その時、歴史が動く。 転

 

 国を建てるには千年の歳月でも足りない。だが、それを地に倒すのは一瞬で充分である。

──ジョージ・ゴードン・バイロン


 (前略)

 Du ciel 空からviendra un grand 恐怖の大王がRoi deffraieur降ってくる

 Resusciter le grandアンゴルモアの大王を Roi d'Angolmois.復活させるために

 (後略)

──ミシェル・ド・ノートルダム 「百詩篇」第10巻72編より

  訳は五島勉氏の著書、「ノストラダムスの大予言」より抜粋 



時刻:10/29、15:03

場所:地球


 月は太陽を陽とするなら、陰である。が、この不思議な天体は人の精神に、思考方式に多大なる影響を与えてきたことで有名である。

 その影響は有史以前より見られ、例えば旧石器時代に人が初めて記録したのは月の周期であると言われており、それを発展させ暦が誕生したという。


 言語もまた、影響を受けた分野の1つだ。インド=ヨーロッパ語ではMoonmeasurement測定をさす言葉は同じ語源を持つ。そこに属する言葉にはmemory記憶mania熱狂等があり心に関わりのある言葉に月の影響が表れていることが示唆されている。


 他にも月の周期、位相を暗喩として取り入れた各地域の変容神話では生のパターンを考察する材料になった。これは月の再生と命産れてやがては衰えて死ぬという自分たちの運命とを人々が本能的に同一視したことの証拠ではないだろうか。


 月は人にとって心の闇を照らす光であり、誕生と死、運命と希望というような遠大な力の象徴なのだ。




 そして今、その月に異変が生じる。

 恐らく、真正面からでは──つまり私達が普段見上げるようなやり方では──ソレを知覚することは難しいだろう。

 しかし、月を横からみれば、もう一目瞭然である。

 何か細長いものが刺さっていて、どんどん地球へと向かい伸びていくのだ。

 月から竹のように生えだしているのだ。

 神秘さの欠片もないその細長いものは、である。




時刻:10/29、15:12

場所:地球の衛星、月面上、危難の海



「発射角修正、完了」

「エネルギー充填率、80パーセントを突破」

「弾道計算、完了」

人員プレイヤーの退避、完了」

「エネルギー充填率、95パーセントを突破」

「ふむ……確実にバリアーを吹き飛ばすためには……120でいきましょうかねぇ」

「了解」

「砲身形状を拡散から収束へと変更……完了」

「各種微調整、完了」

「発射までのカウントダウン、開始。10……9……8……」

「さぁて、景気よく発射しますかねぇ。我々の計画の為、星の後継者の為に。犠牲となってもらいましょう。なに、宇宙開闢かいびゃく以前からの、よくあることですし。痛む悼むモノは何もありませんねぇ」

「3……2……1……0!」

「超大型素粒子衝突型加速器方式陽子光線砲、『天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎ』照射!」

 


 局所的な太陽が花咲く。

 禍々しき光がただでさえ明るい基地ベース内を埋め尽くす。だが、誰も眩しさに目を抑える、というような反応をしなかった。

 彼らの眼光は全て三白眼。


 そして……

 砲身より太い、では済まされない程の厖大な光が奔流となりしていく。

 地球上の、アラビア海はアデン湾のとある一点へと向けて。

 魔法師達が半世紀もの間をかけて造り続けた人工島へと向けて。


 その時間はほんの数秒。

 太陽は急速に枯れていく。

 光の残滓が花びらのように宇宙空間へと舞い踊った。


天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎの照射、予定通り完了しました」

「よろしい」

「第0セクター、主要ノード『ベルン』より緊急通信のお知らせ

「ミッション・コンプリートの通知ですかねぇ?」

「読みます。『秘密裏に進めていた、特別ミッションのクリア、おめでとうございます! 地球ノードでのミッションも同じくクリアできました!』以上です」

「相変わらず、下手くそな文章ですねぇ。ま、別に構いませんが。さて、諸君。いつもの週間クエストに戻りましょう! ……にしても高天原たかまがはら、中々見つかりませんねぇ。もう月面は探索しつくしたと思いますし、次の候補は火星? その眷族たる二重衛星フォボス・ダイモス? それともまさか木星だの土星まで行くんじゃないでしょうねぇ?」


