書いたのは音符結晶を吸収する前だし、それは関係ないわね。


「で、全校集会でみんなの前で音読してもらいたいのだけど、いいかしら?」


「あ、はい。それは問題ないですが……」


 なんか大事になってる……。人前に立つことは平気だけど、申し訳ない気持ちが邪魔して語尾が下がってしまった。そんな私を見て先生は「人前に立つことに躊躇いを感じている」と解釈したみたいで。


「あ、いきなり全校集会っていうのは緊張するよね。じゃあ、まずはクラスの前で読んでみる?」


「いえ、緊張しているわけでは。でも、そうですね。確かに練習させてもらえるとありがたいです」



 私が選んだテーマは時間。内容をざっと要約するとこんな感じよ。


・人は体内時計を太陽を使って調節している。しかし、電灯の普及に伴ってそれがズレてしまう人が現れるようになった。


・私はこの現象と似た機序で、都市化による季節感の欠如が引き起こされるのではないかと危惧している。


・畑の状態、山の色、収穫祭などの地域行事。これらは人が持つ「季節感という時計」の調節に働いていると考えられ、そういったものが見られにくい「都市」では季節感がズレてしまうと考える。


・一方で、都市には都市の季節感を生み出す努力がある。季節にちなんだ飾りつけ、例えばクリスマスの時期に見られるイルミネーション、がその代表である。


・しかし、それは自然な季節と言えるだろうか。都市にある季節は、カレンダーに表示されている数字が示した人工の季節である。


・自然な季節感が損なわれないよう、我々は今一度、発展の仕方を考えるべきではなかろうか。


 うーん、我ながらベタね……。メジャーなテーマを特に捻らずに書いただけ。とはいえ、評価されて優秀賞に輝いた以上、「気持ちを込めて」読まないと。




 読み終えた私は、一礼して自分の席に戻った。一瞬の静寂ののち、拍手が起こる。


「素晴らしいですね。内容も素晴らしいですが、音読を聞くとより一層引き込まれます。思わず拍手も忘れてしまいました」


「ありがとうございます、そう言っていただけると、自信が付きます」


 そう笑顔で答えたものの、今の私の頭の中は一つの疑問でいっぱいだった。


(……まさか、音読という行為は表現力の影響を受ける?)


 色々考えた末に、ユズちゃんが歌う子守唄の件と同様、「検証のしようがないから考えないでおこう」という結論に至ったのだった。



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