87:40.26――第2の矢、重火力投射

 先程まで銃声と爆発音、そして悲鳴という典型的な戦場音楽が奏でられていた二条城跡。

 しかし今では……静寂、沈黙、無音。満ちるのは、それだけであった。


「取り敢えず一掃できたか」


 戦闘が終わり少しは熱が引いたのか……先程まで俺を支配していた熱狂的な衝動はなりを潜めている。


 さっきの重機関銃の一斉射、あれは正直危なかった。

 あの状況を打破するのに思いついたのが自身をさなぎ化して複合装甲そとがわを囮にしつつ自分の体を、地面に逃げ、そこで体を再構成し……頃合いを見て下から奇襲する。という案だった。

 その際に使用したのが新たに生やしたしっぽだ。液状化した俺はしっぽの中を通って地中に……というわけ。


 結果的に上手くいったようでなによりだ。俺は「頭」だけで考える。そろそろ元に戻らないとちと面倒だな。


「おーい、ここだ、ここ!」


 俺の声に反応して来たのは……頭を失った俺の胴体部分首無しである。自分で言うのもなんだが、こうしてみると実に変な気分だな。

 俺は「頭」の切断面から触手、もとい血管をを伸ばす。「胴体」も同じように切断面から触手を伸ばし、それぞれが絡み合いきつく結ばれる。そして「頭」がゆっくりと持ち上がる。クレーンゲームの景品になった気分だ。

 そして……あるべき場所へ、収まった。完全復活というやつである。


 そもそも「脳」とはなにか。一説によると、なのだそう(決して口から出る罵声スラングを考える器官ではない)。

 俺の考える部分、ルーツと言い換えてもいい……は元々「思考する末梢神経」であった。で、それは今も変わらない。

 何が言いたいかというと、俺は脳だけではなくということ。頭部を失う事が「生命活動の停止」という事象とイコールではないのだ。

 とはいえ最も効率よく考えるには脳が不可欠。それがない状態では必要最小限の動きで、言い換えれば最も効率の良い動きで物事戦闘しようとする。

 その結果あんな動きとなった。

 ちなみに胴体部分首無しで活動するときは、呼吸は環形動物ミミズなどと同じ皮膚呼吸で……まぁ俺は基本呼吸を必要としないんだが……視覚はこれまた全身に「眼点」という器官を生やして対処している全身で視ている。眼点とはクラゲとかに見られる器官でようは目のことだ。

 

 しかし……なんで敵の増援が来ないんだ?

 まぁいい。戦闘が無い方がティマ達生存者を探しやすいからな。今の戦闘で相当時間をロスしてしまった。急いで移動しないと。

 俺は一歩を踏み出そうとして――気づいた。


「何だ、この爆音は……空から?」


 俺は直ぐに両肩にメロン体を出し、反響定位エコーロケーションを用いて周囲を捜索する。たかが音波であると侮るなかれ。対象物の距離、姿形、材質、内容物までも見分けることができる、非常に優れた機能なのだこれは。


「……これは、この大きさ。B52並みだな……爆撃機か?」


 俺は南西方向を睨みつけた。迫りくる脅威を確実に捉えながら。






約10分前。日本列島、瀬戸内海の播磨灘はりまなだ



 彼らの見た目は旧時代21世紀初頭の最強国家であったアメリカ合衆国海軍のズムウォルト級ミサイル駆逐艦に酷似していた。

 名は体を表すという言葉通り、その色合いは片方が黒、もう片方が白である。


 そんな彼らに異変が起きつつあった。

 唯一の上部構造物であるピラミッド状の物体が輝きと共に変形し始める。やがて黒船はリング状の物体を形成し、白船はのっぺりとした長方形の板を形成した。


 黒船のリング状の物体から、ゆっくりと何かがされ始めた。まず見えるのは、円筒状の機種。どんどん首が伸びていきやがて翼が、プロペラが、見え始める。そうして1分も立つ頃には全体像が見えた。


 その名はB36。愛称は「ピースメーカー」。

 全長49.4メートル。

 全幅70メートル。

 全高14.3メートル。

 エンジンはプラット・アンド・ホイットニー社製 R-4360-41 (3,500制動馬力 ) が6基。

 重量63,790キロ (燃料や武器弾薬、搭乗員を含まず)。


 その威容はまさに巨人機と呼ぶにふさわしい。人知れず改竄された第二次世界大戦で最も最強と誉れ高い戦争機械ウォーマシンが、今。蘇ったのだ。



 何の力が作用しているのか、宙に浮くB36の格納庫がまるで獣の口のように開く。  

 黒船のリングは次に選択した武装のM10 ロケット弾100発とR-36核ミサイルの弾頭部分……この内部には0.55メガトンの核弾頭が計10発入っている……を本国第四帝国より転送。B36に飲み込ま格納させた。


 次に、浮遊するB36が白船ののっぺりとした長方形の板に乗る。板にはでっぱりがついており、機体に予め付いていた左右反転するでっぱりと噛み合う。

 そのでっぱりが移動するためであろう、板にはレールが2本伸びていた。電磁式カタパルト射出機である。

 そして板の正式名称は飛行甲板という。


 B36のプロペラ、計6基がうなり勢いよく回転し始める。そしてそのスピードが限界まで早くなった時、カタパルトが起動。勢いよく射出された!

