56:01.24

「実はさ、いくつもあだ名があってな。【命の審判者】、『王の刃』、『最弱』とかその他にも色々と。まあこんなのはどうだっていいか――俺の名はガイアン・アブスパール。中央大藩国ちゅうおうだいはんこくっていう国に所属していて一応って感じなんだよね。まぁ仲良くしようぜ、兄弟?」


 後ろから突然、なんの前振りもなく現れた男はそう名乗った。

 ガイアンは浅黒い肌にやや細長い輪郭、顔のパーツは全体的に細い。何となくではあるがサル顔という印象を受ける。

 そして黒のジーパンに赤のストライプが入ったパーカー。その姿はどこからどう見てもごく一般の成人男性にしか見えない。だが……


「この光景鏖殺を、お前がやったとさっき言ったのか?」

「おう、その通りだ兄弟。正真正銘俺のさ」


 そう何の迷いもなく断言する辺りが実に怪しく、不気味に見える。


中央大藩国ちゅうおうだいはんこく出身……ということは呂玲ロィレンやマズダの仲間ってことか」

「おっ、あいつらのこと知ってるのか! どうだ、呂玲ロィレンの姉御、強かったろ」

「確かに凄まじいパワーの持ち主だったが」

「だろぉ!? 姉御はパワーだけで見れば藩国イチの実力者だからな。もーちょっとアタマの回転があれば序列入りもあり得るんだがなぁ」

「そうなのか」


 って待て待て何呑気に返事をしているんだ俺は。今はガイアンのお喋りに付き合っている場合じゃないだろ、急いでティマ達生存者を探さないと!


「なぁアンタは中央大藩国ちゅうおうだいはんこくの所属なんだろ。なら味方扱いでいいんだよな」

「うーん、まぁそうなるね」

「ならこの辺りに生存者とか、黒ドレスを着た右顔に紋様がある女性とか見なかったか?」

「見かけてはいないな」

「う……なら彼女らを一緒に探して欲しい」

「断る」


 その返事は端的な、かつ明確な拒絶を孕んでいた。


「な、何でだよ。械人かいじんを倒したってことはあいつらと敵対しているんだろ? だったら」

「いやいや。その理屈は無理があるでしょ。俺は別に戦闘するために来たわけじゃないんだし」

「じゃあ何でここにいるんだよ」

「はい?」

「聞こえなかった? 落とし物探し。ちょーっと面倒なものがこの辺りにあるらしくてさー。回収してこいっていう上からのお達しなんだよね。あ、もちろん理由はほかにもあって――知らない人探すとか、めんどくさいんだよね」


 めんどくさい? ティマ達生存者を探すのが? その答えにカッとなった俺はガイアンに向け手を伸ばして――





 視界が真っ暗になった。





 ……は? 一体何が起きたっていうんだ、どうして何も――俺は顔に向け手を伸ばし、何か生暖かいドロリとした液体が付着していることに気づく。なんだこれ。

 出元を探ると、それは両目からだった。そこまでいってようやく気付く


 両目が抉られていた。 


 慌てて新しい目を生やす。くそ、眼点は盲目神B36との戦闘後に引っ込めてしまっていたのだが、間違いだったか。

 視力が回復して俺はようやく自分の状況に気づく。



 5か所。

 ガイアンに攻撃された数だ。1秒未満に。

 額、両目、喉、心臓。それぞれに刺し傷があったのだ。

 急いで傷を修復させ、ガイアンを見ると両手にそれぞれダガーが握られていた。刃渡り30センチといったとこか。

 そこまで観察して気づく。俺がやられた攻撃、全滅した械人かいじんと同じものだ。それだけじゃない。信じられないことに攻撃の予兆が一切なかった!

 感覚毛かんかくもう反響定位エコーロケーション、そして視覚。全てにおいて何の反応もなかったのだ。そんなことってあるのか? 

