その時、より約1か月後。動き出す猛者の国 

あらゆるものに非の打ち所がないと悟ったとき、そなたは喉をそらし、天を見上げて呵々と笑うことであろう

 ── ゴータマ・ブッダ









 西暦2299年 12月2日


 中央大藩国 メディア州 州都タブリーズ近郊にて


 ズゴゴゴゴゴゴ…………

 ズシン、ズシン、ズシン、ズシン、ズシン…………


 聞こえ、感じ、五臓六腑が、魂が、震える。


 そんな凄まじい音源が辺り一帯の大地を移動していた。これまでの人類が経験したことが無いような桁違いの振動音。そして横揺れ。

 例えるなら震度5クラスの地震が常に生じているようで、安眠はおろか直立不動まともに立つことさえ難しいだろう。この地では。


 一体何が動いて、歩みを進めているのか?

 やがてその影が露わになり始める。


 鋼鉄の巨魁ギガスであった。

 数はおよそ500。

 それぞれ100人ずつでケントゥリア百人隊となり、上から見ると楔のような陣形を取って進む。ちょうど下図のような感じだ。

           

              隊

            隊   隊

           隊     隊



 巨魁ギガスの姿は人と同じく直立二足歩行の、全長10~15mの様々な形状の兜を持つ、まるで宇宙空間で戦う有人操縦式の人型機動兵器のよう。

 その手にはビームソードやライフルではなくその巨体に見合う長さの無骨な剣や槍、大盾を装備している。それらの規格は全て統一されており、古代に存在したエリート軍団「不死隊」を彷彿とさせた。

 彼らは互いに目配せ、声を上げ、先頭の旗手が奏でる楽器を合図とし規則正しく行軍する。……そう。彼らには温かい血が流れている兵士なのだ。決して兵器ではなく。

 彼らの種族名は巨魁人ギガスという。



 だが音源は彼らではなく。

 その後ろから、のっそりと現れたこそ、音源であった。

 



 巨大は、長方形の鉄塊。身近なもので例えるならティッシュペーパーの箱が該当するだろうか。もちろん、サイズはケタ外れだ。

 全長1000m、全幅400m、全高100m。推定質量は、厖大ぼうだい。そんな巨大が大地を闊歩する。のっそりと……ではなく時速15キロという質量の割には異常な速さで。

 巨大の名前は2-я Уральская мобильная крепость "Сварог"、『第2ウラル機動要塞 "スヴァローグ"』という。





 更に機動要塞スヴァローグの上空には電気石グループに所属する重浮魔石じゅうふませきを用いて浮力を得ている「ベールシャメン」型空中空母とその両翼に群がる影が2種類。

 一つはダブルデルタ翼を持つマルチロール機「テジャスⅨ」。

 もう一つは……多種多様な装飾をつけて飛行する飛龍ワイバーンの群れであった。飛龍ワイバーンには鞍が備えられており、その上には二人組となった様々な種族が騎乗していた。






 その機動要塞スヴァローグの艦橋、司令室にて。

 そこには慌ただしく動き回る多くの人影と、不健康目に悪そうな光を放つ無数のモニター群があった。その光景を見下ろしながら2つの影が会話している。

 片方は女性、もう片方はオスの声だ。


「Ti'kta技術主任、動力の調子はどう?」

「もんだいない、もんだい、ない。Mミノフ力場は、重浮魔石じゅうふませきのおかげで、ぶじ、ぶじに、うごいてる」

「そ。による第Ⅵ型レーザー核融合炉のおかげね」

「そう、そう、ほんとうにそう!」


 女性の見た目は一言でいうと降臨した女神のよう。キズ1つなき真っ白な、きめ細かき肌。神が設計したとしか思えない、完璧な比率の顔。引き締まった、170センチと高めかつ細身の体。多少スレンダーではあるが誰が気にするものか。体に密着した黒を基調とした軍服が肉体美をより強調させる。

 何よりも腰ほどまで伸ばした黄金色の長髪が眩しい。LEDライトの光を反射し、より一層神々しく輝く。まともに直視できる男など果たしているのだろうか。

 そんな彼女には際立って目立つ身体的特徴が1つ。

 長く外側に張り出した、耳。

 旧時代に存在した某極東の島国はこれをというそうな。

 彼女の名はEyCharlesェャシャルレズ。種族名は長耳妖精エルフであった。

 

