その時、歴史が動く。 結

 1人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字に過ぎない。

 ──アドルフ・アイヒマン




時刻:10/29、17:31

場所:第四帝国、第0セクター、主要ノード「ベルン」内

   ㊙会議ルーム「Führerbunker電子海の巣




「……というわけで、無事に魔王国ガネニ・ネグス・ハゲリとの戦争は無事、しました!」

「(*´꒳`*ノノ゙おめでとう!」「(*’ω’ノノ゙おめでとう!」「(゚∀゚ノノ"おめでとう!」   「おめでとう!」「おめでとう!」「おめでとう!」「…………」「おめでとう!」 「(*゚▽゚ノノ゙おめでとう!」「おめでとう!」「おめでとう!」「おめでとう!」「(*≧▽≦ノノ゙おめでとう!」


 

 歓喜のログ、それを表すスタンプが右から左へと、チャット欄に流れ出る。

 「そこ」は存在しない。三次元空間には。

 だが、現に存在するのだ。


 電子の海、その中に漂う波の中にその会議室はあった。

 帝国臣民プレイヤーからは「運営」と呼ばれる、機能政府を管理するプレイヤー達。

 第四帝国を思うが儘に操ることが出来る、支配である。


「いやぁ、大変迫力ありましたね! 特に磁石山マニオライを8発のツァーリ・ボンバで吹き飛ばした辺り」

臣民プレイヤーからの評判も上々でしてな、戦闘地域恒常イベントが減った不満を完全になくさせることに成功したようですな」

「ありがたいことです」

「このアイデアはあれだろう? 2038年の日本が中国に仕掛けた『第五明石丸あかしまる事件』からヒントを得たのだろう?」

「ご慧眼の通りです。彼の時は戦争の口実始まりとなったわけですが……此度では戦争を終わらせるトドメを刺すことになりましたね。更に漏れ出た大量の放射性降下物フォールアウトはモンスーン海流により大藩国沿岸部アラビア海に運ばれます。農業、漁業は深刻なダメージを受け、国力を低下させることが可能かと。そうだ、人為的に砂塵嵐ハムシンを引き起こさせて汚染土を直接お届けするのも良いかもですな」

「大変結構。総統閣下、いかがでしたか?」

「…………」

「大変ご喜びのようで、我ら臣下としても嬉しゅう存じます」





「さて、となってしまうが……辻中佐、現在の戦況図はどうなっている? 総統閣下にご報告を」

「は、こちらをご覧ください」


 辻中佐、と呼ばれた黄色い顔のニコニコマークのアバターが会議室のど真ん中に現れる。その目は、三白眼。

 円状に配置された椅子、座る各人の手元にデータパッケージが届けられる。解凍すると現れるは世界地図。

 そして以下の文章が付属する。



⎾⎾⎾                                ⏋⏋⏋


現在の主な戦闘地域恒常イベント

1.最重要:達成クリア済み

 主拠点:エルトリアの第564号基地(マッサワ)

 目標国:共存不可なる魔王国ガネニ・ネグス・ハゲリ 


2.最重要:未達成ノークリア

 主拠点: クレタ島の第1号要塞(イラクリオン)

     キプロス島の第2号要塞(ニコシア)

     スエズ地峡の第3号要塞(イスマイリア)

     シナイ半島の第4号要塞(セント・カタリナ)

 目標国:世界の中心オリエントたる中央大藩国


3. 重要:未達成ノークリア

 主拠点:ネオ・マジノ大要塞ラインの各所

  目標:異形世界と化したNo Activities Europe活動不可地域(ナーロッパと呼称する)


4.最終目標:準備メンテ

 主拠点:スコットランドのエディンバラ

  目標:全ての始まり源泉の地、R'lyeh, the 7th極北の continent of 第7大陸the far northルルイエ


⎿⎿⎿                                ⏌⏌⏌              



「む、辻中佐、1つ足りんではないか」

「はい? そうでしたかな」

「ほれ、あれだよあれ……あの反対側にいる」

「ああ、わかりました。械国日本まがいものと戦っている神国日本どうぶつのことですね?」

「あーそうそう! それだよそれぇ」

「あの国らとは戦争してませんから。あれは単なるヒマつぶしの実験場ですからねぇ」

「おっとそうでしたな」

「はははは」「はははは」「(*ノ∀`)ノ゙))アヒャヒャ」「はっはっはっ」「ハハハ」「はははは(ᵔᗜᵔ)」「…………」「はははは!」「ふふΨ( Φ∀Φ)Ψ」「はっはっは!」 「くっくっく」「ԅ(´ิ罒´ิԅ)ウシシ」


