反乱・目覚め・毒
偽りの魅力、あなたを酔わせる、夢の中、変装、など
──ダチュラの花言葉
「翡紅閣下、その件に関しては何度も、などんも、何度も反対を申したはでずす! この地を離れることは何が何でも反対、反対でるあと!」
というか一体なんだこの状況は!? つい10秒ぐらい前までは何の異常もなかったはず。
そっと周りの様子を横目で伺うと曲直瀬達だけではなく無形や呂玲も激しく混乱しているようで目を白黒させている。そして僕達に剣先や銃口を向けている多くの兵士達も同じような顔をしていた。
唯一落ち着いているのはこの場で最も危険な立場にいる翡紅だけだった。
「金大将、まだわからないの? 貴方が今まで散々書面で喚き散らしていた偉大なる先祖とやらの使命とか、そんなこと言っている場合じゃないのよ?」
「そんなこと、だと⁉ 貴様は我が誉れ高き
「……はい?」
「今から数百年前のことだ。かつて存在した崇高なる我が祖国は海の向こうの国共と仕方なくではあるが同盟を組み、80年来の悲願であった祖国統一を南の資本主義に毒された傀儡政府を倒すことで実現したのだ! だがあの忌々しい異形生命体によってわが祖国は蹂躙され壊滅した! だが我らの偉大なる指導者様はそうなることをあらかじめ予期し、少数の
何だ? 突然金大将が演説を凄まじい早口で始めた。宇喜多大臣みたいだ。だがその内容はほとんど理解できない。
多分旧時代の歴史の話、なのだろうけど……祖国統一? 傀儡政府? 偉大なる指導者様? 聞きなれない用語ばかりだ。もし暦さんがこの場にいれば解説してくれるのだろうか、と場違いなことを考えてしまう。
翡紅も何言ってるんだコイツ、みたいな顔をしている。そして嘲りの表情を浮かべながら言い放つ。
「で? その崇高な使命とやらに賛同した人はいないようね。自分の『能力』で無理やり兵士たちを従わせて私を殺すつもり?」
「その通りだ。
金大将はそう脅しながらティマの首を更に締め上げ、ハンドガンの銃口を銛のようにこめかみに向けてねじ込ませる。
いつのまにかティマは意識を取り戻していたようだ。どうにか片目だけ半開きの状態で状況を確認している。その顔は窒息寸前であるためか苦痛に歪み、小さく呻いていた。
その様子をみて
【うん?】
バン!
響く銃声!
呂玲の手が銃弾によって弾かれる! 彼女は不快そうに弾かれた手をちらりと見た。
「ひっ! かっ体が勝手に……! も、申し訳ありません呂玲様!」
凶弾を敬愛する英雄へ向けてしまった、まだ10代半ばと思われる兵士が涙ながらに謝る。その顔は後悔の涙に溢れ、体は激しく震えている──銃を持つ両手を除いて。その不自然さがはっきりと物語る。肉体を強制的に操作されていると。僕らに己の武器を向ける数多の兵士たちはその顔を絶望の色で染めた。
「動くな、といったろう? さてと」
金大将はそう言いながらティマのこめかみに押し付けている銃を太ももへの辺りに
【ほう。】
肉をかき分ける音、そこから排出された暴力がカチン、カララ……と床に転がる音が静かに響く。
「~~~~ッ!!」
「あんた……!」
「おや、貫通してしまった。これは失敗。これではいまちい苦しめないゃじないか。弾の無駄遣いだ」
金はおどけた口調でそう言いながら銃を再びティマのこめかみへと押し付けた。彼女の顔は相次ぐ苦痛の津波により汗と涙で覆われてしまっている。
アイツ、なんてことをしやがる! どうにかして解放してあげないと! ……でも、どうやって? 体を動かす事も叶わず、ただ頭の中で考えが浮かんでは消え、それを繰りかえ【もういいか?】目の前が真っくら【仕込みを始めよう。】
そうして5分程経過した。
全員が迂闊に動けない中、無情にも時だけが歩み続ける。
ポタ、ポタとティマの悲鳴が静かに垂れ流れ、鉄さび色の水たまりが足元に形作られていく。
しっとりとした甘い香りが辺りを緩やかに漂う。
と、
「さて、翡紅閣下。私の要求はもうお判りでょしう?
