もはや止まらない、止められない

「無理して茶化さなくてもいい。俺が聞きたいのは大和型戦艦『信濃』のことだ」

? 過去に存在したのは空母『信濃』のはずだろ」



 その疑問は、常に流動するはずの空気を停止させた。というような錯覚をもたらした。

 目の前の翡紅フェイホンは目を口を大きく開き何かを――そう、何かを言いかけ、失敗し、それを数回繰り返す。

 試行錯誤の末、彼女の口から漏れ出たのは、途切れ途切れの一文。


「いつから、感づいていた、の?」

「初めて信濃を見た時だよ。まだ人格統合前の、初めてアルゴー号にティマと乗った時に間近でな」

「……」

「『僕』は全く知識がないから、単なるデカい船ぐらいの印象だったが……『俺』は違う。まず感じたのが凄まじい――」

「あなたもそう思ったのね!?」


 そこまで言ったとき、翡紅フェイホンが一気に距離を詰め、両手で肩を掴み、一気にまくし立てる。今まで言えなかったこと、その全てを吐き出すという風に。


「そう、そうなのよ! 違和感、違和感、違和感! 私だけかと思ってたわ!」

「お、落ち着け、落ち着けって」

「そんなことできるわけないでしょ、今までんだから! された証拠に!」

「何だと?」

「歴史改編、よ……私のせいでね」


 そうして始まった告白は、悲壮感と、何より恐怖に満ち溢れていた。


「まずは、この辺りの記述を見て欲しいの。どう見える?」

「どれ。これは……戦史年表か」


 昨日の夕方に見た歴史年表と同じような箇所があるな。翡紅フェイホン自ら抜粋したのか、少し途切れ途切れではあるが大まかに記すとこんな感じになる。


======================================


・1942年7月1日

 日本海軍、ミッドウェー海戦の敗北を契機として(空母1沈没、3大破)戦時急造空母(商船改造空母、雲龍型航空母艦、改大鳳型航空母艦等)の急造計画を海軍大臣嶋田繁太郎は即時決裁する。

 この影響で第110号艦(大和型戦艦「信濃」)の建造が遅れる。


・1942年8月11日

 樫野かしの型給兵艦「美保みほ」、三菱重工業長崎造船所にて竣工。


・1942年8月17日

 「美保みほ」、台湾の高雄へ物資輸送任務の為出撃。


・1942年8月25日

 陸軍輸送船「三池丸」、高雄市沖合でアメリカ潜水艦「グロウラー」と交戦。グロウラーは魚雷、計3本を発射。全弾命中し、「三池丸」を撃沈。積み荷の一部が漁船団に回収される。およそ1トン程。


・1942年8月21日

 給兵艦「樫野かしの」、バリクパパン(ボルネオ島)にてニッケル鉱石を受領、本土へ帰投途中、セレベス海にてアメリカ潜水艦「ソーフィッシュ」と交戦。ソーフィッシュは魚雷、計4本を発射。内3発が命中し、沈没。


・1942年9月4日

 台湾沖で「美保みほ」、アメリカ潜水艦「グロウラー」と交戦。グロウラーは魚雷、計5本を発射。内4発が命中するも全て不発。結果、無事に輸送任務を達成する。



・1944年11月19日

 「信濃」、横須賀海軍工廠よこすかかいぐんこうしょうにて竣工。



・1945年4月30日

 ナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラー、ハンス=ウルリッヒ・ルーデル操るJu 87 シュトゥーカに搭乗しベルリンより脱出。

