神器

 ヒメたちが生きるダンジョンアイドルの世界では様々な「非科学的な物」が生活の一部となっている。各種ポーション類、異常な切れ味を誇る刃物、魔石をエネルギー源とした発電機などである。

 これらはヒメの感覚で言うと「非科学的な物」であるが、実はこの世界で生まれ育った人からするとそうではない。確かに魔法と言う言葉で形容されてはいるが、それらも科学の一環なのだ。

 物理が物体の理論を語る学問であり、化学が物質の変化を語る学問であるのと同様に、魔法は魔力の法則を語る学問と認識されていて「科学の一環」と扱われているのだ。


 さて、前置きが長くなってしまったが、ここからが本題。魔法が科学の一環ならば、この世界には「超常的な物」は存在しないのか?


 実は……ある。そしてそれらは「神話」と呼ばれている。


 魔法と神話の差は再現性だ。

 魔法は条件が整えば再現できる、例えばポーションは【薬師】が適切な材料を調合すれば何度でも作る事が出来るし、ヒメたちが使う様々なスキルも【魔法少女】【アイドル】になれば誰だって使える。

 一方で、「神話」は再現が不可能な事物を指している。物語にしか出て来ないジョブ、どこで手に入ったか分からないアイテムなどが神話扱いになる。


 神話の中でも実際にモノが残っている場合、それらは「神器」と呼ばれており、ある物は有効活用され、ある物は崇拝の対象になり、ある物は政府が隠し持っていたりする。



 有効活用されている神器の例として「ダンジョン利用者およびユニット管理システム」が挙げられる。長いので一般には「探索者登録システム」と呼称されている。


 これを使えば探索者に対し「ダンジョンカード」と呼ばれている世界共通の身分証明書を発行する事ができる。このカードには名前、居住地などが書かれているのだが、使われている文字が特殊で誰でも理解できる謎の文字で書かれている。これは人の手では再現不可能であり、それゆえにダンジョンカードを偽装することは不可能である。また、魔力検知機構が組み込まれているらしく、本人以外が使うことは決して出来ないようになっているという徹底ぶり。

 これら性質から、各国の探索者機構はこれを持っていることを武器や防具、ポーションの購入条件にしている。

 さらに、このカードは身分証明以外の機能もある。

 例えば、実績機能。ダンジョンで何かを成し遂げるとこのカードに表示されるようになっており、自分の実力を示すのに使う事が出来る。また、これを持ってダンジョンを攻略すると最高到達階層が記録されるようになっており、その結果は各ダンジョン前に置かれているボードに表示されるようになっている。


 このカードを発行しなくてもダンジョン探索を行うことは出来るが、本気で探索者になりたいなら発行しておくべきだろう。


 まあ、ヒメはそのことを知らず「私たちはアイドルだし、探索者じゃないよね」と思って探索者登録をしていないが。

 そもそも、ヒメからすれば登録するメリットが薄いのだ。だってこの子、「300層より下のドロップアイテムは売っても二束三文にしかならず、自分で使ってしまうべきだ」と信じて疑っていないから。しかも、ポーションとか武器とか使わないし。

 そんな状態で、わざわざ住所やらを開示してまで何か登録する必要があろうか? いやない。例えば、無料のWebサービスを使っているとして、よほどのメリットがない限り会員登録をしないだろう。それと似たようなものだ。



 崇拝の対象になっている神器の例として「ダンジョン憲章碑」という物がある。その石碑はダンジョン仏教の経典とみなされており、今も○○寺院に保管されている。この石碑はいかなる方法でも壊す事が出来ず、またその表面には例の「誰でも読める謎の文字」が書かれていることから、神器であると言われている。

 石碑に書かれている内容は以下の通りである。(日本語に落とし込むにあたって多少の意訳が入っている)


“我らは人類の発展と繁栄の為の場所として生まれた。人は此処で各々独自の自己表現を行い、その姿を通じて自他の生きる意味を見出す事を求められる”


 この石碑は「試練の場仮説」の根拠としてよく取り上げられるものである。「試練の場仮説」とは、ダンジョンの存在理由を説明する仮説の一つで「ダンジョンとは人類がさらなる進化を遂げるべく、創造主が用意した試練の場である」と主張されている。



