ボスは弱い

「出ない……。真珠が出ない……」


 リンちゃんが膝から崩れ落ちた。


「あれから一か月、毎日通ってるのに、一つも真珠が落ちないねー」

「あれはビギナーズラックだったのね~」


 そう、私達は一か月もの間、毎朝オイスターバードを60匹倒しているのだが、一度も真珠が落ちていない。60匹×30日=1800匹なのだから、そろそろ二個目が出てもいいころなのだけど……。


「で、でも。美味しい牡蠣を食べられるんだし、いいじゃない!」


「流石にそろそろ飽きた」


 リンちゃんは私にジト目を向ける。私はそれに「あ、あははは……」と苦笑で返す。


 10%の確率でドロップする牡蠣は、それはもう立派なサイズの牡蠣である。生で食べるもよし、オリーブ焼きにするもよし、フライにするも良しの食材だ。なお、ダンジョン産なので生で食べても安全であるという点も素晴らしい。

 とはいえ、流石に毎日食べてたら飽きるよね……。一か月で180個、一人当たり45個だ。うん、そりゃあ飽きるよね。


「そんなリンちゃんに朗報です! なんと、そろそろ次の階層に進もうと思っています!」


「んな……!」

「おおー! 楽しみだね!」

「ステップアップの時なのね♪」


「ちょっと待って。あと一回、あと一回打てば真珠パールが当たるから。だからあと一回……!」


「リンちゃんのセリフ、パチンコ依存症の人のセリフみたい~。そんなリンちゃん、私見たくないよ……!」


「まだまだ欲しいレコードがあるのに。けど、うん。潔く諦める」



 次の日。私はまず、その日の目標を二人に説明する。


「今日は10層のボス戦と20層のボス戦を終わらせちゃうよ」


「一気に20層も進むの?」

「10層ずつじゃなくて?」


「うん。そんなに苦労せずに進めるはずだからね。そういえば、三人は10層ごとにチェックポイントがあるのは知ってる?」


「知らないー!」

「知ってる」

「聞いたことはあるけど……って感じかな~」


「じゃあ、説明するね。このダンジョンは全部で1024層あるんだけど、基本的に10層ごとにボスが居るの。で、そのボスを倒せばチェックポイントがあって、それを取れば以後そこからやり直す事が出来るわ。例えば10層のボスを倒せば、次の日は11層から始める事が出来るの。逆にチェックポイントから地上に戻る事も出来るわ」


「ダンジョンへの入り口が増えるイメージ?」


「そういうイメージかな。ダンジョンに入る時に『○○層から始めたい』って祈れば、そこへ行く事が出来るの」



 10層のボスはサクランボトレント。物凄いスピードでサクランボを飛ばしてくる。某鬼畜ゲームにも登場するサクランボの木みたいな感じだ。


「けど……。弱いのよね、この木。〈マジカルバースト〉」

「〈マジカルバースト〉!」


 私とハルちゃんが火を放つ。


 ――ぼお!


 これで終わり。後は放置してたら勝手に倒せる。


「え? もう終わり?」

「ボスって聞いたから強いと思ったのに。めっちゃ弱いね」

「弱かったね~」


 ちなみに、サクランボトレントの射程距離は10メートル。そして、魔法少女のマジカルバーストは25メートル+レベルアップで増える。つまり、確実にノーダメージで乗り越える事が出来る。

(一応、攻撃サクランボを山なりに投げてきた場合は30メートルくらいまで届くけど、それは簡単に防ぐことができる)



 20層のボスはトドメツマリ。「とどのつまり」と「とどめを刺す」をかけているのかな?

 謎理論でフワフワと浮かんでる鯔(ボラが成長した物をそう呼ぶ)の魔物だ。現実の鯔も80cmと大きいのだが、トドメツマリの体長は3メートルもある。そんな巨体をしておきながら、結構なスピードで突っ込んでくるのだ。当然、急旋回なんてできないから、前に土壁を設置するだけで……。


「来たよ!」


「〈マジカルシールド〉~!」


 ――ゴンッ!

 ドサッ


 トドメツマリは土壁に激突して、そのままドロップアイテムを残して消えてしまった。


「え、もう終わり~?」


 あまりにもあっけなく自滅した物だから、土壁を生成したユズちゃんがポカーンとしている。


「ボスって弱いんだねー!」

「弱い。張り合いが無い」



 次の日。私達は21層から攻略を再開する。


「今日は30層まで行く?」


「うんん、今日は23層まで。23層にある、通称『養蜂ようほうフラワーガーデン』っていうエリアに行くよ」


「よーほー?」

「ようほうってあの『養蜂』?」

「ミツバチを育てる事だよね~? 昔ミツバチ農家に行ったことがあるけど、ハチミツが美味しかったよ~!」


「うん、ハルちゃんが分かってなさそうだから一応説明すると、養蜂っていうのはミツバチを育ててハチミツを穫る事だね。つまり、今回のエリアではハチミツが穫れるよ!」


「やった! ハル、甘いの大好き!」

「パンケーキにつけて食べたら美味しいよね♪」


「出てくる魔物の名前は『スズメビー』って言うの」


「もしかしてスズメバチの魔物、結構危ない感じ?」


「うんん、危険度は普通の蜂と同じくらい。けど、大きさが雀サイズなの」


「「「え?」」」


「最初は怖いかも、けど大きいって事はその分狙いやすいって事。どうしても虫が苦手そうなら、他の場所に行くけど……」


「まずは行ってみるよ!」

「試練を乗り越える。それが成長をもたらす」

「リンちゃん、良い事を言う~! カッコイイ♪」


 ……リンちゃんってちょっとだけ中二病だよね。



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