 もう片方の男性……いや、というべきか。婉曲な表現を使わずにオスのことを書き表せば「二足歩行の人間大トカゲ」となるからだ。

 人似鳥祖竜アンセス・サウルスという種族であるオス毛が生えてないハゲている赤、黄、青と見る者を混乱させそうな鱗を持っていた。ぎょろりとした縦の瞳孔を持つ目は直径10センチはあるだろう。

 オスの身体は常に前屈みになっているため身長は低く見える。仮に目一杯伸ばしたとしても140センチほどだろうか。

 ともかく、長い舌を出し入れしながらTi'ktaはEyCharlesェャシャルレズと会話を続ける。


「にしてもこのデカブツ、最初はもっと大きかったんでしょう? どのくらいだっけ」

「たて8000メートルはっせんめーとる、はば2000メートルにっせんめーとる、たかさ……わすれた、わすれた。ごめ、ごめん」

「だいたいでいいわ。全く、よくそんなものを造ったわよねヒトじんは」

「むだ、おおすぎ、おおすぎ。ぼくがちっちゃくせっけいしたけど、まだ、むだおおい、とてもおおい」

「そうよねー。でもちゃんと動かせるようにするとは流石私の自慢の旦那ね!」

「ありがと、ありがと。ぼくもきみ、あいしてる、あいしてる」


 その言葉にTi'ktaは。これは彼らにとって嬉しさとかお辞儀等に相当するジェスチャーだ。 

 なお、彼らは夫婦の間柄である。


「さてと。休憩は終わりにして勝利の為に"ハーヤーリム第一中央軍団"の運行計画をつくんなきゃ。Ti'ktaはどうすんの?」

「ぼく、炉のちょうし、みてくる、みてくる。しょうりの、しょうりのために」

「そ。多分心配しなくていいと思うけど、放射線に気を付けてね」


 その言葉に、退出するTi'kta。彼らにとって了承をする、に相当するジェスチャーだ。


「ここタブリーズから目的地のサマルカンドまでの道のりは、タブリーズ、テヘラン、アシガバート、マリ、ブハラ、サマルカンドとなるから距離は……ざっと2000キロね。そして4月から5月にかけて発生するであろう混沌の颱風ケイオス・ハリケーンに間に合わせるためには……」


 カタカタとキーボードを叩く音とEyCharlesェャシャルレズの独り言が司令室に響く。と、彼女の手が急に止まる。


「そういえば今年はほとんど異形共の来襲はなかったのよね……どうしてかしら」


 EyCharlesェャシャルレズは首を傾げた。











同時刻

 中央大藩国、首都ギガポリス「クテシフォン」、諸王の王シャーハン・シャーの宮殿にて


 部屋には3人の男がいた。


 一人は身長2mにもなる大柄、筋肉質な黒人だ。その眼差しはタカのように鋭く、精悍な顔つきをしている。本来であれば人によっては醜さともとれる完全なる脱毛症も、彼に関して言えば逆に魅力としても映る。

 彼の名はバラク・マンデラ。中央大藩国軍全てのトップ、国家元帥の地位にあり、その序列は9位だ。


 もう一人はマンデラと対照的に非常に小柄だ。身長はせいぜい1mと30cm程だろう。しかしその肉体はマンデラ以上の筋肉で覆われている。肉体の縦と横が同じサイズなのではないか? と錯覚してしまうほどに。

 もう一つ特徴的なのはその長い、長い複雑な形で結わえてあるあごひげ。今にも地面につきそうだ。

 彼の名は雷の部族族長ルアバの息子、トールンという樽小人ドワーフである。


 最後に部屋の床より一段高い場所にある黄金の玉座に座る男がいた。堀が深く無数のしわが刻まれた物憂げな表情を浮かべている。全てを見通すような瞳と相まって厳かな威厳が感じられた。彼こそこの人類最強の国家である中央大藩国の大王、キュロス3世である。この終末世界で底辺から栄光まで、その全てを経験してきた男だ。



