133:51.03――第1の矢、制圧射撃

 銃撃、銃撃、爆発音、爆発音、悲鳴、悲鳴、悲鳴!


 信号弾ビーコンが掲げられてから、はや20分。二条城跡は敵入り乱れる戦場と化していた。

 今まで一体どこにいたのかというほどの、械人かいじんの群れ。その数は既に千を超えていた。

 狙う相手は、ただ一人。神国しんこく械国かいこくの内戦末期に突如現れた、忌むべき、グンソー・ヒロシである。


「お前ら、一斉にかかれ!」

「いくら奴が強いからといって、この人数を一度に捌けるわけがない!」


 1人を多数で囲み、一斉に棒で殴る近接攻撃。古来よりある戦術の1つで、シンプルに勝ちやすい。しかし、何事にも例外はあるものだ。


 械人かいじん達の得物が目標ヒロシに到達する寸前、彼の肉体に異変が起こる。2本……いや、いまやもある腕から、何かが生えてきた!

 それは細く薄いピンク色で、不気味にも少し脈打ってる様にも見えるだ。空中でしなりながら先端部分が硬くなり、光沢を帯びる。刀のように。

 それを勢いよく全方位に振り回すヒロシ。紐自体にも意志があるようで群がる械人かいじんに自分から向かい、先端部の刀で切り刻む。


 五体を切断され、上がる悲鳴、断末魔! まだ脳が、神経が生きている械国かいこく械人かいじんにとって痛みはまだ身近なものであるためだ。


 この紐の正体は、なんと血管である。ヒロシは体内の血管を外側へ急速成長、収束させ疑似的な触手としたのだ。

 これに棘皮動物……例えばウニなど、が持つキャッチ結合組織の原理を用いて触手の硬さを自在に調節している。先端の刃はこの結合組織から放出される高濃度のニッケルイオン、クロムイオンにより瞬時にはがねと化したものだ。

 この反応は可逆的かぎゃくてき……要はいつでも元に戻せる。なので敵を切り刻む時以外はある程度の硬度を保ちつつ動き、敵に絡みついた途端、刃となるのだ。


 彼の強さはこのような工夫だけではない。現在のヒロシの肉体は様々な動物の特性を取り入れ、強化されている。

 例えば大地を素早く駆け、跳躍する脚。足元は一個の強靭なひづめとなり、その筋力は飛蝗バッタのソレへと変化。

 腕の筋肉は自重の100倍は持ち上げるアリと同じ構造となり、少し振るうだけでウェスト100センチ未満のをへし折る。

 全身は極めて強固なキチン質とその内側に衝撃を分散させるダイラタント流体で構成されるある種の複合装甲となっている。

 近接攻撃にはキチン質が、それを貫通させる小口径の銃弾にはダイラタント流体が、それぞれ対応し防御力は高い。


 ゲーム的な表現で言えば「基礎スペックの差」で圧倒しているのだ。かくして近接攻撃組はことごとく倒され、残骸となった。



「だが……それも予想済みだ! 同胞たちの命がけによるデータ収取でな! 軽射撃部隊、前へ!」


 新たに登場した部隊の大隊長が指令を下し、前進する械人かいじん達。その手には様々な種類の自動小銃アサルトライフルが。


「まずはダーゲットヒロシを制圧する! 味方ごとで構わん、撃ち方始め!」


 全てはとなるため。非情な命令が今、下される。


 鳴り響く銃声! 空間に無数の赤い線が出現、ただ1人に向け、同胞を巻き添えにしながら鉄の雨を降らす。

 だが、ヒロシは止まらない。この時の彼は、目があった。本来の目とは別に、すぐ下にもう一対の目が。こちらは複眼である。

 本来の目、即ち単眼が戦場全体を見渡し、新しい目である複眼が飛んでくる射線ひとつひとつを識別。最適な回避方法、最適な弾き方を瞬時に判断。4つ腕と無数の触手でもって迎撃する。

