リュウオウ、Part 1

 何が起こったのか分からないまま、私たちはさっきまで釣りをしていた場所とは違う場所に立たされていた。

 いや、違う。場所は移動していない。ただ、雰囲気がさっきとガラッと変わっているものだから違う場所と錯覚してしまったみたい。


 さっきまでいた場所は緑豊かな林の中にある、澄んだ湖のほとり。空は快晴でピクニックに合いそうな風景だった。


 しかし今いる場所はそんな綺麗な場所ではなかった。植物は全て枯れていて、湖の水は緑色に濁っている。極めつけには空に浮かぶ雲が紫色に光っていて、毒々しい印象を受ける。


「隠しボスって扱いなのかなあ……」


 私は呟く。

 ゲームではこんな要素はなかったから、どんなボスが出てくるのか見当もつかない。名前は『リュウオウ』よね? 一見強そうだけど、そこはかとない雑魚感が漂っているような。きのせいか。


「でもハルたち、遺跡の一角で寝転んでないよ?」

「こらこら。それは違うゲーム」

「なんのこと~?」

『クワワ~?』


 やめなさい、通じるか通じないか微妙なネタを言うのは。ユズちゃんとカモノハシさんが困ってるじゃない! というかカモノハシさんも来てたんだね。


「どんなのが来るか分からないから、万全の態勢で行くよ! ハルちゃん!」


「分かった! 〈癒しのヒール歌声ソング〉〈励ましのレイズ歌声ソング〉 ~♪」


 バリアを張ってバフをかけて。


「ボスが相手だし通用するか分からないけど……。カモノハシさん、お願いします!」


『クワワ!』


 カモノハシさんは序盤で仲間に出来るキャラではあるが、終盤まで重宝するレベルの強さを誇る。一緒に頑張ろうね!



 そうこうしている間に、湖に変化が起こった。湖の中央付近でごぼごぼと泡が立ち始めた。それと同時に緑色だった湖が元の透明な水に変わっていく。それはただきれいになっているのではなく、汚いものが中央部へと吸い込まれているようで……。何かが来る!

 水面が盛り上がり、ヘドロで出来た何かが姿を見せた。〈マジカルバースト〉!


「ヒメちゃん! 変身中の攻撃はダメだよ~」

「ナイス、ヒメ。〈マジカルバースト〉」

「「え?」」


 ユズちゃんとリンちゃんで意見が食い違っていた。個人的には変身中は運営が用意してくれた攻撃チャンスだと思っているんだけどなあ……。


 ヘドロで出来たナニカはどんどんと成長し、グニャグニャと波打ちながら変形。一匹のドラゴンの姿になった。


「すっごー! ドラゴンだ!」

「テクスチャさえ綺麗ならカッコイイんだけど」

「これはちょっと不気味だね……」


 リンちゃんが言うように、形だけは神の使いと見間違うほどにカッコいい龍である。だけど体表が黒緑色のヘドロで出来ているから、それに神々しさはない。むしろ不気味さの権化と化している。


 変形が終わるや否や、龍は空を見上げて大きく咆哮した。



『リュウウゥゥゥオオオオォォォォォ!』



「「「「リュウオウって鳴いた!!」」」」


 ひょっとしてこれが名前の由来だろうか。なるほど、そこはかとない雑魚感は名前のせいだったのか。

 さて、リュウオウの咆哮とともにBGMが流れ始めた。今まで出会ってきた明るくて元気な音楽ではなく、どこか悲しげな音楽。ダンジョンアイドルの世界観には合わないなあ、なんて考えている内に戦闘が始まった。


『オオオォ!』


「! 〈マジカルバリア〉」


 リュウオウからヘドロのブレスが飛んできた! BGMを聞いていたせいで反応が遅れてしまうも、すぐにマジカルバリアを張って防御する。


 うそ?! 痛ッッッ!


「ヒメ?!」

「バリアが消えてる?!」


 マジカルバリアでは防御しきれなかったようだ。それどころか、ハルちゃんにかけてもらったバリアも砕けて私の腕には傷が。これは……ちょっとヤバいんじゃない?

 ちなみにこのヘドロ、ほぼ無臭みたい。ダンジョンなりの優しさなのだろう。


 ゲームではキャラにHPが設定されていて、0になったら戦闘不能扱いになる。現実世界では明確な数字は算出されないけどね。

 それで、ハルちゃんのスキル〈癒しのヒール歌声ソング〉の挙動についてなのだけど、ゲームにおいては「最大HPを超えた分の回復はバリアとして機能する」という設定だった。バリアの上限はレベルに応じて上下するのだけど、今のハルちゃんだとバリアの上限は最大HPの半分くらいのはず。


 つまり、ブレスを食らう前の私のHPは約150%だったの。それがあの攻撃一回でバリアが壊れ、私自身にもダメージが入った。つまりブレスの攻撃力は最大HPの50%以上を削っている計算になる。


「あれを3回食らったら戦闘不能って事か……」

「ひょっとしなくても、かなり強いんじゃあ……?」


 すぐにハルちゃんから回復魔法が飛んできて、私の怪我は修復される。「ありがと」と短くお礼を言いつつ、対策を考える。


「ブレスは絶対回避しないとダメね。幸い予備動作は大きいしスピードも遅かったから、避けることは出来そうね!」


「回避、攻撃、回避、攻撃って感じだね」

「長期戦になりそうだね~」


 リアルでは割と慎重に行動してたから、こんな緊張感のある戦いは久しぶりに感じるわね。〈マジカルバースト〉!



『クワワワ! クワ!』(これでも食らえ! それ!)


 そんな中、カモノハシさんは水中を高速移動しドラゴンに急接近した。そしてドラゴンを引っ掻く!


『リュオオォ?!』


 マジカルバーストではびくともしなかったリュウオウが、カモノハシさんの引っ掻き攻撃には大きく動揺した。よし!


 実はカモノハシさんの引っ搔き攻撃は『猛毒の異常状態』を付与する効果があるの。ただの毒とは段違いの性能を誇るそれは、敵に強力なスリップダメージを与える効果がある。

 ボスの中には猛毒に耐性を持つのもいるのだけど、リュウオウには耐性が無いみたいね。ラッキー!


『リュウウ……オオォォォォ!』


 猛毒を入れられて怒っているのだろう、リュウオウは私たち目掛けてブレスを吐こうとした。


「ブレスね! 横に回り込んで……『結晶の石筍』!」

「〈私の歌を聴いて〉! ~♪」

「燃やしたら固まったりして。『業火の拘束』」

「え、えーっと。取り合えず『凍って』!」


 敵の必殺技はこっちの攻撃チャンスでもある。リュウオウの側面に回り込んでダメージを稼ぐ。


『キエエエエエェェェ!』


 おっと、ここで知らない挙動! 今度は何? すぐに距離を取って様子をうかがう。


「天に昇った?!」

「うわあぁー! かっこいい! けど、すっごく嫌な予感!」

「必殺技かな?」

「空が光ってるよ~! 雷かな~!」


 リュウオウは天高く昇って行った。そしてその姿が雲に隠れて見えなくなった時、そらに無数の光が走った。




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