METAMORPHOSIS
2301年7月16日。
主要第6番ノード『トランサルピーナ=マルセイユ』郊外
カランク国立公園跡にて。
びゅうびゅうと風が吹く。
大自然の名残と僅かな人工物の残滓を撫で去り、風たちはプロヴァンス地方の地中海沿岸に見られる特徴的な地形、切り立った岩に囲まれた入江――すなわちカランクにたどり着く。
2012年に類まれな自然遺産として認められたこの
さて、この日。風車は一時停止を余儀なくされた。
異物があったからだ。
それらが醸し出す空気が、澱みとなり異物と成り、それ故に。
その正体は――殺気。
「あの、それよりも取り敢えずさ、アタシの顔を挟むの辞めてもらっていい? 折角の造形がぶちゃいくになっちゃっているから、さ」
「もちろん――
ひょい、と持ち上げられる。生首をのぞき込む純粋な双眸にはある欲望であふれていた。
「いただきます‼」
飽くことのなき食欲である。
こうして生首のうち1/3ほどが削り取られた。その断面は奇妙な繊維質で構成された単一の平面。皮も皮下脂肪も神経も筋肉も骨もないそれは見る限り、とてもヒトのものとは思えなかった。
「美味しく食べるのはいいんですけどね、どうせならレモン汁絞って欲しいです。旨さが引き立ちますよ?」
自分が食べられているにも関わらずその姿勢にダメ出しをするという奇妙な感性を生首――ハルスネィ・リーパーは持っていた。
「ふぉうぬわの、しゃあ、こう!! ヴオォェエ――」
「ちょっ」
哀れ、生首は元サイズの1/4……口元しか残らず。新たに削り取られた菌片はJOCASTA。が反芻した保護用ゲルをクリーム代わりに塗りたくられ、鋼鉄の胃袋に自由落下を果たした。
「ゲロかけるとか、マジで食を愛する人に対する冒涜ですよ!」
「だって汁をどうとか言ったじゃん」
口だけの存在が抗議する様は都市伝説上の怪異のよう。
「んーよく味とかわからないけど……滑りがよくなったしまあいいよね」
そう言いながら
びゅう。
風が吹いた。
比喩の風である。
一閃。
音もなく、気配もなく。
「ぎっ、ギャァアアああああ⁉」
「うう……痛いよぉ……痛いよぉ……うう……手がぁ……脚がぁ……」
「
駆け寄る
そんな彼女らに彼は言った。
「いやーどう考えてもウン百回も殺された上に口だけ妖怪になった部下の方が痛いね、間違いない」
「せ、先輩……! って妖怪呼ばりは酷くありません?」
「あれっ」
風が凪へと変わり、
人類最強と最弱を兼ねる男、【命の審判者】または『王の刃』。ガイアン・アブスパールがそこにいた。
最強の服装は黒のジーパン、赤のストライプが入った白のパーカー。黒のウエストポーチ、白のスニーカー。そこらへんに転がっていそうな。雑踏に紛れていても何の違和感もない。
実際、今し方魅せた実力の割には何も感じさせないのだ。そこらへんの警備員の方がはるかに圧があるだろう。
故にWHITE-COLLAR。たちは最大限の警戒をもっ
「ふーん。ハルスネィが一度にこんなに死んだのは俺と手合わせをして以来じゃない?」
「うっ……その節はナマ言ってすみませんでしたぁ。あと面目ないですーここら辺の
「あーいいって気にすんな。また繁殖すればいいだけだし。…………もう保つのつらいだろ。休んでな」
「ではぁおことばにあまえますー次代によろしくぅおねが……」
すべて言い終わる前に口だけの存在が崩れ去った。白っぽい埃が風と共に流されていった。
同時に周囲に転がる無数のハルスネィたちも同じようにして消えていく。
更に同じタイミングで苦しそうなうめき声をあげながら
「ふう。じゃあ早速
〖CANCELLATION! BUFF!〗
〖DOWN! LEVEL・MINIMUM!〗
ハルスネィはいい
んんー? と彼女らを見つめるガイアン。
「……ふーん。ここには5体いるのか。そこに――呼吐盾!」
勢いよく息を限界まで吐き出すガイアン。直後、付近の地面が爆ぜ彼の身に迫る衝砲撃! それは彼が吐き出した息と正面衝突し凄まじい爆音が響き渡った。
「(・д・)チッ、防がれた」
振動する空気の中、一人のWHITE-COLLAR。が地面から這い出る。その両手は歪な変形をしていた。細い体も歪な甲殻に覆われ、水が滴る。
「それで隠れたつもりだったのか。ほーん、
「
「(ꐦ°д°)イライラ、次は外さない」
指先をこすりながらガイアンのほうに両手を向ける。
「そうかい。せいぜい頑張るんだな。ん、奥から出てきたのは
「
「「…………」」
次いで
巨大な虫に似たチューブが空中をのたうつという耐性がない人が見れば卒倒しそうな光景は3分ほどで終わった。
「へぇ。ある程度は元ネタの生態を辿るのか……面白いな実に興味深い」
「やったぁこれで完全に復活!! 元通り!!
おいお前のこと知ってるぞ。なんで昔と姿形変わっていないんだよ本当に真っ当な生物か?」
「昔? 何言っているんだお前らみたいな知り合いなんて旧じ…………ああ」
ガイアンの口角が限界まで上がる。
そしてポーチから何かを取り出した。
それは小さな球で、上部から映像が映し出される。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
断章:2298年10月21日
その姿がゆっくりと消えていく。右半身から左半身へと。何だ、ありゃぁ⁉ 俺の量子頭脳に旧時代に生息していたという「カメレオン」なる生物の姿が思い浮かんだ。
よりにもよって光学迷彩かよ! それが奴の能力なのか?
ともかく、より一層警戒をしなくては。そこで俺は気づく。辺り一帯を細長く、薄い紙片のようなものが舞っていることに。
試しに1つ取ってみる。薄くて黒いな。見た目通り重量が非常に軽いので俺の鋼鉄製の手のひらからユラユラと離れていく。まて。今レーダーがこの紙片に反応したぞ⁉
スキャン画面にはぼんやりと真っ白な小さな点となって表示された。
それを確認した瞬間、脳裏に閃く。
これはチャフ(電波を反射する物体を空中に撒布することでレーダーによる探知を妨害するもの)だ! 信じられん。生物がチャフを使うのか⁉
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「この時だな? アダン君がヒロシ君の破片に触れた時。未覚醒のブレインが無意識の内にサンプル情報をノード・ゼロ地点『
解説は続く。
「ヒロシという人格は元となった存在が危機回避の為に生まれたように、アカシック・レコードが本能的な危機を覚えて生み出した。なるほどなぁ」
うんうんと頷き勝手に盛り上がった後、何気ない動作で刃を抜き放つ。明らかな戦闘態勢。WHITE-COLLAR。たちもガイアンを取り囲むように布陣し改めて臨戦態勢を取る。
「全くの想定外、シナリオに存在しないお前らをこのまま放置できないよなぁ? それに読者サービスとして俺の戦闘シーンを魅せるいい機会に――あっ」
「?」
「あぁ……マジか……やっべ、アレには……勝てない」
声が、体が震えている。
彼の視線の先には――――
そこから透き通っている空色の片手が生え始める。やがて黄金色の
「やぁ」
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