劇場『うさうさ』

 地面にぽっかりと空いた小さな穴に入って少し進むと、ヨーロッパ風の町の一角に出てきた。


「みて! 異世界だよ!」


 ハルちゃんが町を指さしてそうコメントする。ここで「ヨーロッパだ」ではなく「異世界だ」って感想が先に出てしまうのを見ると、若者向けのライトノベルがテンプレ化している現状を再認識してしまうわね。


「地下都市……って感じじゃないね。空も見えてるし」

「さっきの穴は、別の町につながるワームホールだったのかな~?」


 そうコメントする二人を見て、私も天を仰いだ。地下へと続く穴を通って此処へ来たはずなのに、なぜかこの場所には空がある。流石ゲーム世界、なんでもありね。


「それで、目的地は……あっちね」


 ありがたい事にと言うべきか、残念ながらと言うべきか、この町に探索要素はない。遠くの方に見えている建物や塔はどれもただの背景であり、私たちが行動できるのはある一本道のみである。

 ちなみに、無理やり上空から建物を乗り越えようとすると透明な壁に阻まれるよ。


 少し歩くと、他の建物とは明らかに造詣が異なる、豪華な建物が姿をみせた。その扉は大きく開かれており光が漏れている。まるで「ここに入ってくださいね」と言われているように感じる。


「すっごーい! かっこいい建物だねー!」

「冒険者ギルドの本部かな」

「どちらかと言うと、国会議事堂っぽいような……?」


 あはは、冒険者ギルドではないよお。国会議事堂って言うのもハズレ。ここは――


「「「劇場『うさうさ』?」」」


 三人が看板に書かれた文字をみて首を傾げた。そう、ここは劇場なの! そしてその名の通りうさぎさん達が経営(?)しているわ。


「うさぎが経営してるの? 可愛いね」


「まあ、経営って言っていいかは分かんないけど……」


「「「?」」」


 なんではっきりと「経営」って言わないかは入ったら分かる。お邪魔しまーす!


『いらっしゃいピョン! お客さんだピョンね?! ようこそいらっしゃいましたピョン!』


 私達を迎えてくれたのは二足歩行のうさぎさん。ぴょこぴょこ動く長いお耳がキュートね!

 ……え? バニー服を着たお姉さんを期待していた? こらこら、このダンジョンは全年齢向けだよ!


「ここが受付なのかな?」

「料金はいくらくらいで……?」

「外観からして如何にも高級そうだよね~? 払えるかなあ……」


 そう心配する三人を見て、受付のうさぎさんは首をかしげながらこう言った。


『料金ってなんだピョン?』


「ええと?」


 困った顔をする三人。そりゃあそんな顔にもなるよね。

 私はマジックバッグから人参を数本取り出して受付のうさぎさんに渡す。


「あ、これ差し入れです、よかったらみんなで食べてください」


『おおー、おいしそうな人参だピョン! ありがとピョン!』


 そうこうしているうちに、後ろに家族連れが並んできた。あまりもたもたしてられないわね、邪魔にならないよう早く中に入ろう。


「なるほどーうさぎさんだから人参が通貨なんだね!」

「それで昨日人参を買いにいったんだ」

「うさぎと言えば人参だもんね~。まあ、実際には人参よりも葉っぱの方が好きみたいだけど」


 移動中、三人は納得したようにそう言った。でも実は違うんだよね~。さっきの人参は通貨の代わりではないわ。


「そうなの……と言いたいけどハズレ。さっきの人参はあくまで差し入れで、別に持ってなくても入れるわ」


「「「え?」」」


「『無料』って訳じゃなく、うさぎさん達に通貨の概念が無いのよ。だから経営・・と言っていいのか微妙なんだよね……」


 入場者からお金を取っていないのだから営業とは言えないし、かといってボランティアでやってるって訳でも無いの。と私は説明する。


「ダンジョンの機能として、プログラム的にやってるの?」


「そういう訳でもないみたいなのよねー。舞台を見れば分かるのだけど」


「「「?」」」


 という訳で、舞台を見るべく客席へ向かおう。そこで理由が分かるから。



 客席には既に沢山のお客さん(?)がいた。ある子はまるで人間のように足を組んで座っている。ある子はまるで普通のうさぎのように体を丸めて眠っている。それぞれ思い思いの姿勢でくつろいでいるようだ。


 そして舞台の上では……


『うさぎがチョッキを着て走ってるピョン?! 待って、不思議なうさぎぴょーん~!』


『急がないと急がないとピョン! ……ちょっと待つピョン。君だってうさぎだピョン』


『――! ほんとだピョン!』


『『ぴょーん?!』』


 役者うさぎさん達がはしゃいでいた。『不思議の国のアリス』をイメージした舞台だと思うのだけど、最序盤も最序盤で自分たちが役者であることを忘れている。幼稚園のお遊戯会の方が遥かにマシとさえ思えるグダグダっぷりである。

 あ、さっきまで客席にいたうさぎが舞台に上がって一緒に踊り始めた! もう無茶苦茶ね。


「これは……なに?」

「動物園みたい」

「みんな可愛いね♪ 舞台と言うよりも、役者ごっこをする公園って感じ~?」


「ユズちゃんの表現、いいね! そうだね、見た目こそ歴史がありそうで高級感あふれる劇場だけど、中身はうさぎさんの遊ぶ公園ね」


 舞台を楽しみに見に来た人からすれば拍子抜けかもしれないけど、これはこれで面白いよ。とっても癒される。アニマルセラピーってやつだね!



 そうこうする内にまた演目が変わった。今度の演目は『桃太郎(?)』みたいね。


『おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯をしに行きました』


『ぴょん?! おっきなパイナップルが流れてきたぴょん!』


「なんで!?」

「桃じゃないんだ」

「昔話にパイナップルは合わないよ……」


 私たちは小声でそうツッコむけど、舞台の上の役者うさぎさんには聞こえていない。


『パイナップルを切ると、中から元気な女の子が飛び出してきました』


『ぴょーん!』

『パイナップルから女の子が出てきたぴょん?!』


『女の子はパイナップル花子と名付けられ、すくすく育ちました』


「ぱ、パイナップル花子?」

「違和感が……すごい」


『人参畑を荒らす悪い鬼をやっつけるピョン!!』


『花子、とても立派になって……。ぴょんはとっても嬉しいピョン』

『それなら、このマカロンを持っていきなさい。きっとぴょんの力になるぴょん』


「きび団子じゃなくてマカロン!」

「おいしそう」

「ここも洋風になったんだね」


『花子は旅の途中、うさぎ、うさぎ、うさぎと出会い、マカロンを渡すことで従者としました』


「イヌサルキジが全部うさぎになってるー?!」



 なんて小声で突っ込む私達を他所に劇はそのまま進行し、どうにか最後まで物語が進んだ。いろんな部分がうさぎ仕様になってて、結構面白かったよ。


「面白かったねー!」

「あ、次の演目も始まったね。……で、これ、いつまで見るの?」

「アイテムを探さないといけないんだよね~?」


「もうしばらく、かな。イベントの発生条件は15分以上劇場内にいる事だから」



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