56:01.24
「実はさ、いくつもあだ名があってな。【命の審判者】、『王の刃』、『最弱』とかその他にも色々と。まあこんなのはどうだっていいか――俺の名はガイアン・アブスパール。
後ろから突然、なんの前振りもなく現れた男はそう名乗った。
ガイアンは浅黒い肌にやや細長い輪郭、顔のパーツは全体的に細い。何となくではあるがサル顔という印象を受ける。
そして黒のジーパンに赤のストライプが入ったパーカー。その姿はどこからどう見てもごく一般の成人男性にしか見えない。だが……
「この
「おう、その通りだ兄弟。正真正銘俺の成果さ」
そう何の迷いもなく断言する辺りが実に怪しく、不気味に見える。
「
「おっ、あいつらのこと知ってるのか! どうだ、
「確かに凄まじいパワーの持ち主だったが」
「だろぉ!? 姉御はパワーだけで見れば藩国イチの実力者だからな。もーちょっとアタマの回転があれば序列入りもあり得るんだがなぁ」
「そうなのか」
って待て待て何呑気に返事をしているんだ俺は。今はガイアンのお喋りに付き合っている場合じゃないだろ、急いで
「なぁアンタは
「うーん、まぁそうなるね」
「ならこの辺りに生存者とか、黒ドレスを着た右顔に紋様がある女性とか見なかったか?」
「見かけてはいないな」
「う……なら彼女らを一緒に探して欲しい」
「断る」
その返事は端的な、かつ明確な拒絶を孕んでいた。
「な、何でだよ。
「いやいや。その理屈は無理があるでしょ。俺は別に戦闘するために来たわけじゃないんだし」
「じゃあ何でここにいるんだよ」
「落とし物探しさ」
「はい?」
「聞こえなかった? 落とし物探し。ちょーっと面倒なものがこの辺りにあるらしくてさー。回収してこいっていう上からのお達しなんだよね。あ、もちろん理由はほかにもあって――知らない人探すとか、めんどくさいんだよね」
めんどくさい?
視界が真っ暗になった。
……は? 一体何が起きたっていうんだ、どうして何も――俺は顔に向け手を伸ばし、何か生暖かいドロリとした液体が付着していることに気づく。なんだこれ。
出元を探ると、それは両目からだった。そこまでいってようやく気付く
両目が抉られていた。
慌てて新しい目を生やす。くそ、眼点は
視力が回復して俺はようやく自分の状況に気づく。
5か所。
ガイアンに攻撃された数だ。1秒未満に。
額、両目、喉、心臓。それぞれに刺し傷があったのだ。
急いで傷を修復させ、ガイアンを見ると両手にそれぞれダガーが握られていた。刃渡り30センチといったとこか。
そこまで観察して気づく。俺がやられた攻撃、全滅した
目の前の男が突然、恐ろしいほど不気味に思えてきた。思わず一歩後ずさってしまう。
ところがガイアンの反応は予想外のものであった。
「あちゃー。いや~すまなかった、いきなり近づいてくるもんだからつい攻撃してしまったよ。マジでごめん!」
そう言って頭を下げるガイアン。攻撃、と軽く言ってるけど……普通の個体なら余裕で死んでたぞ。周囲の山を形成する
「んんん……その目、さては『もしかして自分より強い』って思ってるだろ。ンなことねぇって! お前の方が100万倍は強いから安心しろって、な?」
気さくに肩を叩いて来るガイアン。なんか逆に煽られている気がするぞ。そして……今も何の気配も感じなかった。こう、突然真横に現れた感じ。信じられないことに地面の振動すら感じなかった。
「おわびといっちゃあなんだが、俺の質問に答えたらそっちが必要な情報をあげよう。タダでな!」
「それタダって言わない気が」
「細かいことは気にすんなって兄弟‼ でさ、
5,6分ほどで目的地に着いた。敵はどこにもいない。恐らく、というか確実に真横の男が殺しつくしたんだろうな。
「さて、次はお前の番だ。情報ってなんだよ。適当抜かしたらタダじゃ」
「わーかってるよ。ティマドクネスと桜宮って奴は今比叡山中腹、
「そうか――ってお前、知ってたんじゃないか! どうしてさっさと教えて」
「だって直接見たわけじゃないからね。ソースは
「え……?」
「あれ、違うの? だって彼女の名前出した瞬間、顔色とか真剣さが変わってたからさ」
そう、なのか……? 両手で顔を撫でてみる。だが自分では何の変化も感じられない。
「さっき俺に突っかかってきたのも、好きな人を適当に扱われたからだよ。なーに恋は病気って言うけど、人間として普通の反応だから安心しろって、な!」
「お、おう。てか急いでいかないと!」
「だな。もう神国の生存者は1000切ったらしいし、頑張れよ。応援してるぜ。あそうだ、今彼女ら戦闘中らしいぜ」
「っ!」
その言葉を聞くや否や、俺は急いで比叡山へと向け走り出す。
頼む、間に合えよ……!
「ありゃ、お礼の言葉もなしかぁ。まいっか」
ヒロシが人の身では出し得ない、爆速とでも言うべきスピードで走り去るのをガイアンは苦笑と共に見送る。
「さぁーて、アカシック・レコードの破片はどこかな~と。って、あ……」
「やべ。これ、どうしよっかな」
緊張感がまるでないガイアンの独り言が響く。もちろん、返事をするものはいない。
それから30分後、比叡山中腹、京福電気鉄道叡山ロープウェイ中継所跡にて。
辺り一面は戦場特有の硝煙と血、死の臭いに満ちていた。地面には無数の陥没孔と大量の人体パーツがまるで墓標のように散乱し、まるで地獄の1丁目の如し光景となっている。
そんな中、彼女達は絶望の色で目の前を惨劇を見ていた。
必死になって戦いを続けていたが、それも叶わず。最後の1人である
いや、ほんの少しばかりの肉片が一帯にボトボトと不快な音と共に落下する。その中には半分ほど欠けた顔面もあった。
真に絶望する時、声は出ないものである。
太陽はゆっくりと沈みつつあった。
その時まであと、13:44.00。
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