13:44.00

比叡山中腹、京福電気鉄道叡山ロープウェイ中継所跡にて。 




 遂に最後の戦士が、天野あまのが戦闘不能となった。彼の残骸は遠くへと飛ばされの向こう側へと消える。回収する手立てはもう、ない。


 直ぐ後ろには半円状の転送装置ワープゲートが、青白い光と共に点滅し重低音が鳴り響いていた。無事に起動している証だ。後は向こう側翠玉国の接続さえ待てば逃げ切ることができる、はずだったのだが。

 今の彼女らにその力はどこにも残されていなかった。


 この時場にいる生存者は、5人。


 能力の使用過多により、自力呼吸すら覚束なくなってしまったグラント・麻里まり。不規則かつ擦れた呼吸音が痛々しい。

 両腕の肘関節は粉砕され、その結果貧弱な筋肉と薄皮一枚で辛うじて繋がっているだけという状態になっていた。力なく垂れ下がるその腕が本来の機能を発揮することは二度とないだろう。


 それを支えるチトセは五体満足ではあるものの、戦闘力は皆無。この場でできることは敵を睨みつけることぐらいだろう。


 桜宮も五体満足ではある。纏う衣類は己をかばって戦死した大勢の命、その痕跡に毒々しい色に染まり腐臭を漂わせていた。とても一国の君主とは思えぬ。

 彼女は残り4人を守ろうとするように両腕を精一杯広げ、「彼」の前に立ちふさがる。だが圧倒的な力の前にその姿勢は蛮勇とも言えよう。


 ティマドクネスは力を、魔素マキジェンをほぼ使い果たし地に伏せる。その代償として口から、鼻から、耳から、目から鮮血が溢れ美しい肌を穢す。


 そして七癒なない。ある意味この状況を打破することが出来るはずの能力を持つはずの彼女は今、と化していた。

 彼女の能力は周囲の生物の自然治癒力を底上げするという単純無比にして強力なもの。そのレベルは粉砕骨折が1分もしないうちに完全治癒することが可能であった。

 ただし、この能力は自身に傷が一切ないときのみ発動する。仮に彼女が負傷した場合、能力の対象はまず自分に向けられるのだ。


 逆説的に捉えると、七癒なないにダメージを与え続ければ能力の発動を阻止できる。械人かいじんは小型ナノマシンを彼女に植え付けることによってこの問題を解決した。

 簡単に表現すれば「内側からされ続けられた」ということである。残酷なことに持ち前の能力により、細胞個々の死と再生を繰り返し、中々死に切れぬ。だがそれも時間の問題であろう。




 そんな彼女らの前にはたった1体の械人かいじんが堂々と立っていた。勝者特有の笑みを浮かべて。


「ああ、誠に残念よ! 先程の奴、もっと本気を出すべきであったのに。全く倒しがいがなくてつまらぬ、つまらぬ。他の者どもも、全くもって大同小異だ!」


 そう喚く械人かいじん義体アバターの右半身を紫、左半身を青に染め、単眼重瞳たんがんちょうどう……キュクロープスのような1つ目にはっきりと分かれた2つの瞳孔カメラアイという異形である。

 その姿は怪人という字で表現するべきかもしれない。


「なかなかいい勝負をすると思ったそこの魔人はMPで早々に脱落するし、すずというやつに至っては!」


 ビシッと怪人は地面の一点を指す。そこにはが散らばっていた。


「自分の力に耐えきれず崩壊するとは、とんだであるな!」

「っ! ねぇさんの死を愚弄するな!」


 長女の死を、肉親の死をここまで馬鹿にする台詞もそうそうないだろう。だが相手の反応はこれに輪を掛けて不愉快な物であった。


「? 何を言っているのだ。全く話が噛み合っていないな。いちユーザーとしてゲームバランスが悪い敵エネミーについて文句を運営に言うのは当然の権利だろう。常識だぞ常識」