 男はため息をつく。


「まったく、モノリスじゃあるまいし」


 薄く笑う。



 超大型素粒子衝突型加速器方式陽子光線砲、天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎ

 それは第三次世界大戦後の大国間パワー・バランスを見据えて、21世紀末に日本が巨額の資産を投入して建造した、史上初の衛星上攻撃兵器である。

 それは21世紀末に人類の叡智が、個人の力を完全に超えた証である。

 それは現代の大英雄・凪ですら分の悪い痛み分けに終わった大陸獣・ビヒモスを一撃で斃し、大海獣・リヴァイアサンに深手を負わせ最終決戦、ユーフラテスを勝利へと導いた。

 このによる活躍で、月を表す様々な代名詞は1つに統合された。

 宇宙的恐怖コズミック・ホラー、と。




時刻:10/29、15:15

場所:アデン湾上、ジブチ市西部バルバラのドラレ多目的港より北へ10キロ地点の上空。通称「磁石山マニオライ



 その島は人工島である。

 名前の由来となった古代ローマ時代より囁かれてきた伝説の島「磁石島」のような、大量の磁石と魔術師らによる万力ばんりき魔法によって繋ぎ止められていた。


 その島は楽園である。

 酸素の代わりに芳醇な魔素マギジェンに満ち溢れ、周囲は強固な結界バリアーに覆いつくされ、あらゆるから身を守る。

 混沌ケイオスも弾き飛ばし、つまり異形生命体の脅威もない。

 そうして20年間、自身も当事者であるにも関わらず戦乱の嵐と化す世界から身を背け、時折襲来する第四帝国軍を全滅させつつ、暮らしてきたのだ。


 その日々はたった今、終わりを告げた。



 魔術師達は、っていた。この時代、もしくは旧時代より様々な手段によって生み出された高エネルギーそのものを相手にぶつける兵器があることを。

 それは、彼らも同じような魔法を繰り出すこともあるから、ある意味当然であった。


 しかし、この20年間、その兵器は一度も使われていないのだ。

 だから、だから、こう判断した。

 「きっと、なにか大きな欠陥があるから使わないのだろう」と。

 一度も外の世界を見ることもなく、ることもなく。


 それがまさか、大気圏外から、宇宙そらから落ちてくるなどということは。

 全くの想定外であったのだ。

 それが帝国の狡猾で、気の遠くなるような年月をかけて熟成させた罠とは知らずに。



 結果として結界バリアーはほんの数秒で完全に破壊された。

 いわば、鎖国が解かれたのだ。

 

 閉じこもっていた国が、外の世界に引きずり出された時、往々にして政府トップは大いに混乱することを歴史は教えてくれる。

 だが、現代戦というのは無慈悲なほどスピーディーな戦いなのだ。


 それから間を置かず10秒ほどで、ある物体が磁石山マニオライの上空に侵入する。それは極めてのっぺりとした、流線形の爆撃機である。名を「ケルヌンノス」といい、ケルト神話において狩猟、冥府を司る神のことである。

 その見た目として最も近いのはイギリスの大手防衛宇宙航空企業であるBAEシステムズが開発中の、「タラニス」と呼ぶ無人攻撃機に酷似していた。



 ケルヌンノスは磁石山マニオライの中心部で。その腹から8つの塊を落とした。

 最初、塊は重力に身を任せていたが、高度2000メートルの辺りで突如として各々が向きを変え、八方向へと飛ぶ。


 そして高度500メートル程まで落下し、産声をあげた。

 それは火であり、太陽であり、即ち神である。

 但しこの神は例えばインカ神話のインティ、マヤ神話のイツァムナー・ガブルのような温厚な神ではなく──夥しい死を引き連れ顕現するグロテスクな来訪神であった。


 神の御名みなは、AN602という。

 通称ツァーリ・ボンバ破壊の帝王

 TNT爆薬換算で約100メガトン、これは第二次世界大戦中に全世界で使われた総爆薬量の50倍の威力と等しい。

 TNT爆薬換算で約100メガトン、これは第二次世界大戦中の8月14日に投下された、原子爆弾「リトルボーイ」の約3,300倍もの威力と等しい。

 そんな、そんなものが、計8発。

 第三次世界大戦にて、対異形生命体用決戦兵器として作られた、要は真新しい為に不発などという奇跡は起こらず。



 熱波と衝撃が、磁石山マニオライを包み込み、持ち上げ、押しつぶし、融解させ、粉砕し……

 何もかもが。

 60万の魔術師と共に、彼らの首都は、幻のように消え去ったのだ。





 魔術師の国、魔王国ガネニ・ネグス・ハゲリの領土は前述の人工島である磁石山マニオライ以外にもある。

 それはアフリカ大陸の北東部にあるエチオピア高原のことで、計51の都市を所有していた。

 そしてそれぞれの都市は諸侯ラスと呼ばれる地位の人物によって運用・管理されている。


 さて、この時諸侯ラス達は大混乱に陥っていた。不可侵であると思われた磁石山マニオライに突如として太陽が出現し、その後一切の連絡が取れなくなったのだから。魔法通話回線をはじめとするあらゆる方法を試したが、どれも失敗に終わっていた。


 もし彼らに現代戦について、少しばかりの理解があればこの先の未来も変わっていたのかもしれない。

 しかし悲しいかな、魔素がないと生存できず酸素が猛毒である彼ら、特に黒い肌の者達は先祖代々世界より隔絶した、大地溝帯グレート・リフト・バレーのようなごく一部の地域でのみ生活しており知的生物にとって最も重要な資源である「情報」を殆ど入手できなかった。

 そのため、この後に降りかかる災厄を避けることは出来なかったであろう。




時刻:10/29、15:25

場所:エチオピア高原


 磁石山マニオライからの連絡が途絶えてから10分後。

 エチオピア高原に幾多もの流星が降り注ぐ。

 流星は落下しながら4つに分かれ、より広範囲に降り注ぐ。

 それは悪意であり、恐怖の大王である。



 その正体はかつてロシア連邦で運用されていた大陸間弾道ミサイル、RS-24 Yarsヤルス。21世紀初頭に開発された兵器を第四帝国はわざわざこの日の為に蘇らせたのだ。

 弾頭については言うまでもない。つい先ほどまで永久封印施設 ヴォーロス基地ベースにて封印されていた核弾頭である。その数、実に800発!

 幸いにも使用された核弾頭の多くは1960年代に作られたもの。封印されていたこともあり、老朽化甚だしく、

 ただただ、中身を派手にぶちまけるのみ。



 それこそ第四帝国の狙いである。

 さて、核弾頭の中身は?

 ……これ程の愚問はないだろう。



 数える、いう真実を直視する行為をしたくないほどの、膨大な量の放射性物質がエチオピア高原に、日本列島の凡そ3倍の面積を持つ地に降り注ぐ。

 その毒は放出され続け、存在する限り汚染を広め、殆ど全ての生命体を時には激しく、時にはゆっくりと殺していく。


 第四帝国はただ、その時を待てばよい。

 そして、永遠の寿命を持つ彼らにとって「待つ」ということは、最も得意な事柄である。



 ここに、第四帝国と魔王国ガネニ・ネグス・ハゲリ間の半世紀近くに及ぶ戦争は終結した。

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