 最高速度の338ノット (時速626 キロ) で天を駆ける巨人機。それを見送りながら黒船・白船は呟く。


黒船

「征け、盲目神『ホズ』の名を冠する巨人よ」


白船

「神に意志など必要ない。神とはか弱き意志が創り出した偶像に過ぎない。それを教えてやれ。人工の邪神グンソー・ヒロシ、その死でもって」






それから10分後、現在。二条城跡。


「あと5分でここに到達するか。にしても核弾頭10発だと……? テメェら、そんなに俺の事を消し去りたいのか……なら、こっちも本気で出迎えてやる!」


 反響定位エコーロケーションでの解析結果に俺は怒りの声を上げる。どう考えてもいち生命体に浴びせる火力じゃない。あんなものを全て喰らってしまえば、この都市どころか付近一帯が蒸発してしまうだろう。

 そんなことはさせない、絶対に奴を倒さねば。


 既に龍脈器官にはエネルギーを行き渡らせてある。それとは別のも済んだ。

 よし、行くか。


 俺は何の抵抗もなく。

 空に駆け上がった。

 特撮ヒーロー光の巨人のように。

 

 そのまま上空100メートル程の高さに到達する。視線の先には、迫りくる盲目神B36。腹に破壊の卵をたくさん抱えて。


 当たり前だが、俺は死ぬわけにはいかない。無事に帰るって約束したからな。仲間達の元へと。



攻撃開始まで、あと180秒。


 俺は邪魔な両肩に生えた第二腕を格納し、右腕を前へ突き出す。左腕は右腕の根元を固定。ためだ。

 そして新たに作った体内の細胞群を一斉に力ませる!



攻撃開始まで、あと155秒。



 発電板はつでんばんという種類の細胞がある。神経線維と接触する筋肉の一部分の細胞のことで、これを直列に並べると電気となり、それをさらに束ねると……となる。

 発電器官は神経から生ずる僅かなシナプス電位、つまり電流を集めて増幅することができる。

 今、俺の体内はそれまでに発生した「怒り」を代弁するかのように各種神経細胞が活発に動き、大量の電流を生じさせていた。それらは前述の発電器官により更に増幅。体全体に放電現象が起き始め、パチパチと音が鳴る。



攻撃開始まで、あと88秒。



 発生し、増幅された電流を俺は筋肉の動きを詳細にコントロールする事で、「形」にする。更に体内にため込んだ金属成分を右腕一か所に集める。

 己の右腕は今やコイルと化し、そこに集めた電流を2つ、右腕内のそれぞれ拡張した上腕二頭筋と上腕三頭筋に分けて流し込むと……即席の電磁石がする。

 今や右腕は完全な金属に変化し、振動し始めた。



攻撃開始まで、あと40秒。

盲目神B36は急減速し、機体を僅かに上に向ける。目標ヒロシに腹を見せる格好となった。



 最後の仕上げをするとしよう。俺はこの地に降り立ってから息を大きく、大きく吸う!

 肋骨を蛇のように外側へと動かし、肺の体積を大きくすることで尋常ではない量の空気が、酸素が入る。そして体内の二酸化炭素と肺の酸素をガス交換し、血液中の赤血球を用いて酸素を運搬。全て右腕に集める。

 


攻撃開始まで、あと11秒。

盲目神B36の爆弾槽が大きく開かれ、破壊を齎す卵巣ロケット弾が大気に曝される。



 俺の右腕は今や磁場がらせん状に絡み合い、ある種の力を生じさせつつあった。その名は、ローレンツ力。電磁場中で運動する荷電粒子が受ける力のことだ。

 この場合の荷電粒子とは俺の右腕だ。



10……9……8……



 右腕弾丸の表面に曲線を描く亀裂が入り始める。よしよし、設計通りだ。あとは……



5……4……3、



 ……タイミングよく。



2、



 今だ。

 俺は息を吐く。

 右腕が爆発、同時に三角筋に力を込め自切じせつした!

 まるでミサイルのように、右腕が勢いよく発射。亀裂からは爆発した酸素により生じたガスが漏れだす。それは曲線を描きながら噴出し、さながらライフリングのような働きをする。

 結果、から発射された右腕弾丸はスピンし安定した弾道を描きつつ音速で進む。



1。



 盲目神B36が攻撃する直前に勢いよく爆弾槽を貫通。中のロケット弾が一斉に誘爆する!