 笑い声がチャット欄に流れ出る。


「ではまず2、から始めましょうか」

「頼むよ」

「現在、第1~第4号要塞は着々と戦力を蓄えつつあります。1年もすれば大藩国が所有する聖地へと、侵攻できるでしょう。そして……」

「やがては大藩国全土を飲み込み、世界の屋根たるヒマラヤ山脈、カラコルム山脈を越え、チベット高原を抜けて崑崙クンルン山脈の先にあるタリム盆地、その何処かにあるレン高原を見つけるのだ!」

「そうゆう事です」

「最早そこだけですからな。この星で高天原たかまがはらの候補となりえる土地は」

「そして、そこに住まう『』を此処へお連れし、奇跡を起こさせてもらう、と」

「然り。しね。しっかし、中々見つかりませんな」

「本当ですなぁ。月にもなかったのでしょう? 捜索範囲を火星以降の太陽系全体に広げることも視野に入れなくては」

「面倒ですな。神の住まう土地、即ち宇宙は空にある、というのが相場でしょうに」



<再生速度:倍速>


「次の3、ですが、異形生命体封じ込め作戦はうまくいっております。臣民プレイヤーらの娯楽としても大変よく機能していて……」


<再生速度:3倍速>


「最後の4、ですが、現在アムステルダムやウイストルアムを中心とした造船所で次々と各種艦船を建造中です。また、を踏破するための50万トン級超大型砕氷戦艦もエディンバラやベルファストにて順調に建造……」


<再生速度:3倍速>



「そして先遣隊は既にフェロー諸島のトースハウンへと到達し……」

「……アカシック・レコードの機嫌も良いので順調に作業は進んでおり……」



<再生速度:3倍速>



「では、そろそろ報告会もお開きに……」

「おいおい、まだもう1つあるだろう?」



<再生速度:通常>



「ああ、そうでしたそうでした。神国日本で見つけた神の心臓のことですね?」

「そうだ。他の勢力に取られる前になるべく早く回収したいが」

「ですね。あ、そうそう、丁度械国かいこくよりなけなしの全てを使用した救援要請が出ましてね」

「ほほう? ('_'?)」

「なんでこの際、神国日本どうぶつの処分と心臓の回収、両方やっちゃおうかと」

「おお、それはいいアイデアだ!」

「全財産を差し出し、救援を求める械国日本まがいものを慈悲と寛容でもって救う我が国……イイですな! 大変映える展開ですぞ!」

臣民プレイヤーもきっといいね! をするでしょうな。ま、のですが」

「( ≖ᴗ≖​)ニヤッ」「(`・∀・)ノイェ-イ!」「٩(❛ο❛๑)وィェーィ♬*」

「時に神の心臓、その持ち主ボスキャラ名は何というのです?」

「グンソー・ヒロシ、ですね」

「んん……何処かで聞いたことが、ああ! 半年ほど前にわが方の『ロバート・T1000』を倒し、更に一週間ほど前に『アダン』が敗北した相手ではないか! 敗れた2人の無念を晴らしに、ついに始まる最終決戦! イイですな! 大変映える展開ですぞ!」

「して、誰を派遣しましょう?」

主天使キュリオテスはどうか?」

「あ奴はイカンな。すぐに勝負が終わってしまうから、絵にならんよ」

「デュークA13は……だめか。遠距離からの一方的撃破はハメ技扱いされる可能性がある。それではだろう」

「G・ランジュランは……これもだめだな。アイドルに戦闘させたら、イメージが悪くなってしまう」

「そういえば神国日本どうぶつ達、信奉している存在がいましたな」

「超能力者、超人のことですね?」

「そうそう……ならば我らも派遣しようではないか」

「読めましたぞ。……よい。よい対比ですな! きっと映えますぞ!」

「ではアダンに命令ショートメールを。アスラの拘束解除を許可する、解除コードは指定の通り、666だ。播磨灘にて待機している黒船・白船にも連絡を入れよう。要注意人物を転送ワープする故、扱いに注意せよ、と」