 以降はミュンヘンにて戦争指揮を執る。


・1945年5月8日

 ナチス・ドイツの首都ベルリン、陥落。


・1945年6月5日

 アドルフ・ヒトラー、死亡(自殺説が主流)。後継者にカール・デーニッツを指名。


・1945年6月8日

 ナチス・ドイツ、連合軍の無条件降伏を受諾。戦闘自体は12日まで散発的に続いた。


・1945年6月26日

 連合国、沖縄侵攻作戦「アイスバーグ」始動。


・1945年7月1日

 太平洋上で台風第11号「枕崎まくらざき」が発生(国際名はアイダ/Ida)。猛烈な勢いで北上する。


・1945年7月6日

 戦艦「大和」、「信濃」を含む第二艦隊、出撃。


・1945年7月7日、8日

 「枕崎まくらざき」台風が沖縄地方を襲う中、坊ノ岬沖ぼうのみさきおき海戦が勃発する。

 台風に襲われ、その影響で思うように攻撃ができないアメリカ軍であったが、最終的に戦艦2隻を含む多数の日本艦の撃沈に成功する。

 なお戦艦「大和」は計10隻の戦艦群との壮絶な打ち合いの末、撃沈。

 戦艦「信濃」は初期の航空攻撃により爆弾5発、魚雷9本の命中を受け大破漂流し行方不明となる。


・1945年7月23日

 アメリカ重巡洋艦「インディアナポリス」、原子爆弾輸送任務中に日潜水艦「伊58」と交戦。伊58は魚雷、計6本を発射。内5発が命中しインディアナポリス、轟沈(突如消失したという証言もある)。数少ない生き残りにチャールズ・B・マクベイ3世大佐がいる。


・1945年8月6日

 ポツダム会談が開催。


・1945年8月9日

 日本国に無条件降伏を迫る「ポツダム宣言」が表明される。


・1945年8月14日

 第15回御前会議の開催。昭和天皇、宣言受諾の意思表明をする(聖断)。


・1945年8月15日

 畑中 健二少佐を首謀者とする「宮城事件きゅうじょうじけん」により軍事的クーデターが発生。


・1945年8月17日

 B29「エノラ・ゲイ」、広島にガンバレル型原子爆弾「リトルボーイ」、投下。

 同日、鈴木貫太郎内閣は総辞職され、東久邇宮稔彦王ひがしくにのみや なるひこおうによる新内閣が成立。ただし、これの実権は阿南惟幾あなみ これちか陸軍大臣……の後ろにいる陸軍省勤務の将校が握っていたとされる。


・1945年9月8日

 ソビエト連邦、満州へ侵攻開始。


・1945年9月15日

 アメリカ軍による昭和天皇暗殺作戦「マケドニアのカッサンドロス」始動。計15機のB36「ピースメーカー」が宮城きゅうじょうに爆撃を仕掛けようとするも、ジェット戦闘機「橘花きっか改」16機、ロケット迎撃機「 桜花おうか改」、「秋水しゅうすい」13機が迎撃。失敗に終わる。

