ふさふさ

「ふんふふ~ん♪ ふんふふ~ん♪ ……あれ? みんながいない!」


 いつの間にか一人ぼっちになっていたことに気が付いたユズは、慌てて周囲を見渡す。


「ヒメちゃ~ん! リンちゃ~ん! ハルちゃ~ん! ……」


 全員の名前を呼んだあと、ユズは耳を澄ましてみんなの返事を聞こうとした。すると……。


 ~♪ ~♪ ~♪


 どこからともなく音楽が聞こえてきた。明らかに自然が出すはずのない音が聞こえ、「きっとみんなが向こうにいるのだろう」と思ったユズは音のする方へと走っていった。


「あれ、みんなの声じゃない……? で、でも人がいるって事だよね! なら帰り道を教えてくれるかも」


 しかしながら、演奏や声が明らかにみんなの物とは違う事に気が付く。とはいえ、誰かと会えるのは助かる、そう判断したユズは、声の主のもとへと向かった。


『ガールズバンド、「ふさふさ」って言います! 早速ですが私たちの歌、聞いて下さい! 「ぴょんと飛べば」』


 カン、カン、カン、カン


 スティックが四度叩かれる音がした後、演奏が始まった。ちょうど開けた場所が見えてきた、おそらくあそこで演奏しているのだろう。そう思ったユズは先を急いで、そこにいる演者を見た。


「わあ、かわいい♪」


 そこにいたのはユズたちと同い年か少し下くらいの三人の女の子達。全員がうさ耳をつけて歌っている。そういうコンセプトだろうか。

 ちなみに、垂直にピンと立っているうさ耳ではなく、ぺたんとしたたれ耳だ。それをみたユズは「ロップイヤーもいいかもしれない」と思ったとか。

 観客が一人もいないところから推察するに、これは練習なのだろう。邪魔しないようにとユズは物陰から三人を見守る。


 歌詞は「いつも下を見て歩く、内気で臆病な主人公。そんな彼(彼女?)が、ある日『あなた』に言われて上を見ながらぴょんとジャンプした。すると視界が広がって、今まで見えてこなかった者が見えるようになった」と言うような内容。

 そのためにわざわざうさ耳をつけているのだろうか、とユズは微笑ましく思った。


 まあここまでは問題ないのだが、非常に残念な点が一つあった。包み隠さず言うと、ギターボーカルがびっくりするほど音痴なのだ。あまりのひどさに、演奏が中断してしまう。


『はあ、やっぱり私には無理ピョン! 私はギターしかできないピョン! ファジーちゃん、変わってよー』


 ファジーちゃんと呼ばれた子はベースの女の子。ファジーちゃんは申し訳なさそうにこういった。


『私がやってたもっとひどい事になるぴょん……。一番ましなのがロッピーちゃんだったから今やってもらってるぴょん……』


『そうだけどー。やっぱり無理ピョン!』


 今ギターボーカルをしている音痴な子はロッピーちゃんと言うらしい。これで一番ましだったのか……。


『今更、新しいボーカルを探すのも無理。やっぱり諦めるしかないと思うぴょん』


 そう言ったのはドラムの女の子。その言葉に他二人がうつむいてしまう。とそこで、ユズとロッピーの目があった。


『あ、ごめんなさいピョン! 聞いてくれてたんだね!』


「あ、私こそごめんなさい、勝手に聞いてて」


 そう言って物陰から出ていくユズ。そんな彼女を見て三人が驚いた。


『ピョン?! もしかして人間?!』

『初めて見たぴょん……。ピピちゃんは見たことある?』

『ない。私も初めて見たぴょん』


 ここでドラムの子の名前が判明。ピピちゃんと言うそうだ。


「え? みんなは人間じゃないの……?」


『見て分かるじゃん~! ほらこれ! 私たちはウサミミ族ピョン!』

『このあたりは獣人しか住んでないんですよ』

『うん。人間はほとんどいないと思う』


「! すごい! それ、本物なの?!」


『そうだよ! 触ってみるピョン?』


「いいの?」


『どうぞどうぞ!』


 そう言って頭をなでてほしそうに近寄ってくるロッピー。ユズは頭を撫でつつ、耳の感触を楽しむ。


「わあ、すっごくふさふさ!」


『でしょー! 自慢なの!』


 ユズは「かわいいなー」と頬を緩ませる。ダンジョンで一人きりになって感じていた不安もある程度は緩和されたようだ。


『見たところ、お姉さんはアイドルですか? やっぱりビッグビッグフェスタに出場するんですか?』


 ファジーがそう尋ねた。ビッグビッグフェスタ? 聞きなれない単語にユズは首をかしげる。


『あれ、知らないんですか? 今日、明日と開催される、エンタメの祭典ですよ。最高のパフォーマンスを披露したチームには王様がご褒美をくれるって事になっているんです』


「へ~! それは面白そう~♪ みんなは出るの?」


『出たいピョン! けど、歌が下手だから……』

『今のままじゃあ厳しいですよね……あははは』

『今から私たちのバンドに入ってくれる、歌が上手い人がいたら可能。なお、そんな人いるはずもなく……』


「そっか……。せっかくいい歌なのに、残念……」


『あ、そうだ! じゃあ、おねーさん、ボーカルやってくれないピョン?!』


 重い空気の中、ロッピーがそう提案した。


「え、私が?」


『お願い! 一度でいいから歌ってみてよ!』


「ええ~!」


 ロッピーに手を引かれ、ステージ(と言っても、ただの広場だが)に上がるユズ。そこでユズはこんな言葉を聞いた。



〔ステージギミックが作動します〕

〔ステージでは〈マジカルフィーバ〉と同様の魔法が作動しますが、発射される音符に攻撃力はありません〕

〔それでは、良きステージを〕





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る