~Wreck~ 絶望



 時間がすべてだ。5分の差が勝敗を分ける。

 ──ホレーショ・ネルソン







戦艦「信濃」に直撃弾が生じた頃。鉄砧嶼ティーチェンユーにて。


【あらあらあら、ノゥくんってばあんなにキレちゃって。でも、痛がるフリなんてしなくてもよいのに。……成る前の生態が残っているから、かな。でも私が教えた通りに動いてくれてよかった。これでHaxszthulrわたしたちのおうのため、心臓の仔を孕みし者を、この手に。ティマドクネスを、この手に。そう思いません? 裁判長。ノゥくん。】


 N'qzzs-Klivnclヌトス=カアンブル……【彼女】は大破し炎上する信濃の方向をそう話しかけた。

 【彼女】の正面には無数の貫通傷から大量の体液を固い地面に垂れ流すジェルギオスがいた。

 龍脈器官に残されたエネルギーをほぼ使い果たし、荒い息を吐き、ガクガクと痙攣する体を何とか支える。という状態の彼女は、とても無惨であった。


 対する【彼女】は、全くの無傷。それは圧倒的な力の差があることを雄弁に物語っていた。






 基本的に戦艦が持つ装甲というのは、自身が搭載する砲の直撃に耐えられるように設計されている。この原則で考えれば【彼】が装備する大和が信濃に致命打を叩き込む、という事態はそう簡単には起こらないはずであった。

 なぜならこの2隻は同じ設計図から誕生した姉妹なのだから。

 だが現に信濃が受けた直撃弾、計4発は全て貫通。しかも全て最も装甲が厚いはずの『重要防御区画バイタルパート』に、である。

 どうしてこうなってしまったのか、その考えられる理由は主に2つあった。


 まず1つ目が膨大な至近弾により発生した振動により、信濃の装甲にダメージが蓄積していったこと。

 実のところ戦艦の装甲というのは一枚ではなく複数の装甲板で形作られている。それらを繋ぐリベットなどが破損していたり(リベット接続は振動に弱い)、装甲そのものに歪みが発生していた、と推測される。


 そして2つ目はを考える必要がある。つまり第二次世界大戦後期、1944年である。

 信濃が戦艦として竣工したのは同年11月19日のこと。この頃、日本の戦況としては敗戦までの道のりをまっしぐらに駆け下りていた、と表現できるだろう。

 ここで問題となるのは南方を始めとする資源輸送で、軍艦を作る際に必要な物資はことごとく不足していた。そういった状況で建造された信濃は、元々カタログスペック通りの性能を発揮できないと考えられるのだ。


 

 これらの悪条件が重なる中、Nouddxenzsノーデンスが周到な計算の元で放った一撃は見事にを示した。

 最大仰角45度で初速780メートル毎秒、質量1460キロの九一式徹甲弾は信濃の真上……上空約4万2千メートルまで達した後、重力の導きに従い自由落下。

 結果、信濃に直撃した際の速度はおよそ900メートル毎秒、落下エネルギー量約6億ジュールに運動エネルギー量約1億6千万が加算され……信濃の230ミリ水平装甲を貫通した。


 命中弾のうち2発は煙突から機関部まで貫通し、12室の缶室のうち9つを完全粉砕し人員を殺傷。残り3つも次々と機能を停止してしまう。

 1発は後部第三砲塔に直撃。幸いにも弾薬庫まで貫通はしなかったが、砲としての機能は完全に失われた。

 最後の1発は後部第二副砲に直撃。こちらは弾薬庫まで貫通し、誘爆。該当箇所は炎の海となり次々と乗員を飲み込んでいく。





 こうして信濃の戦闘力はほぼ失われてしまった。






戦艦「信濃」にて。


 音がする。でも聞こえない。ただ、キーーーーンという波を感じるだけだ。そしてその次に襲うのは全身を電流のように貫く熱さ、痛み、痛み、痛み!


