161:13.23――遅すぎた勇者の帰還

 俺は歩く。周囲を目で、感覚毛かんかくもうで探しながら。けれども。見つからない。ティマの姿、気配は、どこにもなかった。


「クソ……一体どこにいるんだ、ティマは」


 神国に行かなければならないという衝動とはまた別の、もっと燻り、焦がすような衝動が俺を襲う。

 ともかく、俺は京都タワー跡を探索するが、何も見つからない。


 一周したので、次にタワー内部へと進む。かつては食料配給所であった所だ。あの時は入るたび、嫌な視線を喰らっていたが。


 入ると、視線はどこにもなかった。代わりに出迎えるは微かな臭気。そして目に映るは、視線の主たちが折り重なったもの。

 皆、背後から撃たれたのであろう。どれもこれも背中を晒していた。数は……100を越えた辺りで数えるのを辞める。

 本来であれば、スカベンジャーとも呼ばれる腐肉食動物らが蔓延るはずの光景だが、そんな生物共は、この地ではとうに絶滅した。

 人だったモノは、ただゆっくりと静かに臭いと共に朽ち果てるのみ。


 更に探索するべく2階に上がると、更に強烈な臭いが立ち込める。その理由はすぐにわかった。

 意図的に流血させて、殺した跡がそこら中にあった。床はドス黒い赤で染まり、時折白、黄、ピンク、紫、もしくはそれらが混ざり合った色合いの塊が散乱している。

 ぺちゃり、ぐちゃり、と不快な足音が無人の階層に木霊する。


 もし、もしこの場にティマがいると考えたら……叫び声を上げ、全身を掻きむしりたい衝動が襲う! 居ても立っても居られない! 急いで見つけないと!


 俺は足取りを早める。そして、見つけてしまったのだ。


 奥にある小部屋。その扉を開けると目の前には酸鼻極まる光景があった。


 適当な椅子に鋼鉄製ワイヤーで雁字搦めに拘束されたその男性はのっぺらぼうであった。いや、のっぺらぼうというべきか。

 彼の顔は無数の孔があった。本来なら様々なパーツがはめ込まれていたはずだ。

 下を見れば、無数のパーツがぞんざいに捨てられていた。

 つまり、こんな名前のパーツだ。

 毛髪、眼球、瞼、視神経、耳、鼻、上唇、下唇、切歯、犬歯、臼歯、舌。


 もはや、誰だかわからない。わかりたくもない。けれども、その小太りの体格で誰だかわかってしまった。

 俺は、間に合わなかったのだ。致命的に。


 せめてもの罪滅ぼしにと、ワイヤーを引きちぎり、パーツを出来る限り一か所に集め、広い、腕をもう2本肩甲骨辺りより生やし、彼の遺体をそっと持ち上げる。


 外に出て、少し北に進むと寺……の跡が見えてくる。旧時代には「東本願寺」と呼ばれていたようだ。

 適当な所に穴を掘り、友人を埋葬する。どうしてか涙は出ない。穴を埋め、寺に散らばる墓石の中から何も彫られていないものを選び、そっと乗せた。


 もう行かなければ。ティマを、義姉さん七癒を、桜宮様を。他の生存者を探さないと。


「さようなら。今までの食料、ありがとうございました。……博士はくとさん、どうか安らかに」





 博士はくとの能力は、「圧縮保存」。

 生存に必要な栄養素を圧縮し、己の体に蓄えることが出来る。

 神国で飢餓が起きた時、彼は己の肉体を細分化し、民に分け与えた。ヒロシが神国で暮らしていた時に食べた唯一の生肉は、とても、なまあたたかい。とてもお世話になった、友人である。





 翡紅フェイホンが立てた計画はこんな感じだ。

 まず、俺とティマが『転送』を用いて神国へ飛ぶ。次に2人はなるべく多くの生存者を見つけ出し、比叡山中腹の転送装置ワープゲートの元へ連れていく。そして翠玉の転送装置ワープゲートの修理が完了次第直ちに装置を起動させ、回収する。


 そして、神国人にとって比叡山中腹に転送装置ワープゲートがあることは常識だったはず。なので、仮に生き残っている人がいれば皆そちらへと向かうだろう。

 俺は北上することにした。いくら素早く動けるといっても、京都全域を探し回るのは時間のロスが激しい。多分ティマも同じ判断をするだろう。仮にそうであれば、どこかの地点で再会する可能性もある。