 目の前の男が突然、恐ろしいほど不気味に思えてきた。思わず一歩後ずさってしまう。


 ところがガイアンの反応は予想外のものであった。


「あちゃー。いや~すまなかった、いきなり近づいてくるもんだからつい攻撃してしまったよ。マジでごめん!」


 そう言って頭を下げるガイアン。攻撃、と軽く言ってるけど……普通の個体なら余裕で死んでたぞ。周囲の山を形成する械人かいじんみたいに。


「んんん……その目、さては『もしかして自分より強い』って思ってるだろ。ンなことねぇって! から安心しろって、な?」


 気さくに肩を叩いて来るガイアン。なんか逆に煽られている気がするぞ。そして……今も何の気配も感じなかった。こう、突然真横に現れた感じ。信じられないことに地面の振動すら感じなかった。


「おわびといっちゃあなんだが、俺の質問に答えたらそっちが必要な情報をあげよう。タダでな!」

「それタダって言わない気が」

「細かいことは気にすんなって兄弟‼ でさ、清涼殿せいりょうでんってどこ?」


 清涼殿せいりょうでんに案内する間、ガイアンは色々と話しかけてくる。「ここまではツレの自家用機で来たんだよね」だの、「俺ってのに全然モテないんだよね。あ~彼女が早く欲しいぜ」などなど。……本当ならこんな事している場合じゃないのに……。


 5,6分ほどで目的地に着いた。敵はどこにもいない。恐らく、というか確実に真横の男が殺しつくしたんだろうな。


「さて、次はお前の番だ。情報ってなんだよ。適当抜かしたらタダじゃ」

「わーかってるよ。ティマドクネスと桜宮って奴は今比叡山中腹、転送装置ワープゲートにいる」

「そうか――ってお前、知ってたんじゃないか! どうしてさっさと教えて」

「だって直接わけじゃないからね。ソースは械人かいじん共の無線さ。それにしても本当にティマドクネスっていう女性ひとが好きなんだね」

「え……?」

「あれ、違うの? だって彼女の名前出した瞬間、顔色とか真剣さが変わってたからさ」


 そう、なのか……? 両手で顔を撫でてみる。だが自分では何の変化も感じられない。


「さっき俺に突っかかってきたのも、好きな人を適当に扱われたからだよ。なーに恋は病気って言うけど、人間として普通の反応だから安心しろって、な!」

「お、おう。てか急いでいかないと!」

「だな。もうらしいし、頑張れよ。応援してるぜ。あそうだ、今彼女ら戦闘中らしいぜ」

「っ!」

 

 その言葉を聞くや否や、俺は急いで比叡山へと向け走り出す。

 頼む、間に合えよ……!





「ありゃ、お礼の言葉もなしかぁ。まいっか」


 ヒロシが人の身では出し得ない、爆速とでも言うべきスピードで走り去るのをガイアンは苦笑と共に見送る。


「さぁーて、アカシック・レコードの破片はどこかな~と。って、あ……」


 清涼殿せいりょうでんの入口を改めて見て、ガイアンは絶句した。入口は械人かいじんによる砲撃で完膚なきまで破壊され、倒壊。とても入れる状況ではなかったのだ。


「やべ。これ、どうしよっかな」

 

 緊張感がまるでないガイアンの独り言が響く。もちろん、返事をするものはいない。





それから30分後、比叡山中腹、京福電気鉄道叡山ロープウェイ中継所跡にて。



 辺り一面は戦場特有の硝煙と血、死の臭いに満ちていた。地面には無数の陥没孔と大量のがまるで墓標のように散乱し、まるで地獄の1丁目の如し光景となっている。


 そんな中、彼女達は絶望の色で目の前を惨劇を見ていた。


 必死になって戦いを続けていたが、それも叶わず。最後の1人である天野あまのなりながら宙に吹き飛ばされ、その破片は遠い何処かに運ばれていく。

 いや、ほんの少しばかりのが一帯にボトボトと不快な音と共に落下する。その中には半分ほど欠けた顔面もあった。


 真に絶望する時、声は出ないものである。

 太陽はゆっくりと沈みつつあった。





 その時まであと、13:44.00。

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