 轟音と爆風をまき散らしながら、盲目神B36は消滅。

 破片は西京極総合運動公園にしきょうごく そうごううんどうこうえん跡に落下し、極彩色ごくさいしきに穢れきった土砂を巻き上げ、暫しの間空間は粉塵によって支配された。



2分後。日本列島、瀬戸内海の播磨灘はりまなだ


黒船

「まさかあのような方法で退けるとは」


白船

「想定外もいいところ。生物の可能性というのは実に素晴らしいものだ」


黒船

「なればこそ確実に絶滅させないと」


白船

「然り。第3の矢は、もう発射済み」


黒船

「あとは2人が相対するのを待つばかり」


白船

「時に、京都市北東部の出来損ない械国日本の械人達がしているのですが。何か心当たりは?」


黒船

「何だと?」



同時刻。二条城跡、上空100メートル地点


 俺は右腕の再生を待ちながら盲目神B36の破片が落下した辺りを静かに見つめていた。

 落下した放射性物資によって死が充満する土地となるだろうな、あの辺りは。いや、こんな世界では今更か。

 先の反響定位エコーロケーションの結果あの辺にいないことがもうわかっている。だから巻き添えを気にする必要はなかったのだ。


 そして残念なことに反響定位エコーロケーションの捜索半径は約10キロ。その中に生存者はいなかった。

 勝ったばかりというのに俺の気分は沈んでいく。

 どこに進もうと、この都市にはもう誰もいないのだ。誰も。貴重な時間をロスしてしまった。ひょっとしたら目的地である比叡山も、無人だったら……? 仮にそうなっていたら俺は何のために帰ってきたと言うんだ。


 言い知れぬ不安感、絶望感に心が押しつぶされそうになる。心というのは時にない方が良いときもあるのだ、と思ってしまう。


「……うん? あれは……戦闘音? 誰かそこにいるのか?」


 一瞬だが廃墟の間を走り抜ける人影が見えた気がする。何より戦闘音がするということは、誰かが械人かいじんと戦っている証拠のはず。俺は急いでその場所へと飛んで向かう。




 5分程で着いたその場所は、京都御所きょうとごしょであった。わずか10日前に訪れたその場所は、やはり瓦礫の山と化しており面影がほとんどない。

 そうとわかったのは上空から見た地形の形が記憶と一致していたからに過ぎない。


 降り立ってまず感じるのは、違和感。おかしい。静かすぎるぞ。感覚毛かんかくもう反響定位エコーロケーションを駆使し全方位に捜査をかけるが、誰もいない。

 さっきの人影はどこに? そう思いながら改めて周りを見渡すと。


 判明したあまりの光景に、愕然とする。


 一面に広がる山は瓦礫の山ではなかった。

 それはうず高く積もった、械人かいじんどもの残骸の山だったのだ。その数、万に達するのではないか。

 少し歩いてみてわかったのだが、一面に広がる山は全て械人かいじんどもの残骸だった。山から流れるオイルと脳漿のうしょうが、湧き水のように溢れ道は川となっていた。

 残骸を観察してみるとどれも頭部や心臓部など、ようは急所を一撃で貫かれている。極めて洗練された暗殺者のイメージが脳内に浮かぶ。


 少なくともこんな芸当、味方の超人の仕業ではないことがはっきりとわかる。

 風香ふうかの能力では一撃必殺という芸当は無理だろう。

 すずかなえではこんなにスマートにることは不可能。

 麻里まりは……彼女の線もないな。彼女の持久力はとても低い。こんなに大量の敵を始末することは無理なはず。

 義兄さん天野という事もないな。激しく移動した跡がどこにもないから。


桜宮さくらみや様の神器でこんな虐殺ができるものはないはず。とすると一体誰が……?」

「んん? それは俺だよ俺!」

「――は?」


 俺の声に間抜けな声を出してしまう。振り返ると、1人の男性がポケットに手を突っ込んだ状態でこっちを見ていた。

 バカな。そこには誰もいないはずなのに。というか今だって感覚毛かんかくもう反響定位エコーロケーションぞ、どうなってる!?


「よう。はじめまして、ヒロシ君……だったかな?」

「どうして俺の名を知っている? テメェは何者だ!」

「おいおい落ち着けって。そうケンカ腰にならんくてもいいじゃないか。味方だぜ、俺は。あそうそう、初対面だし面倒だけど自己紹介をしないとな」


 男はめんどくさそうに欠伸をしつつこう名乗った。


「実はさ、いくつもあだ名があってな。【命の審判者】、『王の刃』、『最弱』とかその他にも色々と。まあこんなのはどうだっていいか――俺の名はガイアン・アブスパール。中央大藩国っていう国に所属していて一応って感じなんだよね。まぁ仲良くしようぜ、兄弟?」



その時まであと、56:01.24。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る