「さて、もう議題は出尽くしたようですし──」



<再生停止>

<接続、切断>






「はぁ、全く、なんちゅう腐り方しているんだ運営政府は。それに少しも疑問を抱かぬ臣民プレイヤーも同罪かもしれんが」


 「おれ」はため息をついた。まったく、つい1週間ほど前まで妄信的に従っていたと思うと……我ながら情けなくなる。ヒロシの奴、とんでもない置き土産を残してくれたな。

 はっきり言って、覚醒しない方が遥かに幸せだった。なにせ見ていた世界が180度変わっちまったからな。


《ご主人様、もう盗み聞きハッキングしなくていいの?》

「ああ、大体のことはわかったからな……ありがとな、ブレイン。さて、届いた命令ショートメール通りにするか」


 全く気が進まないがな。アスラの拘束を解くことは、即ち大虐殺の合図。きっと京都は血の大河が流れることになるだろう。

 だが、今のおれには従う道しかない。

 おれの身に起きたことを上の連中に知られるわけにはいかない。バレれば、解体バラされるだけだ。

 そうなったら、おれの目的を果たせなくなる。

 だから、赦せよ。


 おれはアスラへ向けて解除コードを入力し始めた。






 世界が崩壊した後、困難な時代を生き残るため肉の体を完全に捨て、完全に電子化する道を選んだ人は、多かった。永遠への道を。不死への道を。

 しかし、電子化での不死は、仮初のものであった。

 しかし、電子化での不死は、5次元世界と縁を切ることはできなかった。


 第四帝国として産声をあげた彼らにとって、世界とは、MMORPGゲームそのものであった。


 彼らは欲する。ヒマつぶしの手段戦争を。



 どうしてゲームを辞めないといけないんです?

 だってこれはゲームですよ? 

 人が死ぬ? 何言っているんですか。これはゲームなのだから、エネミーして経験値カネを得て、強くなる。当たり前のことじゃないですか。

 楽しいですよ。

 どうして、こんなに楽しいことを、辞めないといけないんですか?


 彼らと、道は、もう交わらない。


 そしてもう1つ。

 彼らは欲する。真の永遠への道を。不死への道を。



                               第5章 END



 読者の皆様、こんにちは。ラジオ・Kです。

 ようやく第5章が終わりました……これより、物語はドンドン加速していきますので、どうぞご期待ください!

 

 さて、恐らく今回の話は実在の地名が多く出てきます。知っておいた方が楽しめるかと思いますので、ここに補足&解説をば。

 以下登場順です。



磁石山マニオライ

 早速架空の用語ですが……元ネタは古代ローマの博物学者であるガイウス・プリニウス・セクンドゥスが記した『博物誌』2巻にて言及した磁石の山(磁石島)より。  

 ルビは同島があるとされた場所、「マニオライ」より。これはモルディブ諸島の事らしいが真偽は不明。


・モンスーン海流

 インド洋北部に生ずる海流で、名前の由来はずばり「モンスーン」より。これは季節風のことで、この海流がモンスーンによって生じる吹送流であるため。ちなみに冬季と夏季で海流の流れる方向が逆転する(季節流という)。


・ハムシン

 北アフリカやアラビア半島で吹く、砂塵嵐を伴った乾燥した高温風のこと。地中海南部や北アフリカの沿岸部を、西から東へと低気圧が通過することが原因として挙げられる。時期的には春が中心。


・マッサワ

 紅海に面したエリトリア中部の都市の1つ。紅海有数の良港で、造船所や発電所を備えている。季節により非常に暑くなり、最も暑い4月になると気温は40度を超えることも。観光地でもあり、人気。

 位置的には紅海の入口(アラビア海からの)よりやや上側。

 検索すれば出てくる。嬉しい。


・クレタ島

 古代ミノア文明が栄えた土地で、クノッソス宮殿をはじめとする多くの遺跡を持つ。当然、観光地でもあり、人気。

 島全体でギリシャ共和国の広域自治体であるペリフェリア(地方)を構成する。作中に登場するイラクリオン、というのは同島が所属するクレタ地方の首府である。

 位置的にはギリシア共和国のすぐ下。

 検索すればすぐにたくさん出てくる。とても嬉しい。


・キプロス島

 先史時代より文明があったとされ、地中海貿易の中継点としての役割、地政学的に重要な島であるため、各時代ごとに強大な国家の支配下に置かれた。観光地でもあり、人気。

 実は紛争地帯でもあり、北には北キプロス・トルコ共和国、南はキプロス共和国に分かれている。なんとなく世界のあちこちで見たことがある形である。

 作中に登場するニコシアはキプロス共和国の首都である。

 位置的には東地中海のシリア・アナトリア半島の沿岸にある。地中海ではシチリア島、サルデーニャ島に次いで3番目に大きな島。

 検索すれば出てくる。普通に嬉しい。


・イスマイリア

 エジプトの都市でイスマイリア県の県都。1863年、スエズ運河が着工された際にフェルディナン・ド・レセップスによって建設された。街の名は、当時のエジプト副王イスマーイール・パシャより。