「う、が、は──ぁっっ!? ゲ、ゴホッゴボッ」


 口内から大量の血反吐を吐き出しながら翡紅フェイホンは目覚める。脳内はぼうっとし考えが纏まらず。視界は霞みぐらぐらと揺れて。全身の震え、横隔膜を動かすたびに感じる鋭い痛み。口内からは時折血が泉のように湧き出る。

 どう考えても重傷であった。


 周囲の様子を確認しようと立ち上が……れない。やむなく一旦ごろりと仰向けからうつ伏せとなり、両手を地面に突き刺し立ち上がる。


「──!! つ、うぅぅ……」


 左手の感覚がおかしい。まるで複数のに分かれたような、そんな感じ。勇気を出し、ちらりと確認すると。


「あ、は。これってから、複雑骨折というのかしら、ね」


 彼女は自分の惨状を一旦脇に追いやり、浸水により少しづつ傾く艦橋を見渡す。

 …………ロジェストヴェンナジーノチカは無事。ユーリィ艦長は全身から激しく出血を起こしており、曲直瀬まなせ力道りきどうが他の負傷者と共に医務室へと連れていく。

 ティマはまだ気絶したままのようだ。痛む体、これ以上動くなという警告を無視しつつ少しでも安全な壁ぎわに運び、そっと横たえる。触った時の様子から致命傷はないと判断でき、一先ず安心する。

 そして無形ウーシンは……と目線を動かそうとして、左側から妙なノイズが聞こえることに気づく。同時に足元から微かな振動が伝わってきた。


「……4発、そ…………様!」「……、ち……もく! もう────!」「浸水甚だ────座礁…………!」「……、……、……! かみさまばけものが────!」


「──、……ちつけ!」


 よく聞こえないので体を右側に向けると、今度ははっきりと聞こえ始める。ロジェストヴェンナジーノチカの声だ。


「少しでも戦えそうな艦を本艦の右舷側に展開するよう、各艦に急いで伝えよ! こちらの生きてる武装はあとどれほどある?」

「前部主砲が2、副砲が1であります」

「……なんてことだ、主砲射撃指揮所と第一発令所からの連絡は」

「未だ、ありません」


 そこまで聞いて翡紅フェイホンは思い出す。


──ここは、ここは戦場だ! 直撃弾を受けたことをなんて、しっかりしろ私! 後悔はこの先生き残れたらでいいそれよりあのかみさまばけものの位置は──


 足元からの振動が少しづつ、強くなってくる。艦の右舷方向からだ。何かと思い目線を向けると、そこに写ったのは。


 進撃を阻止しようと立ちふさがる艦達を文字通り信濃へと向かってくるNouddxenzsノーデンスの姿があった。






同時刻。装甲巡洋艦「来遠らいえん」の操舵艦橋にて。


 この時、李鴻将りこうしょう少年は来遠らいえんの操舵を任されていた。だが、今彼の手は止まっていた。目の前に展開されている光景が、余りにも信じられないものであったからだ。






【ZYYAAAMMMMA】


 Nouddxenzsノーデンス……【彼】は信濃への直撃弾を確認すると胸部にしまってあった46センチ砲2つを外す。どうやらソードオフ・ショットガンのようにであったようだ。

 不要になったそれを【彼】は投げ捨てる。字で書くとたったこれだけなのだが、もたらす被害は大きい。

 何しろ46センチ砲塔の重量は約2500トンもある。これは同時代に建造された駆逐艦よりも重い。そんな重量が真上から降ってきて、耐えられる艦は存在しなかった。


 この時の不運艦は巡洋艦「鞍馬くらま」と「ゲイリー(ウースター級)」であった。鞍馬くらまは真横に直撃、そのまま横転。ゲイリーはもっと悲惨で真上から第一砲塔と第二砲塔の間に突き刺さり、その箇所から2つに割れた。

 鋼鉄が軋む音、粉砕される音、轟音、「助けてくれ」という人間の音。即興の演奏会断末魔


 それに耳を傾けることもなく、【彼】は進む。体のあちこちから白とピンクの細長いを出しながら。それを見た者は即座に察する。

 あれが『』、と。

 『本体』は海面に浮かぶをまさぐり、適当なものを見つけ、次々と負傷個所に貼り付け修繕していく。あっという間に「矢矧やはぎ」と「霞」……右腕は復活した。

 

