ひったくり?

 一人きりになった私はうーんと伸びをしてから、森の中をのんびりと歩いていた。すると……。


『あー! ティアラだ! 返せ~!』


 そんな声が聞こえた。振り返るよりも先に、ヒュンという音とともに何者かに私のティアラを奪われた。

 本来、魔法少女の姿になった時に出現する「リーダーのティアラ」は何をやっても落ちない。走ってもズレないし、なんなら引っ張ろうが取れることはない。それなのにいとも簡単に奪われてしまった。

 いったい何があったのー(棒)


「ちょっと! 何?!」


『とったぞー!』


 そこにいたのは一匹の小さな天使だった。トンボのような羽が生えた妖精さんとは違って、この子には光で出来た羽毛が生えているわ。現実で見るのは初めてだけど、やっぱり可愛いわね!

 そんな彼女は、私のティアラを持ったまま、すごいスピードで私から逃げ始めた。


「待ってー! ひったり~!!」


 こうして、天使ちゃんとの追いかけっこが始まった。



 ここは森の中であり、整備された道なんてない。私は道なき道を必死で走った。幸いなのは虫がいない点だね、イモムシも蚊もいないから心置きなく茂みをかき分けて走る事が出来る。


 あ、ヒヨコさんのカップルが結婚式を挙げてる。おめでと~。


 向こうではカエルさんとウサギが相撲をしているわね。鳥獣戯画かな?

 どっちも頑張れ~!


 黄色と黒の縞模様が特徴的な鳥が「ブーン」とすごい速さで羽を動かしながら蜜を吸っているわね。まさにハチドリ。


 わあ、大きなキノコ! ……じゃない、これは家だ! キノコハウスね!


 あら? 向こうでロバ、イヌ、ネコ、ニワトリがミュージカルを演じているわ!

 ブレーメンの音楽隊ならぬ、ブレーメンのミュージカル?


 ファンタジーな世界観の森の中を私は駆け抜ける。倒木で出来たトンネルをくぐり、小川を飛び越え、小さな洞窟の中を進み。そんな障害物競走を楽しむ事数十分、流石に疲労でもう走れなくなった。


「はあ、はあ、はあ」


 近くにあった切り株に腰を掛ける。……どうして私が疲れて動けなくなる場所にちょうど切り株が用意されているのかについては、考えてはいけない。

 息を整えた私は、「天使ちゃーん!」と叫ぶ。「私のティアラを返してー!」


 待つこと数分、私は遠くの空に何かが飛んでいるのを見た。大きな鳥……ではない。大人サイズの天使だ! こっちに向かってくるわね。

 彼女は私の前にふわりと降り立った。身長は170センチくらい、日本人女性の平均身長よりも高いわね。この人の事は大天使さんと呼ぶことにしよう。


『このティアラの持ち主ね?』


 大天使さんはそう言って私にティアラを差し出してきた。


「私のティアラ! そうです! あ、! そこにいる、ちっちゃい天使に取られたんです!」


 大天使さんの肩の上には先ほどの天使ちゃんが乗っていた。


『ごめんなさいね、この子が勘違いしちゃったみたいで……』

『ごめんなさい……』


 大天使さんと天使ちゃんが頭を下げる。


「いえ。戻ってきたのならそれでいいのですが……勘違いって?」


 最初、このティアラを取られた時も「返せ」って言われたし。いったいどういう事なのだろう? 何か事件の予感がするなー(棒)


『ええ、説明しないと納得できないわよね。よかったら私のお城に来て下さる? お詫びとお話をしたいのだけど』


「ええ、もちろん……。 ってお城?! え、お姉さんってもしかして女王様なの? ……なんですか?!」


『うふふ、そうかしこまらなくてもいいわ。じゃあ、ついてきて』


「は、はい!」


 え? 知らない人に着いて行くのはダメ?

 あはは、それは現実世界の話だから。ダンジョンはそんな危険な場所じゃないから安心して大丈夫だよ。

 それにしても、この世界っておかしいよねー。だって、ダンジョンの方がダンジョン外よりも治安がいいんだよ? 普通、逆でしょ!って感じだよね。


 治安で思い出したんだけど、東京中央ダンジョン周辺はまともな人が多いのだけど、田舎の方では物騒な事件が起きることがあるらしいよ。

 聞いた話だと、とある村で剣士になった男の子が「俺は最強だー」って言いながら、往来で竹刀を振り回したんだって。近くにいた警察がすぐに取り押さえたから大事にはならなかったらしいけど、怖いよね。


 きっと彼は、優良職に就けなくって自暴自棄になってしまったんだと思う。それならそれで、ダンジョン探索は諦めて一般企業に勤めたらいいのに……。

 ……そういえば男の子の場合は【魔法少年】【物理少年】になるのかな? 物理少年って語感、ちょっと面白いね。


 ところで、何か私はすごい勘違いをしているような気がするんだけど……。ま、気のせいよね!




◆ 補足説明 ◆


 ゲーム『ダンジョンはアイドルのステージよ!』におけるレベルシステムについて、説明を端折っていた為、この場を借りて説明させていただきます。


 ☆2である【火術師】や【剣士】はレベル上限が60です。そしてカンストすることで、昇進することができます。この際、ステータスはそのままに、レベルはリセットされます。【☆2/火術師/Lv.60】→【☆3/魔女/Lv.1】と言う感じです。

 なぜかというと、強さがおおよそ【☆2/火術師/Lv.60】≒【☆3/魔女/Lv.1】≒【☆3/魔法少女/Lv.1】となるからです。


 つまり、ヒメたちは最初からカンスト【火術師】並みのステータスを持っているのです。しかも昇進前でその性能。【魔女】はLv.90になるとそれ以上は強くなれませんが、ヒメたちは【アイドル】に昇進する事でさらに強くなれる。ヒメが「お母さんは稼げていないはずだ」なんて思ってしまうのも納得ですね。


 と書いていて思ったのですが、この世界、本当に【アイドル】を優遇しすぎですね……。でもそれでいいのです、だってこの世界のダンジョンはアイドルのステージなので。




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