ファースト・コミュニケーション

 恰似アタカモ珊瑚さんご細條ほそじょう其大そのおおきおよぶ一尺いっしゃくいたルト云者いうもの諸州しょしゅう風土ふうどニタガイありベシ大毒おおどくアリ

 ──『梅園菌譜』51ページ、火焔草(カエンタケ)より一部抜粋  ※1


 CAUTION

 MANCHINRRL TREE

  Do not eat or handle, nor shelter when raining.

  Berries can be poisonous.

  ──カリブ海の島々に生息している、有毒植物の注意喚起用立て札より ※2 



 ティマは薄れつつある意識の中、その出来事を見た。翡紅様と突如裏切ったキム容姫ヨンヒ大将とが交渉……もとい脅迫の応酬をしている中、突然がこちらへと向けすたすたと歩き出したのだ。

 彼が近づくにつれ甘い、しっとりとした香りが強く香ってくる。

 意識が鮮明になっていく。


(……なに、をしてるの? こっち、きちゃだめ、うたれちゃ──)


 ところが、不可解な事に誰も、何の反応も示さないまま彼女に拘束されている私の元へ彼──ヒロシ君が傍まで寄ってきた。

 何故か徐々に鮮明になっていく意識の中気づく、物凄い違和感。

 表情を見た瞬間、悟る。

 無表情だ。

 これまでの、私と似た、どこか自身のなさそうな表情は微塵もなかった。

 脳内に浮上する、ある文章。

 


 すっ、と右手を振り上げる。その右手は、いつの間にか鈍く輝く鋼鉄で覆われていた。ギザギザとした刃が楕円形を描くようにびっしりと生えていて、歪な横に広いスプーンにも見える。まさに異形の手であった。


 両頬の口角がすっ、とナナメ上にあがる。無邪気な笑み。

 翡紅様の「ちょっと!? 一体何を」という驚きの声。


 グチャ、ゴリィッ!

 肉と骨を抉り断つ音!

 なにかヒロシ君が素早い動きで金容姫大将の両腕を半分ほどえぐり取る! 

 更に左手で素早く手刀を振るい両手を完全に切断! 地面に落ちる前にそれを右腕で弾き邪魔だ、と言わんばかりにどこか遠くへと飛ばした。

 プラムの甘い匂いが何故かふわりと香る。

 カタン、と拳銃が落ちる音が響く。

 拘束から解放され、倒れかけた私をなにかヒロシ君は素早く回収。横向きに抱きかかえた状態で再び元の場所に戻り始める。


(……え? どうして? この事態に気づいているの、翡紅様だけ?)

 

 異様な事に場にいる者全員がこの1分足らずの間に起きた惨劇に気づいていないかのように振舞っている。今しがた両手を失ったばかりの金容姫大将ですらだ。

 そして何事もなかったかのようになにかヒロシ君は元居た場所に戻った。


 やがて場の者全員がようやく異常事態に気づき、こちらを一斉に見る。

 そして、金容姫大将の体に異変が、皮膚が爛れ、剥がれ落ち、肉体がぐずぐずに溶解していく様子を全員が目撃した。




 こんな時代だから、衝撃的な、醜悪な光景なぞとうに見慣れている。だが……生きながらに肉体を溶かされる、というのは、流石に初めてであった。

 これがその場に居た者達の総意であろう。


 金大将が死んだことにより兵士たちの束縛が即座に解かれた。そのことに気づくと兵士たちは武器を捨て、自発的に武装解除する。その中には地面へと向けて嘔吐えずくためにそうした者もいたのだが。



 それを横目で観察しつつ、なにかヒロシは丁重な手つきでティマを地面へと降ろす。

 多くの者がの一挙一動に注目する中、彼は意外な行動をした。



 そこで、あなたの見たこと、現在のこと、今後起ろうとすることを、書きとめなさい。

 ──ヨハネの黙示録 1:19



 ポキリ、と乾いた音が響く。

 なにかヒロシは自らの右人差し指を折ったのだ! そしてブチィ、という音と共に引きちぎった!

 その奇妙な行動に皆が啞然としている中、更に不思議な行動に出る。


 まず、先の太ももに負った銃創のせいで未だに立つことができず床にへたり込んでいるティマを見る。

 次に銃創に向けて指を抜き取った際にできた傷より垂れる血を垂らす。ぴくり、とティマが一瞬震える。それは痛みではなく、単に血のによるものであった。

 そして……人差し指を銃創に向け突っ込む! 


「は!?」


 その行動に息を飲む一同。

 肝心の本人ティマは不思議そうな顔で自分の太ももを凝視している。指は丁度銃創のサイズと同じであるようでジャストフィットしている。

 やがて指と銃創の境がなくなったいき……キズは完全に塞がった。


 一体今、何をした? という周囲の反応を気にも留めずなにかヒロシは立ち上がり、。何もない事を確認し、満足したように体を僅かに揺らす。

 

「ねえ」


 そしてまるでおもちゃの電源を切るように脱力──


「ねぇ、そこの


 その動作を止めた。首をやや上、壁上へと向ける。


「そう、あなたに話しかけてるのよ。言葉がわからないとは言わせないわよ? あるわよね? 


 翡紅がなにかヒロシに向けて話しかける。その双眸は好奇心でキラキラと輝いていた。

 一方でなにかヒロシは表情の変化こそないがどこか戸惑っているようにみえた。しきりに頭をまで振っている。


「いちいち『あなた』呼びじゃ味気ないわね。名前、なんていうの?」

「────a縺縺アア、ぼぁあぁ──iい、う鵜、獲エ……ウガフナグRuHuたぐん! いあ! はぁすたAー!」

「…………」


 なにかヒロシは最初、ただ口を開けていただけだが、そこから、その後はまともな音を紡ぎ始めた。のだが、肝心のその「回答」に翡紅は声にならない呻きというかため息というべきか、をした。

 彼女は少しばかし空を見上げ、指でこめかみを揉みしだく。するといいアイデアが浮かんだのか、顔を輝かせながら再び話しかけた。


「こちらが何言ってるか理解はしているようね。いい? コミュニケーションというのはね、無形!」

「はっはい! なんでしょう翡紅様?」

あの子なにかのこと、どう思う? 正直に言いなさい」

「そうですね……ちょっと不気味だけど、クールでカッコいいです!」

「え″ そ、そう。なんかちょっと意外ね。てっきり怖がるかと」

「まあ最初は少しそう思いましたけど。でも私達の仲間ティマを助けて、治療もしてくれたじゃないですか。そう考えると恐怖とか消えました。そ・れ・に、一連の行為を静かに、無言でしたじゃないですか! 超クールだと思いません!?」

「えっええ、そ、そうね。……ともかく、これが『コミュニケーション』、意志の相互伝達よ」


 そう言い終わるとじっ……となにかヒロシを見つめる。期待するかのようなまなざしで。

 するとなにかヒロシは息を大きく吸って、吐いて、吸って……を何度か繰り返したのち、


「名は、ない」


 


 

※1カタカナのルビは原文のまま、ひらがなのルビは筆者が独自につけたものです。  

  正しいものではない可能性があることをここに添えておきます。

※2具体的にどこの島か、という記述がないのは出典がはっきりとしていないため。

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