MUTATION

「やぁ」


 場の空気が一気に重くなる。

 それは隠喩ではなく直喩だ。

 粉々に圧壊しそうな心と体。


 無色虚空から出でるナニカ、遂に全体像を表す。

 肌は透き通る空色、所々純白のが見え隠れ。身に纏うは黄金色の長衣トガのみ、靴はなく裸足。

 体長は170センチ程。姿かたちは二足歩行。しかし、右腕のみ異様に長く、6メートルはあるそれを折り紙のような器用さで長衣トガにしまい込む。

 友好的な瞳は白目のみ。


 

 文にするとたったこれだけ。

 正直言って目の前のナニカ、以上に気味悪い連中はこれまでも大勢いて、これからもわんさかと出るだろう。


 なのに。

 それなのに。

 その異質さは言葉で言い表せぬ。

 本能は恐怖と絶望を同時に感じ取り、一切の動作を停止させる。

 今やそこにいる矮小どもは生存のための筋肉と肺、そして瞳を動かすことが精々。


「うん」


 小さな言葉にすら、全身が逆立つ。


「Ocstmmeainul-aciitnnog、の為に来たんだけど……困ったなぁ。やっぱり僕じゃ善玉と悪玉の見分けは付かないね。だからさ。アンケート、取らせ」



 ――風が舞う。

 殺意。

 刃文はもんの暴風。

 全て吸い込まれるも。





「チッ」


 手ごたえ、全くなし。

 いち早く硬直より脱したガイアンが仕掛けるも、ナニカは全くの無傷であった。


「一応コイツは骨喰ってゆう神器なんだけど……お前相手じゃなまくらだな。ならこいつで――! って駄目か」


 ポーチから小さな短刀を取り出し、振るう。短刀からは振るうたびに光波が放出され、ナニカに命中する。が、効果なし。


「はぁー、お前らを倒すのはもっともっと先の話だったのによぉ。ったく」


 ガイアンの顔には諦めが浮かんでいた。

 一方でナニカ、は今までの攻撃について何の反応もせずに顔に左手を当て、何かを考える。そうしてパッとかおをあげる時、特大の笑みがあった。


「僕がアンケートするの難しそうだなぁ。仕方ない。HPL御大遺子のけものを連れてみるか」


 呵々かかと笑いながら、無色虚空に右腕を取り出し、ゆっくりと引き抜く。そうして新しいナニカが現れた。


「……うっ!」


 矮小どもは一斉に顔を顰める。そのわけは、漂う異臭だ。無数の菌類が繁殖した末に放出する、甘ったるく不快なもの。一面に立ち込める。その主とは。


  ぼ、ぁわ%ぁ。


 ゆっくりと大地に降り立つ。風もないのにぶわり、と触毛が浮き上がる。

 この星でその姿によく似た生物を、と言われたら……いぬとかぶたとか马匹うま……が適切だろうか。

 2.6足歩行で獣は進む。妙に太ったその胴体から乱雑に生えた三脚巴トリスケリオン状の脚、先端が蹄、を歯車のように回して前進。

 肌および首は病的な群青で表面に珊瑚の如き瘤が群生している。そこから雲丹のような棘が伸び、歪に揺らめぎ伸縮する。これが触毛。

 かおは巨大。途方もなく、巨大。胴体よりもなお、大きい。


  べ、ぁわ&ぁ。


 細長く奇妙に傾く馬顔はその右側面から無数の口が増殖し緑の泡を飛ばす。左側面は無数の👀が👀👀👀👀👀👀👀👀👀のように口腔を装い👀👀👀👀👀👀👀👀👀ぐにぐにと👀👀👀👀👀👀👀👀👀原生生物👀👀👀👀👀👀👀👀👀のよう👀👀👀👀👀👀👀👀👀に収縮👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀して。おぞましい湿気を放出👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀👀して。


  や、ぁう#ァ。


 かおの底面にはぶた鼻がねじ曲がりながら鎮座しており、飛び出す剛毛が髭のように主張する。

 両手に相当するものは、ない。


「時介在・ニグラスのけものだよ。あとそうそう。僕は解再在・ヨグのしもべと言うんだ。よろしくね」


  ぬ、ぁえ@ェ。


「クソ……至座在じょういしゃ共め。


 じょういしゃ。

 至座在と名乗る彼らの二つ名。時介在も解再在も、全く同じ読み方である。誰に教わることもない。それは脳が勝手に認識する。

 それがじょういしゃであるが故に。創作の異形神とはわけが違う。


 その時。ずっと黙っていたWHITE-COLLAR。の1人が悲鳴をあげた。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――」

「どうなさったのMELISANDE。メリザンド御姉様⁉」


普段の癖をかなぐり捨てて絶叫し、歪な変形をした五指で自慢の眼球を潰そうとする。

そんな尋常ではない様子に白たちの硬直は溶け、慌てて押さえ込む。

MELISANDE。メリザンド はそれでもなお叫び続ける。


「いや、いや、いや、そんなあれは嘘よ嘘ないないないないないないないないない……いやぁぁぁぁああああああっ!」

「落ち着いて、MELISANDE。メリザンド御姉様! 一体何が見えたというの!?」


  その言葉に彼女は動きを止め、零れる理性のように話し出す。


「あれ」


 震える指先にはニグラス……ではなくヨグ。の顔面に見える白い管。


「あれ、は、、なのよ!」


 その単語に首を傾げる一同。ただ一人、ガイアンを除いて。彼の顔はまさに苦虫を噛み潰したようなものが広がっていた。


「あーなるほどなるほど。理解したわ。……糞が」

「嫌、いやいやいやいやぁ! あんなに無数のフィラメントグレートウォール超空洞ボイドが入り組んで密集して折り重なっての中に!中に!中に!中に!中に!中に中に中に!」


 言葉では拒絶しようと、瞳だけは言うことを聞かず、を見続けてしまう。

 。手遅れ。


 ――故に超越的思索あるいは蒙導けいもうしくは啓示が与えられる。

 ――それは狂いの源。

 ――3000万年前の降上こうりがみがそうなり、上天うえ下地したに別れ絶ったように。


「視える……

      らけにあ          おとめ           うみへび

  まぜらん       あんどろめだ        さんかく

         へるくれす         いて       うしかい

あるご       はくちょう     りゅうこつ   

    ぺるせうす     おりおん       ばーなーど   ららんど

   ぷろきしま・けんたうり      しりうす    うぇすと  

おーると       へりおぽーず    せどな えりす はうめあまけまけかろんぷるーとぅねぷちゅーんうらぬすさたーんじゅぴたぁけれすまぁず――





 嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よそんなわたしたちはだとでも言うの!?」



 思索は視座を与え。

 蒙導けいもうは閃きを整え。

 啓示は解を示した。


 男が霊を言伝にす。



「ヨグは世界うちゅうの化身、か。さっきからの威圧感の正体がわかったぜ。異形の連中だって元々はこの世界の生物だった。混沌ケイオスだってそうだ。だがお前ら至座在じょういしゃは……」



 じょういしゃはただ、微笑みを返すのみ。


「それじゃあニグラス、試しにRNAを渡してみて」


  が、ぼぅ:ぃ。



 ニグラスのかおが真横に開いた。

 そうして世界が終わる。

 暗転、因果は変質す。





                    第二部 第3章:変質【TRIO】 END


                   NEXT IS …… 非力【OBSERVATION】





 変質が三つ。

 一つは械人かいじん

 一つは超人ちょうじん

 そしてもうひとつは……


 役者は揃った。


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