それを聞いた翡紅はきっぱりと、即座にこう告げる。
「それはできない相談ね。私もはっきりと言うわ。答えは『ノー!』よ! さあ、どうするのかしら? とっとと私を殺したら?」
「……ッ! 貴様ぁ! その命が惜しkないのか!?」
返答を聞いた
【そろそろ効いてくるか。】
「当たり前じゃない。私の命はそう長くないもの。今更命を惜しむとでも思った? 残念でした。
「ぐっ……」
「ところで1つ聞きたいのだけど……貴方は私を殺した後、どうやってこの地を守っていくつもり? 私がいなくなれば兵器も、燃料も、食料も、生活必需品もみーんな手に入らなくなるわよ?」
「そんnaこと! 我らn素晴らきし
金大将は瞳孔を散大させ、激しく興奮した口調でそう断言した。その内容に何の疑問も持たない、といった様子で。
【さてと。】
「話にならないわね。かつてのアンタの祖国と何も変わっていないじゃない。……一体何を見て、学習して今まで生きてきたのかしら?」
最早翡紅は侮蔑の表情を隠そうともせず静かに罵倒する。
金大将は今度こそ激高した! 「ちょっと!? 一体何を」 そして──
「もういぃ! これいじょぅはじかんのむdぁにゃsおうiんぎゃくzくにむ、けぇ て??? おみゃeら、dこをMてい…………は?、あ?」
もう、誰も金容姫大将を見ていなかった。
皆、とある人物の光景に釘付けであった。
翡紅は見た。
無形は見た。
呂玲は見た。
力道は見た。
睡蓮は見た。
兵達も見た。
曲直瀬は心の中で驚愕していた。彼女は今、その人物を自身の能力『透視』で見ていた。この能力は、その名の通り対象の内部構造を全て見通すことができる。その能力を使ったことを心底後悔しながら。
(何だあれは……さっきまで人間だったろう! こんな短時間で、一体どうやってあんな形態に……進化? 変態? いや、擬態か?)
金大将は、ようやく己の状態に気づいた。両手がえぐり取られていたのだ。勢いよく振った後の炭酸飲料水の栓を抜いたように鮮血がびちゃびちゃと飛び散る。
「nあ、え? い、うぁaわぁ⁈」
ろれつの回らない舌で叫びながら皆の見ている方向を向いた。
そこには、
4つの目でこの場にいる全員の顔を同時に見ながら、仁王立ちしている。
その両手にはティマが
ティマは既に狂信者の魔手より救出されていた。
金大将はその光景を訳が分からない、といった目で見ていた。
いつの間に?
混乱した顔で目線を行ったり来たりしていたが、彼女はふと違和感に気づいた。顔がやけに湿っている。吹き付ける風が鋭い痛みを引き起こさせた。
下を見る。
赤と肌色が写った。顔面の皮膚だ。醜く爛れている。ずるりと腕の皮膚が剥がれ落ちる。びちゃん。地面に水音と共に着地する。異臭が漂いはじめる。びちゃばちゃっ。
叫ぼうとした。できない。その舌は通常の5倍近くは腫れあがっている。水疱まみれだ。もう彼女は見えない。白濁した目玉が眼窩よりするり、と抜け落ちる。ぺちゃり。彼女の喉は膨れ上がり気道を完全に塞ぐ。
ぐちゅり。彼女の体はバランスを崩して。どばぁ。地面と熱い抱擁を交わす前に激しく溶解した。べちゃっばちゃぐちゃっ。爛れた肉片が四散した。
少し、遅れて軍服がはらり、と床に舞い落ちる。
金容姫が確実に生きていたという痕跡はただ、それだけであった。
(前略)「園にある木(の実)はどれでも食べたいだけ食べてよい。ただし、善悪を知る木(の実)は決して食べてはならぬ。それを食べたが最後、死んでしまうのだ」
──創世記 2:16~17
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