 それは冗談でもなんでもなく。怪人には世界がそう映っているのだ。


 桜宮は静かに喉を鳴らす。まさか、ここまで解り合えないとは思ってもみなかったのだ。話し合いによる和平。40年前から延々と続けようとしていたその望みは今、完全に断たれた。


「さて。もう飽きたしそろそろミッションクリアとするか」


 怪人は己が手を後ろへと持っていく。その手を彼女らに向け突きだそうとした時。


「む。ようやくエリアボスの登場か!」


 空から人影が降り注ぎ怪人へと突進する!

 金属同士がぶつかり合うような異様な音がで鳴り響き、人影が弾かれ地面に叩きつけられた。

 それを見て怪人が叫ぶ!


「この時を待っていたぞ、グンソー・ヒロシとやら!」

「俺はそんな名前じゃねぇぞこのゲス野郎!」



 俺は再度突撃する――も再び金属同士がぶつかり合うような音! まるで見えない壁に激突したように。バリアーって奴か、これは?

 そう思う間もなく目の前の怪人が大声をあげる。


PKキネシス・ジャベリン!」


 突然見えない重量物がぶつかってきたような感覚と共に俺は吹き飛ばされる。慌てて立ち上がり――足元を見ると。地面に埋もれる顔と目が合った。額にはがあって、恐ろしいほどまでの既視感が。

 拾い上げて見ると……これは、義兄さん天野の、ものか。改めて周りを見ると、傷つき倒れ伏せる。そして魔素マキジェン切れによる劇症げきしょうを起こすティマ。

 急いで駆け寄り、付近に散乱していた魔素マキジェンボンベを……ええい吸入器がないが構うもんか! 直に吸わせる。


「大丈夫か、ティマ!?」

「…………はぁ、はぁーっ、あ、ありがとう、ございます……」


 次いで辺りを見渡し、目に飛び込んできたのは。あれは、まさか義姉さん七癒か!?

 ティマをそっと地面に寝かせて慌てて駆け寄り、触れると。



 もう温度がなかった。



「そん、な……どうして……」



 間に合わなかったのか、遅かったのか、俺は。何もかも。

 クソ、どうして。どうして……。





 燃え上がる。心の奥底から、燃え上がる。火種になるのは、憎しみ。そうか、これが「憎しみ」というものなのか……。

 その対象は、世界。世界の残酷さ。不条理さ。運命そのもの。

 だから、とりあえず。目の前の敵を、倒す!


「お、は終ったかな? 流石にムービー中に攻撃するのはシステム上できんからな!」

「うるせぇよ。なぁ、なんでこんなことができるんだ?」

「何のことだ?」

「ここに来るまでの間、見たぞ。多くの人が毒ガスで次々と倒れ、胸を掻きむしりながら死んでいく様を」

「ああ! モブNPC民間人共の事だな? ホスゲンを使ったのは効率がいいからに決まっているだろうに。ボス戦以外で時間を使うのはもったいないではないか」

「効率だと? ならなんで義姉さん七癒をあんな、あんな惨い目に合わせたと言うんだ!」

「それも効率の結果に決まっているだろ。まぁあそこまでとは想定外でな、おかげでと本国から通知が来ていたぞ!」


 よくわかった。

 よく、わかったよ。

 お前らはこの世に存在してはいけない、そんな連中の第1号だ。

 だから……してやる。


「皆殺しにしてやる‼ お前らを、全員!」


 吸った息を背中から噴射し、俺は怪人へと攻撃を仕掛け……三度みたび空中で見えない壁、バリアーと激突し俺の体が固定される。


「フハハ、やはり悪役のボスはそう来なくては攻略しがいがあるというものよ! 我が名はアスラ。第四帝国総統陛下直属武装親衛隊特殊兵『』のアスラである!」

 

その時まであと、519秒。

太陽は沈みつつあった。

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