 とても人間を撃っているとは思えない金属音が木霊する。弾けない射撃は、予測される命中箇所を銃撃に対して斜めに構えることで銃弾を滑らせ、逸らすことで無効化する。

 戦車の装甲に見られる避弾経始ひだんけいしと呼ばれる考え方が元となっている防御方法だ。


 こうして有効打を与えられぬまま、次々と弾切れを起こす軽射撃部隊。ヒロシはそのスキを見逃さず、爪弾そうだんで銃撃。強制ログアウトさせていく。


「残念だが……これもまだ、想定内なのだよ」

「各部隊、配置につきました! ダーゲットの完全包囲に成功です!」

「よし。グンソー・ヒロシよ。この弾幕に、耐えられるかな? 重機関銃部隊、射撃開始!」


 まるで芝刈り機を一斉に起動させたような野太い音が二条城跡に響く。自動小銃アサルトライフルとは比較にならない十字砲火による濃密な弾幕がヒロシを襲う!


「!!」


 ヒロシは全身を装甲で覆うような形で背中を丸める。明らかな防御態勢だ。更に尾骨より一本の尾を新たに生やし、地面に突き刺す。まるで三脚のように己を大地へと固定させ、銃撃を耐え忍ぼうとする。


 先とは全く違う防御スタイルである。なぜか。それは機関銃の攻撃力の高さにある。械人かいじんらが使用しているのは、ブローニングM2重機関銃やH&K GMW、AGS-30などの、一発でも人体に命中すれば半身を粉々にすることができる銃ばかり。

 そんなのが、計50門は己に向いているのだ。その連射力、破壊力は凄まじく、防御態勢をとったヒロシは一歩も動けない。

 敵に対する威嚇や足止めを目的とする攻撃を制圧射撃といい、その状態になった敵を制圧されている、という。今のヒロシが正にその状態であった。


「よし、今だ! 質量攻撃バリスタ部隊、射撃開始!」

 

 重機関銃部隊の更に外周に布陣する8機のバリスタから一斉にボルトが撃たれる。ボルトは薄さ2ミリ、直径30センチにもなる円状である。円盤ディスクと言った方がいいかもしれない。

 それが次々とヒロシの体に突き刺さる。それは5発目か、6発目か。ヒロシのに深々と埋まり、勢いそのまま貫通。それを切り落とす。

 それを皮切りとして次々と腕が切断され、ついには胴体と2本の脚のみとなった。彼の目は既に全て閉ざされていた。


「いいぞ、もっとだ、もっと鉄量を、重量を浴びせてやれ! 奴の体を粉砕し、確実に殺すのだ! はもうすぐだぞ!」


 部下を鼓舞する大隊長。配下の械人かいじんらも喜びの声を上げ、ダメ押しと言わんばかりに容赦なく攻撃を続行する。

 長年に夢が叶う時だ。容赦はいらない。そもそも、これはゲームだ。ボスキャラに手加減など、必要ないだろう?


 そして――浴びせられた銃弾の数が10万を突破した頃。

 遂にヒロシの体が音を立てて崩れ落ち、が飛び散った。


「やった……のか?」

「流石にあれで生きてるわけないだろ」

「だよな。……やったぞ、俺達はやったんだ!」

「ようやくになれる!」


 期せずして「万歳!」の三唱が湧き上がる。彼らも元々は日本人であるということか。

 大隊長も幾分かホッとした様子である。次いでその表情は誇らしげなものに変化した。突如発生した「超高難易度エクストラハードクエストをによってクリアする」という主命を果たす、そのきっかけを作ったのだから当然といえよう。


「さて……ここは格好いい演説をぶちかますとするか」


 大隊長はそう呟きながら、己のHUDにスコア・ボードを表示させる。振り込まれたKPを見て、悦に浸ろうというわけだ。実際、そこには100億もの膨大なKPが……


「な、何!?」


 彼は慌ててボード内の情報を隈なく探すが……やはり、ない。出ないはずの冷や汗を感じながら、己の予感が外れていますように……と念じながらクエスト情報を開くと。


〉標的:グンソー・ヒロシ

 状態:未討伐


 の文字が。まさか。そんなバカな……あの状態で、奴はまだ、生きt――




 


