史上最大の“さばき”

 ティマは翡紅の手を借りて壁上に立つ。


「……陛下。よろしいのですか? あの中ドラゴンにはひょっとして陛下の……」

「ティマ、それ以上は言わなくていいわ。わかってる。お願い。彼らの……苦しみを、断ち切って、楽にしてあげて」

「……了解いたしました、陛下」


 ティマはそう言い終えると両手をゆっくりと、極彩色の空気高濃度の混沌を侍らせながら、ゆっくりと進撃を続けるドラゴンへと向けた。


 その様子を遣翠使の面々僕達は疑念の目を向ける。ティマが「魔法」を使える、ということはもうわかった。でも、正直な印象を言えばあの50メートルもの体躯を誇るドラゴンを魔法で倒せるとは思えない。そんな不安を表すように曲直瀬や力道は目配せしあう。

 と、ティマがほんの少し首を曲げてこちらを振り返り、その刹那、アメジストの湖が僕の姿を映す。湖の穏やかな波紋が「心配しないで」と語った気がした。そして邂逅は一瞬で立ち消える。幻のように。

 改めて迫りくる脅威ドラゴンをその双眸に納め、ティマは小さな声で厳かに何かを呟き始めた。

 後に知ったのだが、その時ほんの僅かに聞き取れたモノは「詠唱」というらしい。







「……ገነት、መሬት、…………የእኛ……በረከት ተቀበለ……………………የእሳት መንፈስ、……ስም……ጠጠርሁለቱም、ሃራእ」


 そこで1拍ついて、声帯を震わせる。

〘堕涙絨焔礫〙


 そこまで聴いた時、翡紅が大声で叫ぶ!


「総員対衝撃ショック・対閃光防御を取りなさい! 空軍部隊は直ちに当空域より離脱しなさい! 来るわよ!」


 同時に要塞内にサイレンが鳴り響く。

 兵士達は建物内に避難するか、付近の遮蔽物に身を潜める。翡紅も即座に壁上より降りて身をかがめ、耳を塞ぎ口を大きく開ける。僕達もそれに見よう見まねで倣う。


 その数秒後に。

 僕は見た。




 また、大いなるしるしを行って、人々の前で火を天から地に降らせることさえした。

 ──ヨハネの黙示録 13:13





 鈍色にびいろの雲海に、突如として奈落の底まで続くような大穴が開き、5メートル程の焔に包まれた水滴型の石礫がドラゴンへと向け降り注がれる!

 ティマは焔に包まれたを召喚したのだ!

 召喚した隕石の数は10、20なんてレベルじゃない。いちいち数えるのがばかばかしくなるような量! まるで機関銃シャワーのようだ。


 ドラゴンは信じられない、という貌でその光景を見つめる。

 石礫が命中する度に──

 角は折れ、羽は捥げ、眼玉は潰れ、口は歪み、脚は捻じれ、尾は焼かれ、腕は千切れ、無数の貌は安堵と歓喜と祈りの表情を浮かべて四散する。

 周囲には大量の、カラフルな肉片がまき散らされ、それぞれは再び母体と1つになろうとひも状の表皮触手のように未練がましくのたうつ。が、それらにも容赦なく石礫は降り注ぎ焔で焼かれ朽ちてゆく。

 ドラゴンにするたびに、先の爆撃や砲撃とは比べ物にならない轟音と振動が大地を襲う。要塞全体がその仕打ちに抗議するかのようにきしみ声を上げている! 


 は十数分にも渡って続いた。穢れドラゴンを一寸も残さず消滅させるまで。


「「「「IIIAAIAAAA!!!!」」」」 「「「「HHHAAZTTTT!!!!」」」」

「「「「AAAA────HHUTTTT!!!!」」」」「「「「AAAGGUNNNN!!!!」」」」



────ドラゴンは断末魔の叫び讃美をあげた!!!!





