降臨セシ大怪獣

 第一の生き物はししのようであり、第二の生き物は雄牛のようであり、第三の生き物は人のような顔をしており、第四の生き物は飛ぶわしのようであった。

 この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その翼のまわりも内側も目で満ちていた。そして、昼も夜も、絶え間なくこう叫びつづけていた、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者にして主なる神。昔いまし、今いまし、やがてきたるべき者」。

 ──ヨハネの黙示録 4:7~4:8


 この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。

 地上に投げ落とされたのである。

 その使いたちも、もろともに投げ落とされた。

 ──ヨハネの黙示録 12:9


 その時には、人々は死を求めても与えられず、死にたいと願っても、死は逃げて行くのである。

 ──ヨハネの黙示録 9:6



 地獄の蓋が空いたような亀裂の中からの音と共に巨大な生命体が姿を現した! 

 その体躯は最低でも50メートルはありそうだ。表皮は当たり前のように極彩色に覆われている。「墓守」の言葉を借りるとするならば、こいつはドラゴンということになるのだろう。だがその見た目は……グロテスク、などというレベルを遥かに超えていた。というのも進化論を全否定するようなとしか思えない体の構造をしていたのだ。


 具体的には、その生物ドラゴンには。

 頭に生える1本の角、2対の左右非対称の羽、3つの禍々しく輝く目、4つの正方形の辺のように並んだ口、5つの不均等に配置された脚、6つの奇妙に捩じくれた尾、7つの不揃いな腕、そして……無数のかおを持っていた。

 無数の貌はその大半が胴体に集中していて……待って。あれって、全部人の顔じゃないか! 

 その顔はそれぞれ何かを叫んでいるようだ。……無形の“小眼球シャォイェンチョウ”がそのドラゴンに近づくにつれはっきりと聞こえるようになった、が。そこから聞こえてきたのは、


「たすけてくれぇぇぇ」    「мать!」    「你为什么不杀了我!」     

  「Kenapa kau terlihat seperti ini...」    「يا إلهي ! ساعدني من فضلك!」    「위대한 장군님, 만세!」    「Энэ нь надад дахиж дургүй!」    「Please, kill me ... kill me ,Please!!」


 あらゆる言葉言語で泣き叫ぶ死にたくても死ねない、哀れな亡者達の慟哭の声だった。

 その、余りにも凄惨な光景に僕達は言葉を失う。曲直瀬が即座にまだ幼い睡蓮の両目を慌てて塞ぐ。その恐るべき光景を記憶に刻み込む前に。


 そんな僕らの慌てように満足するかのようにドラゴンは4つの口を奇妙に蠢かせ雄叫びをあげる。


「「「「GGYOOOOAAAA!!!!」」」」「「「「BBZEEEEAAAA!!!!」」」」「「「「MMIYYYYAAAA!!!!」」」」「「「「TTKRRRRIIII!!!!」」」」


 凄まじい音圧が辺り一面を襲う! 咄嗟に耳を塞がなければ鼓膜が破れてしまうと思えるほどだ! それ以前になんと気味が悪いなんだ!? 4つの口がそれぞれ同時に別の音を出し、とても言葉に表せない音色を、音楽を作り上げたのだ。

 ドラゴンが雄叫びをした際、全身が振動し多数の極彩色の腐肉をボトボトと雨のように降らした。ところがその腐肉は未だ活発に動いており元気よく、活きのいい魚が飛び跳ねるようにして再びドラゴンと同化していく。その様子は悍ましい、などという単語では到底表せないものだ。

 実際、翡紅も含めて全ての人の顔は青く変色し、堪え切れずに吐いてしまう者が続出していた。辺り一面に腐った肉の匂いと鼻の奥に沁みる酸っぱい匂いが満ちる。


 そしてドラゴンが歩み、いや這いずり始める。蛞蝓なめくじのように。5つの脚と6つの尾でもって。辺り一面の極彩色の土砂がその歩みを祝福するように舞い踊る。更に信じられない事にあのドラゴンの周辺の! 

 その変化から察するに膨大な量の異形生命体が融合しているから、放出される「混沌ケイオス」も相当な量だろう。この現象はCCPA値(大気中に存在する「混沌」の濃度)が非常に高い時に見られるらしい。それを見た無形が恐怖のあまり青、を通り越して白色に染まった顔で翡紅へこう進言する。


「あれ程の混沌の量! あれじゃぁ奴が何かをするまでもなく、!」


 無形はどうやら撤退を勧めているようだ。

 幸いにもその進撃速度は遅い。時速2キロとかそのくらいか。現在の相対距離はおよそ3キロ。なので今なら充分逃げることができるだろう。


 その時、後方よりバタバタという足音が複数聞こえてきた。振り返ると多数の兵士と共に明らかに身に付けている服が違う女性が1人──恐らくあれが先程の会話にあったこの要塞の指揮官であるキム容姫ヨンヒ大将だろう。

 

「翡紅閣下、我々の火力陸上部隊では奴を倒すことは到底不可能です! どうかご指示を!」

「そうね。流石に重砲であのデカブツを倒せとは言わないわ。まずは……呂玲‼ 聞こえてるわよね⁉ 一旦こっちに戻ってきなさい!」


「おう!」


 翡紅が口に手を当て、即席のメガホンを作りながらそう叫ぶと、呂玲のドデカイ返事が聞こえた。ドラゴンの這いずる音地響きの中で聞こえるのか、と一瞬思ったがどうやら杞憂の様だった。

 そして呂玲はこちら目掛けてダッシュ……というより飛び跳ねながらあっという間に要塞まで到達。さらに壁を垂直に走り抜けて戻ってきた。そして金大将の手をかりて壁上より降り立つ。僅か1分ほどの出来事である。今更ながら彼女の肉体能力には驚かされるばかりだ。今更なんだけど彼女、本当に人間?

 それを確認した翡紅は次の指示を出そうとして、というタイミングで彼女は何かに気づきポケットより携帯端末スマホを取り出す。そして親指で少し操作すると凛とした女性の声が聞こえてきた。


「こちら雷天レィチェン空将です。閣下、念のためにと思い『チューレ海軍基地所属のB52ストラトフォートレス、計3機を既に全機出撃待機させておきました。即座に出撃できますが如何されますか? 彼の機に搭載されているならば彼奴あやつたおせると愚考いたしますが」

「……残念だけど今回はそれを使うのはナシね。こちらへ到着するのは多分一時間と少しかかるんでしょう? 空将」

「仰せの通りです。閣下」

「それよりもあのデカブツが放出し続けている混沌がこちらへたどり着く方が早いわ。風向きにもよるでしょうけど。万が一B52が間に合ったとしても……私達が爆発に巻き揉まれるか、その後に発生するの被害を受けてしまうわ。私はね、お父様とそれ以前の代で幾度も繰り返された過ちはもうこりごりなの。奇形児なんてもってのほかよ。そういうわけでごめんなさい、空将。貴方の案は採用できないわ」

「承知致しました。全ては閣下の御心のままに」


 先程から続く翡紅と部下? の雷天空将なる人物の話を聞いていると……あれ? もしかしてこの人達、本気マジであのドラゴンを倒すおつもりで? 


「さてと。聞いてたわね? 貴方の出番よ、ティマ!」


 どうやら本気であるらしい。

 




はじめまして。作者のラジオです。

老婆心ろうばしんでは、と思いますが一応プチ解説を。


本エピソードで登場するチューレ基地、は

ということを念のため、申し上げておきます。

気になった方は是非、調べてみてね。




 

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