 彼の思考はそこで途切れた。

 中断された思考が永遠に再開されることはなかった。



 彼らは見た。


 統率力に優れる己の大隊長が、下から上へと続く刃によって真っ二つになり、外側に開く形で倒れたのを。


 その下、地面よりさっき殺したはずのターゲット、グンソー・ヒロシが這い出てきた所を。


 体はどこで調達したのか、金属を纏い鈍色に輝き、4つの眼光は怒りに染まった黒々とした深淵を覗かせ、口からは高圧蒸気が漏れだす。


 口が開いた。中は犬歯がびっしりと。まるで悪魔のようだ――悪魔が膨大な音圧を伴いながら叫び声を上げ、同時に地面を叩く!


 すると信じられない事に無数の亀裂が放射線状に広がり、大地が乱雑に盛り上がる。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

「しね、死ねこの悪魔がぁ!」


 恐慌状態になり、狂ったように射撃する械人かいじん達。だが、その射撃の足並みは地形が変化したこともあり、かつ統率者も居ないので、乱れに乱れた。


 それを見逃すヒロシではない。恐ろしい速さで突撃を敢行するヒロシ。既に何度も見られた虐殺が、また始まった。


 制圧射撃というのは「短時間で」「大量の鉄量火力を」「正確に目標へと向け」叩きつける必要がある。

 単なる鉄量火力のみの盲射もうしゃで、制圧効果を得ようとするのは、夢のまた夢。


 だが、どんな状況でもまぐれというモノは存在する。偶々バリスタから発射されたボルトがヒロシの頸部に命中。その首を切り落とす。バウンドし、コロコロと転がる生物の司令塔。


「や、やったぞ! 今度こそ奴を殺し――何だと!?」

 

 ヒロシは止まらない。首がない状態にも関わらず、その動きに変化は――。それまでの戦い方が圧倒的なスペックにものを言わせて強引に押し切る、というように表現するならば。首が落ちた後の戦い方は最低限の動作で動く、洗練されたものに変わっていた。


 それまでであれば適当に殴り倒していたものが、的確に構造上の弱点を狙うものに変化する。例えば関節部を破壊し、動けなくした上でトドメを刺す。と言うような感じに。

 移動時も被弾上等! というような乱暴なスタイルから遮蔽に隠れる、まだ生きている味方を盾にする、といったものに変化。


 わかりやすく言えば人間らしい効率的な戦い方となったのだ。

 その結果、時間はかかったが械人かいじん達は皆ログアウトしたのだった。




 同時刻。日本列島、瀬戸内海の播磨灘はりまなだ


黒船

「やはり第1の矢ではダメであったか」


白船

「ですが色々とデータは取りました」


黒船

「うむ。失敗を恐れてはならぬ。様々な方法をチャレンジし、ボスを倒すことこそゲームの醍醐味よ」


白船

「では、早速第2の矢を放ちましょう。織田より送られたKPは……1,575,629か。どの矢じりにしましょうか」


黒船

「この兵器にしよう。約350年前1945年にに投入された兵器だ。名前もいい。きっとよく映えるだろう」


白船

「異議なし。では、これよりB36『ピースメーカー』のを開始する。兵装は?」


黒船

「M10 20連装 112 ミリロケットランチャー×5、そして万が一の保険として胴体内部にR-36核ミサイルの弾頭部分を搭載しよう」


白船

「永久封印施設 ヴォーロス基地ベースからの発掘品か。了承した。作業開始」



 このような通信がなされた後、黒船・白船の唯一の上部構造物であるピラミッド状の物体が輝きと共に変形し始めた!



 その時まであと、87:40.26。

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