「つまり、人造神が完成するまで最低でも4年はかかるということだな?」

「その通りでごぜぇます大王殿」


 続けてトールンが言う。


「これでも大分短くなったんですぜ。魔の王の国ガネニ・ネグス・ハゲリから亡命してきたA・P・ウェルズ博士のおかげでさぁ」

「うむ。して、博士の様子はどうだ?」

「そうですな、ウェルズの旦那大分祖国に対して怒っていやしたね。なんでも愛するかわいい孫娘ティマドクネスが非常に危険な情報子治療を白人だから意志が弱いって理由で無理やり受けさせられたそうで」

「そうか」

「わかっていたこととはいえ、改めて話を聞くと……むごいことをするものだ。彼の国も」


 マンデラがぽつりと呟いた。


「博士は序列を5位に上げたことについて何か言っていたか?」

「そりゃあ、もう。喜んでいましたぜ。『あの老害共の下にいた時と違って潤沢に物資、予算を使えるぞ!!』って。あ、序列を6位に下げられたTi'ktaについては心配いりませんぜ。あやつはそんな些細なこと気にしませんから。御前会議の付き人として、保証しやす」

「そうか」






 一連の報告が終わり2人を退出させた後、大王は長考に入る。誰にも邪魔されず、同時に誰にも理解できない・されない時間ともいえよう。

 傍に控えるは、目を隠した1人のメイドのみ。


「ふん……『彼の国』か。マンデラの奴、中々ことを言うじゃないか。そうだとも、我らとてやってることは大して変わらぬからな」


 『プロジェクト・メモリア』。忌むべきあの組織。翠玉の姫君。いくつもの単語が大王の頭に浮かぶ。どれも人の道を外れた行為をすることになるだろう。


「もう時間がないのだ、我らには。どう長く見積もってもあと5年。それがタイムミリットだ。だが、極彩衣の王Haxszthulrは悠長に待ってはくれないだろう。だから、手段は選ばぬ。全ては勝利の為に」


 大王は端末にある写真を表示させる。衛星軌道上から極限まで拡大した状態で撮られたその写真には、ある生物邪神が写っていた。上を見上げているソレは、まるでこちらを覗き込んでいるようにも見える。

 じっ……とソレと目を合わせ、睨みつける大王。


 そこへ一件の通知が。メールアドレスにはbuma&nijar@.kakiyomu.comとあった。メール本文は、たった一言で。


『心臓を確保した』


 内容を確認し終えるとメールを序列4位の「王の頭脳」、パラケルススの元へ転送する。聡明な彼女であれば適切に対処してくれるだろう。


 これで前の心残りは、あと1つ。







 30分後。

 大王はとある人物を呼び出した。


 目の前には恭しくかしずく1人の女性がいた。灰から白へと変化グラデーションする特徴的な髪色が目を引く。どことなくキツめの印象を与える顔立ちだが、蒼色の瞳には確かなやさしさがあった。


「面を上げよ、شفاءالرابعةアルビィヤト・シーファ

「はい、大王様」

「時間がない故、単刀直入となるが。お前を息子の付き人に任命したい」

「! だ、大王様、それは制度上不可能では」

「ほう、なぜか?」

「それは、付き人を持てるのはこの国の主たる大王様か、序列入りした御方だけですから……」

شفاءالرシーファよ、その通りだ。だがその懸念は心配いらぬ。なぜなら――」


 その後の言葉に驚くشفاءالرシーファ。そして5分程の会話の後、彼女は近い将来に王子ヤズデギルドの付き人となることを了承するのだった。


 まだ赤面した時の名残を残しながら退出するشفاءالرシーファを見届ける大王。もう、心残りはない。最後の責務を、果たすときだ。

 ずっと微動だにせずに控えるメイドに問いかける。


「ラルヴァンダード 、不死たる王の守護者イモータルズの準備は出来ているか?」

「はい。既に完了しております」

「そうか」


 王は立ち上がり、壁に掛けられた己の得物を手に取る。


「では、散歩に行こうか」


              その時、より約1か月後。動き出す猛者の国 END

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