 今はそこに賭けるしかない。

 俺は北上を開始した。



 感覚毛かんかくもうの捜索範囲は200メートル程。辺りを捜索しながら進むと北西側、二条城跡に100を超える反応が! 急いでそちらへと向かう。



 そこには1万を越える人、の死体と。

 手を下したのであろう械人かいじんの軍勢がいた。およそ500体程の、一個中隊といったところか。

 どうも何かを演説しているようだな。瓦礫の内側に身を潜め、聞き耳を立てる。


「諸君! 君たちの活躍によりこの辺りの家畜敵対NPCは一掃された! 信長様によると、家畜敵対NPCのキル数は現時点で9万8千を突破したとのことだ!」

「おおっ!」


 どよめきが上がる。なんていうクソ見てぇな光景だ。


「そのおかげで諸君のKPも相当に溜まったであろう! そして更によい知らせがある! さる筋の情報からここ京都にグンソー・ヒロシが帰ってきたとのことだ!」


 グンソー・ヒロシって……俺のことか? ちとひどすぎるネーミングセンスだと思うんだが。


「これは信長様が考案した超高難易度エクストラハードクエストをによってクリアするという計画が達成されつつあることを示している! さぁ諸君、多くの同胞をログアウトさせてきた奴を討伐し、100億KPを山分けし、共にを果たそうではないか! ……諸君らももう察したことだろう。3日前に無理して神国を奇襲し、滅ぼしたのは、わざと一部の家畜敵対NPC翠玉すいぎょくへと逃したのも、全てこの為なのだ!」


 は? 今何て言った? 落ち着け、考えをまとめよう。アイツの言うことが正しければ神国を攻撃し多数の民を殺害したことも、こよみさんを逃がしたのも、全部だったのか? たったそれだけのために?


 静かに、だが確実に怒りの炎が吹き荒れる。

 ……もう、いいよな?


 敵集団を殲滅するときは、まずは司令から。俺は中隊長と思わしき械人かいじんへと指先を向け、を発射した。



 弾丸を構成する物質は、人体で最も硬い物質であるエナメル質。その外側は薄いタングステンでカバーされていた。タングステンの元は過去に喰らった械人かいじんから。

 発射する際の燃料は、過酸化水素とハイドロキノンを反応させ生成される水蒸気とベンゾキノン。

 指弾しだんならぬ爪弾そうだんである。



 械人かいじん達は恐慌状態に陥った。

 突然隊長が狙撃そげきされ、ログアウトしたと思ったら、真後ろからをくらったからだ。

 機関銃のくせに照準は恐ろしいほど正確で、一発につき1プレイヤーがログアウトしてく。頭部の真ん中に、一発。それは貫通し、正確に脳に到達、内部を撹拌し、確実に破壊する。


 血とオイルの飛沫をあげて次々と倒れる械人かいじん達。その光景はかつてアダンが見た「兵士に向かって手を向ける。すると兵士達は次々と(中略)バタバタと倒れていく」という光景と同じもの。


 それはまごうごとなき虐殺。

 械人かいじん500体がログアウト全滅するまで、かかった時間は僅か1分。


 速いと思うだろう。実際、速い。だが、1分=60秒というのは、「一瞬コンマ1秒」ではない。何が言いたいかというと。

 通報する、という行為をするのに1分は長過ぎである。


 俺が最後の1体を倒すそのほんの少し前、そいつの体から何かが発射された。一気に、垂直に。上空に達したそれは爆音と共に炸裂し、光を放つ!


「信号弾ってやつか?」


 同時に倒した械人かいじんが装備する無線機ボイスチャットが一斉にがなりたてる。


「報告! 最重要ターゲット『グンソー・ヒロシ』が京都、二条城跡に出現! 最寄りの部隊は直ちに急行、ターゲットを討伐せよ! 繰り返す、報告! 最重要ターゲット……」


 これは、バレちまったっていうやつか? ……構わねぇよ、来いよ外道共。俺が残さず殲滅してやる!


 怒りの咆哮を上げたヒロシ。その膨大な音圧は付近の瓦礫をなぎ倒し、地面には大量の亀裂が入り、械人かいじんの残骸を激しく揺さぶった。

 彼は、怒りの炎に飲まれようとしていた。本来の目的を忘れて。




 同時刻。日本列島、瀬戸内海の播磨灘はりまなだ


 この地にて高天原たかまがはらを捜索していた第四帝国海軍に所属する黒船・白船も無線機ボイスチャットからのメッセージを受信していた。


 かつて神国の黒田大臣は「こん」作戦を実行した根拠をこう説明していた。「――理由は不明ですが敵にとっての最大火力を提供する黒船・白船が三河湾、伊勢湾に停泊していなかったことが――」

 これはある意味正しく、同時に間違っていたのだ。確かにこの時三河湾、伊勢湾に黒船・白船は存在せず。最初から京都から見て反対側の、瀬戸内海に潜伏していたのである!


 そして、神国に災いをもたらした彼らもまた、遂に動き出す。


黒船

「時は来たれり」


白船

「これよりヒロシ殺しの作戦、『三矢の訓みつやのおしえ』を発動する!」

 


 その時まであと、133:51.03。





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