 実際、爆撃に成功したのはたった一機で命中した爆弾も1発、しかも不発弾であった。


・1945年9月16日

 B29「ボックス・カー」、長崎にインプロージョン型原子爆弾「ファットマン」を投下。


・1945年9月17日

 宮城きゅうじょうにて小規模な爆発、火災が発生。


・1945年9月18日

 大日本帝国、ポツダム宣言を受諾、無条件降伏。


・1945年10月2日

 東京湾に停泊中のアメリカ戦艦「ミズーリ」艦上にて降伏文書調印が行われる。


・1945年10月5日

 東久邇ひがしくに内閣、総辞職。


・1945年10月9日

 幣原喜重郎しではらきじゅうろう、内閣総理大臣に就任。


======================================


「うーむ」


 俺のとて万能ではない。当然だが知らないこともいくつもある。が……恐ろしいほどの違和感を感じる。というか。


「この年表おかしいだろ。日本の降伏は8月15日だったはずだし、原子爆弾投下の日時も……ずれているのか」

「そういえばさっき空母『信濃』って言ってたわよね、あれって」

「俺はそう教えてもらったな」

「……誰から?」

「む。何というか、そうだな……ある意味母親代わりの科学者からだな」

「何それ、変なの。ちなみにその人って」

「もうずいぶんと前に亡くなったはずだ」


 その答えに残念、といった感じでしょげ返る翡紅フェイホン五月女さおとめの母さんが生きていたのは旧時代、約200年近く前だからな。こればっかりはどうしようもない。


「それでヒロシは『明確におかしいとわかる箇所』と『何か違和感を覚える箇所』、その2つが同居している。ってことでいい?」

「そうだ」

「アンタでも、全ての歴史を知っている訳ではない、と。とするともう手遅れだったのね……ずっと前から」

「歴史改編、のことか?」


 首肯する翡紅フェイホン


「もう、を知る者はいないのね。サクちゃん桜宮菊華も、無形ウーシンも、ティマも、呂玲ロィレンも、マズダも。誰に聞いても。私のせいで、私の……せいで、過去が」


 静かに涙ぐむ翡紅フェイホン。彼女のせい、ってことは能力である「召喚」のことだろう。だが、それでどうして歴史改編が起こる?

 どうして…………待てよ。彼女は物品を召喚するんだったか。


「確か……過去からって、聞いたぞ。過去から、過去から? ということは、召喚された方では」

「順当に考えれば、とか、とするわよね?」

「!!」


 俺は慌てて、もう一度渡された戦史を確認する。

 チッ。見間違えた、なんていう都合のいいことはなかったか!


アメリカ重巡洋艦「インディアナポリス」、原子爆弾輸送任務中に日潜水艦「伊58」と交戦。伊58は魚雷、計6本を発射。内5発が命中しインディアナポリス、轟沈(突如したという証言もある)。


・ 戦艦「信濃」は初期の航空攻撃により爆弾5発、魚雷9本の命中を受け大破漂流しとなる。



 信濃も、インディアナポリスも。見覚え、聞き覚えが。というかインディアナポリスに至っては……! 俺の目の前で召喚されてた。


「この前のインディアナポリスね、あるものが積まれていたの。何だと思う?」

「原子爆弾、か……」

「そ。コードネームは『ガジェット 』って書いてあったわ。その顔、酷いわね……ねぇ、本当の歴史では、違うんでしょう?」

「あ、ああ。『ガジェット 』は1945年の7月16日に実験用として起爆したはずなんだ。当然、日本の攻撃用として輸送されることもない。だから今、ここにあるはずが」

「でもあるのよ。私もこの目で確認したわ。ところで、落とされた原爆の箇所、のよね。どう?」

「同意見だ」

「こう考えることはできない? 私が強力な兵器を欲しいと願ったとする。そして私の願いをかなえてくれる『何か』はこう考えるの。でもそのお眼鏡にかないそうな兵器は年表に乗るレベルで使われることが。さて、困ったぞ、どう整合性を取ってやろうか……」

「その結果、戦争期間が若干伸びた、と?」

「ふうん、本当の歴史ではもうちょい短かったのね」


 アルゴー号は進む。その先に見えてくる艦は――


「私ね、あの艦を召喚した時こう考えたの」


 どうか、大昔にあったという戦艦とかいう兵器の中で、造られた「最強の戦艦」が出て来ますように。


「彼女、最強の46センチ砲を持つ戦艦大和型戦艦の中で一番最後3番目に建造されたらしいわね?」


 堂々と、城のように聳え立つ、史上最強の戦艦「信濃」。

 まだ少しばかりの明かりが見えるのは仕事中の為か、警戒の為か。燃料節約のため、夜は基本明かりを使わない翠玉すいぎょく国において。

 闇の中にぼうっと浮かぶその威容は。

 幽霊のように見えてしまうのだった。





 何故、彼女は「空母」とならなかったのか?

 何故、沖縄に出撃させたのか?

 何故、日本軍に有利になるタイミングで台風が発生し、アメリカ軍を襲ったのか? 



 それは、信濃を漂流させるため。

 それは、正史と同じように「信濃」を沈めるため。

 何よりも、それは300年後の未来に「戦艦信濃」としてお届けするため。リクエスト通りに。


 そのために、歴史がほんの少し、変わったのだ。



 

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