 ところで、リンがこの石碑の紹介記事を読んだ時、彼女はこの文章をこう解釈した。


・アイドルやダンサーはダンジョンの中で各々独自の自己表現を行うことが求められる。

・その姿を通じて自分の生きる意味、言い換えれば生きがいを見出す事が求められる。

・同時に、その姿を通じて他者の生きる意味、言い換えれば推し、になる事が求められる。


「なるほど。ダンジョンの意義を一言で言い表してる。ヒメが言うように、ダンジョンはアイドルの為のステージなんだなあ」


 そう呟いたあと、リンは今日も今日とてダンジョンに向かったとか。



 政府が隠し持っている神器についても少し紹介しよう。アメリカ政府秘密裏に隠し持っている神器は、この世界の真理ともいえる情報が示されている神器だ。


 その名も……「ドキドキ、最強ジョブ決定戦!」だ。ふざけてるわけじゃない、本当にこれが正式名称である。


 この神器は直径一メートルほどのコロッセウムを模したオブジェクトだ。聖火台を思わせる盃に火をつけることでオブジェクトが活性化し、コロッセウム内部で「剣神と書かれた剣」「魔神と書かれた杖」「槍神と書かれた槍」「弓神と書かれた弓矢」などが戦いを始める。

 勝負の行方は毎回異なるのだが、おおよそ一番強いのが剣、次に杖、その次が槍である。


 このオブジェクトの名前から「この神器は最強のジョブが何なのかを示している」と考えられており、アメリカ政府は極秘に情報収集をしていた。……のだがいつの間にか「【剣神】が最強のジョブである」という情報が漏れてしまったようで、今では【剣神】の噂は有名な都市伝説となってしまった。

 なお、実際に【剣神】というジョブに就いている人は現在まで発見されておらず、取得方法、スキル構成などは一切不明。



 最強のジョブ【剣神】、それがどういった存在なのか知る者は誰もいない……。
















 いや、実は一人だけ知っている人がいた。


「ねえ、ヒメちゃん。噂で聞いたんだけど、神の名を持つジョブが最強って聞いたんだけど、ホントなの~?」


 ユズがふと思い出したようにそう切り出した。神の名を持つジョブ。中二心がくすぐられたのか、リンとハルも興味津々でヒメの方を見た。


「神の名を持つジョブ? そんなの聞いたことない……。いや嘘。あるわね、確かあれのジョブは【剣神】【魔神】とかだったはず」


「「「あるの!?」」」


 【○○神】というジョブが実在し、しかもその詳細をヒメは知っていると分かって、三人は少し興奮する。しかし、ある違和感を覚えた。


「でも、なんか変な言い方だね」

「彼のジョブは~とか彼女のジョブは~じゃなくて『あれのジョブ』?」


 そう指摘されたヒメは「鋭いね」と言ってから、以下のように話した。


「東京中央ダンジョンの1001~1024階層には、ゲーム風な言い方をすると『チャレンジステージ』があるの。そこに出てくる適役のNPCのジョブが【○○神】なの」


 そう、○○神はラスボスが持っているジョブなのだ。

 レベルはカンスト、表現力もゴリゴリに上げた【魔法少女・物理少女】系統のジョブ持ちが、レイドを組んで倒す相手である。それはもうチートなスキルを多数持っている。


「なるほど! 敵だからあれって言ったんだね!」

「へえ、なるほど。でも、人型の敵と戦うのってちょっと怖いね」

「確かに~。私達、ちゃんと戦えるかなあ……」


「あはは、剣神って言い方をすると誤解があるよね。じゃあ、別のを考えてみよ、例えば蛇神とか犬神って聞いたらどんなのを想像する?」


「そりゃあ、蛇の神様とか」「犬の神様とか……」

「「「え、まさか?」」」


 思い出してほしい。「ドキドキ、最強ジョブ決定戦!」でコロッセウム内で戦っているのは何だったかを。「剣を持った人」「杖を持った人」ではない。「剣」や「杖」が戦っていた。

 そう、最強のジョブを持つ者の正体は……。


「そういう事。【剣神】を持つNPCは剣そのもの、言い換えればインテリジェンスウェポンなのよ。だから、人間に就くことは出来ない、特殊ジョブだねー」






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