 交通の要所として知られ、鉄道がカイロ、アレクサンドリア、ポートサイドに通じている。

 位置的にはスエズ運河のほぼ中間地点。

 検索すれば出てくる。嬉しい。


・セント・カタリナ

 シナイ山や聖セント・カタリナ修道院がある地域。元ネタは、ナショナル ジオグラフィックの特集記事「シナイ半島 危うい平和の中で」内の付属地図より。2009年3月。

 位置的にはシナイ半島の付け根部分。紅海に面する。

 検索しても出てこない。悲しみ。苦労した。

 ヒットしたのはハワイにあるシーサイドチャペル。縁がなさそう。


・カラコルム山脈

 テュルク語・モンゴル語で「黒い砂利」という意味で、世界第2位のK2を筆頭に60座以上の標高7000メートル以上の山が存在している。

 位置的にはパキスタン・インド・中国の国境付近に横たわる。アジアの大きな山塊の一部として広義のヒマラヤ山脈の一部であるが、狭義のヒマラヤ山脈とは独立した山脈。

 検索すれば出てくる。嬉しい。


崑崙クンルン山脈

 とある元東亜研究所研究員によると、中国には北と南の2つの中国があり、その境界線の1つにこの崑崙クンルン山脈があるという。約3000キロに及ぶ大山脈で、標高6000メートル以上の高山が、200峰以上連なっている。

 その麓にはタリム盆地があり、シルクロードが通った影響で多くのオアシスを起点とした都市国家が栄えた。

 位置的には、新疆しんきょうウイグル自治区タクラマカン砂漠の南、チベットの北部、中国の西部に存在する。

 検索すれば割と出てくる。嬉しい。


・フェロー諸島

 同諸島では1781年を最後に麻疹が報告されていなかったが、1846年に訪れた旅行客により、島民の2/3が罹患する大流行が発生した。この際、1781年の流行を経験した島民は感染しなかったことから、麻疹は一度感染すると再感染しないという発見に繋がった。ということで有名。

 戦略的に重要であるため、第二次世界大戦ではイギリスによって占領された経験を持つ(バレンタイン作戦)。

 また、「フェロー諸島共和国」という国名でデンマークからの独立主張があることでも知られている。

 トースハウンは同諸島の主都で「トールの港」の意味。トールとは、北欧神話の雷鳴と稲妻の神のこと。

 位置的にはグレートブリテン島(イギリス)のすぐ上。ノルウェーとアイスランドに挟まれている。

 検索すれば色々と出てくる。結構嬉しい。




以下は本作のキーワード解説です。


・ルルイエ

 21世紀末に突如北極にて浮上した異形の大陸。

 それは大きい故、世界を狂わし、母なる星を狂気へといざなった。

 大規模な寒冷化は、その証である。


 また、かつて母なる子宮で眠りし時、漏れ出たものがあったという。

 ロシアはソレの存在を厳重に秘匿したが、それが2041年の、東京の惨劇に繋がるとは……。


高天原たかまがはら

 極東の地に伝わる、神々が住まう土地。

 その地は、芳醇な霞に満ちており、そこに住まう神々は、それのみ食すという。

 古事記にも、そう書かれている。


 ところでどこに存在するか、だが。

 神々が住まう土地なのだから、天上に、即ち宇宙にあると相場は決まっているではないか。しかし月には見当たらなかった……。

 かぐや姫月の民は、やはり伝承の存在なのだろうか。


・てんの

 高天原たかまがはらに住まう神々、その種族の名。

 書く字は、知らぬ。

 古事記によると、高天原たかまがはらに満ちる芳醇な霞を触媒として「奇跡」を起こすことができるという。

 極東の地は、そうやって、できたのだとか。

 そして特徴的な見た目を有するという。

 額に生えるツノとか……。




 解説が長くなってしまいました(土下座)。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます! 

 コメントなど頂けましたら、大変嬉しいです!


 それでは、第6章でまたお会いしましょう!

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