 (前略)死も黄泉もその中にいる死人を出し、そして、おのおのそのしわざに応じて、さばきを受けた。

 それから、死も黄泉も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。

 このいのちの書に名がしるされていない者はみな、火の池に投げ込まれた。

 ──ヨハネの黙示録20:13~20:15



 その日、地球上のとある場所で、無数の光が幾度も点滅した。

 それと共に轟く歓喜の輪唱断末魔は月まで観測されたという。









○○○○○○○○

■■要塞 アースガルズ

ビフレストの天文台にて


「お、花火がよく見える見えおる」

「始まったようですねぇ」

「もう彼女に連絡はしたのです?」

「ええ。手筈通りに、と。これでまた一つ確かめられるでしょう」

「ちと慎重過ぎはせんか? 事実上もう確定しとるのだろう?」

「まあ、そうですがね。これはいわば余興というやつですよ博士はかせ。尤も、始まってすらいませんけどね。はははっ」


○○○



 魔法の威力こそ凄まじかったが、その規模に反してほとんどなかった。一定の範囲のみ効果を作用させる、とはいかにも魔法らしいな。曲直瀬は後に振り返った時そう語ったという。


 それはともかく、力を行使した魔法発動後、しばらくティマはボーッとしていたようだがその体が突然脱力しふらふらとしながら後ろに倒れてくる! 少し前にされた翡紅のセリフがふと頭を過る。しまった。魔法を使ったということは……!


 僕は慌ててティマを抱きとめる。その体は湿

 その顔を覗き見ると、そのほんの少し前まで色素が薄い真っ白な肌は赤に染まっていた。目から、鼻から、耳から、口からだらだらと血が漏れ出ている! 特に口からが酷く、弱々しい息と共に鮮血が湧き水のようにコポコポと流れ出ていた。

 後ろから抱き留めた際の水っぽい感触から言って恐らく体中がこうなっているかもしれない……!

 勿論、彼らがこの状況をぼーっと見ているわけがない。無形が即座に“小手シャォダーショゥ”を使って「魔素マギジェンボンベ」と吸入器を僕に手渡ししてくれた。

 急いで装着しようとするが苦しそうに痙攣けいれんもしているので中々上手くできない。急がないと! その時ティマが「ゲホ、ゴホッ!」と一際大きく喀血かっけつした! 血と細かなが勢いよく飛び出し顔にかかる!

 丁度そのタイミングで服がに染まることを厭わずに翡紅がティマの体を急いで固定。そのスキを突いて吸入器をあてがう。


 そして2,3回中身魔素を吸い込んだティマの容態は急速に回復していく。

 よ、よかった。取り合ずは一安心だ。ずっとこうして抱いてるわけにもいかないので翡紅と一緒に少し後ろのスペースへと寝かせた。呼吸も心なしか安定し始めているようだ。


「ティマのこと、ありがとね」

「あ、っはい! 当然のことをしただけですよ!」


 翡紅から渡されたタオルで顔をぬぐいながらそう答えた。……ん。何か口の中に肉が、入ってる? あっ、つい飲み込んでしまった。

 ちょっと甘い味がした。



 みんなのところに戻ると睡蓮や力道が駆け寄ってきて口々に無事かどうか聞いてきたので問題ない、と笑いながら軽く受け流す。

 周囲を見ると呂玲や無形は要塞内の兵士達を労っている。その様子からかなり尊敬と信頼を受けているのだろう。特に呂玲が。

 翡紅と曲直瀬は何かしらを話している。本来の目的である「交渉」の予定を詰めているのだろう。


 僕達の頭上を役目を終えたB29がゆっくりと翼を左右に振りながらバンクしながら飛び越えていく。


 暫くして打ち合わせを終えたのであろう、翡紅が曲直瀬の元を離れて再び壁上へ登る。そして大勢の兵士たちの前で次の命令を出した!



「さぁて、全兵士諸君! かねて通達した通りこれより金浦要塞を永久放棄、全面撤退するわよ!」


 そういえば戦闘前の演説で「ここでの戦いは今日が最後」とか、「もうここは放棄するからな」などと最後のあたりで言っていた気がする。今翡紅が言ったのはこのことだろう。

 ……? でも、たった今戦闘に「勝った」のに? それともここはさほど重要でもない拠点だったってことなのか?

 何か釈然としないが兵士たちは特に疑問を感じてないのか、それとも既に決定事項であったためか、きびきびとその準備に取り掛かろうとして──




 その動きが突如として止まった。

 そして、全員が、一斉に己の武器を構えて。

 翡紅の方向へと向けられる!


 えっ?

 一体何が起きて

 

「翡紅閣下、その件に関しては何度も反対を申したはずです。言葉で受け入れられぬなら剣を取るまで!」


 その怒気を孕む声に悪い予感がして、振り返ると──

 キム容姫ヨンヒ大将がまだ完全に回復しきっていないティマの首元を片腕で固定し、更にこめかみに銃を突きつけた状態で翡紅をにらみつけている!


 まさか、反乱⁉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る