【YOOUUUSSSSHII!!!】


 歓喜の声をあげながら【彼】は邪魔艦を右腕で切りつけ、踏みつぶし、蹴飛ばし、で持ち上げ投げ飛ばす。それは海戦という視点で見れば余りにも予想外の攻撃法で、防ぐ手立ては誰も持ち合わせていない。


 衝角ラム突撃を敢行しようとしたガレー船や、至近距離で改造された76ミリコンパット砲の射撃を喰らわせようとする各種戦列艦は次々と切りつけられ沈んでいく。その様子はまるで草刈をしているかのよう。

 前に立つふさがるように展開したコルベット艦「カリスブルック・キャッスル(キャッスル級)」文字通り踏みつぶされ、ただの1秒も時間を稼げない。

 蹴り飛ばされた「U488」が「丹陽タンヤン」に命中。その時の衝撃で【彼】の足元へ向けて発射しようとしていた魚雷庫が誘爆を起こし轟沈。

 丁度いい大きさを見つけた、とでもいうように右腕を伸ばす。矢矧やはぎの艦首は破損し大穴が空いている。見方によっては鮫の口、とも形容できる。そこから一際大きい『本体』……右手が飛び出し装甲艦「カンバーランド」を持ち上げ放り投げた。海面に湧き上がる巨大な水柱が遺言の代わりとなった。


「……!! あれ、は。まさか」


 少年は絶望の声をあげる。たった今、【彼】は海中から新たな素材を取り出した。それはが混ざり合った、灰色の金属塊。細かくのたうつその塊はまるで抗議しているかのよう。意思があるかのよう。

 先まで翠玉すいぎょく国と死闘を繰り広げた存在はゆっくりと取り込まれていく。少年が絶望したのはそれ故に。







 まるで特撮に登場する怪獣の如く好き放題に暴れながら信濃に向け進撃を続けるNouddxenzsノーデンス。【彼】に向け何とか反撃しようともがく信濃。

 だが……現実は無慈悲。その願いは叶わない。

 【彼】は左腕を信濃に向ける。空母「フランクリン」の飛行甲板上にはいつの間にか計4機の攻撃機が並んでいた。機種は一式陸攻BETTY銀河FRANCES がそれぞれ2機ずつ。

 次々と射出される特攻機!

 一式陸攻BETTY桜花BAKAを、銀河FRANCESは800キロ爆弾をそれぞれ腹に抱えている。目指す先はもちろん、信濃。


 ところでなぜなのか。答えは単純なものである。【彼】を構成する軍艦のうち空母は4隻。「フランクリン」、「ビスマーク・シー」、「セント・ロー」、「オマニー・ベイ」である。

 フランクリンはエセックス級。残り3隻は全てカサブランカ級。そしてそれぞれの最大搭載機数は100と28である。つまり合計すると184機。

 既に第一次特攻隊として180機は出撃済みで、この4機は残存機隠し玉であった……。



 時速490キロで迫る特攻機。彼我の距離はたった5キロしか離れていなかった。瞬きしかできないほどの、ほんの僅かな時間で翡紅フェイホンの視界一杯に一式陸攻BETTYが広がる。機体のコクピットに座るの顔まで見えてしまうほど、はっきりと絶望が目と鼻の先にあった。


 遺体は憤慨していた。

 遺体が乗る機体に横には白く第721航空隊神雷部隊と書かれていた。

 遺体が身に着ける昭和十九年式航空衣袴飛行服、その右胸にある名札には「海軍少佐 野中五郎」と書かれていた。

 遺体は泣いていた。


 艦橋に突入する寸前。ほんの僅かに機首を上に向けた状態で、野中機は突入する。


 翡紅フェイホンの肌は灼熱を、鼓膜が機能している右耳は爆音を、鼻は火薬の臭いを、そして目は『紅蓮』を捉えた。






 こんにちは。作者のラジオ・Kです。

 本エピソード内の戦艦の防御に関する描写や『周到な計算』云々の個所はなろう、カクヨムにて『モータルワールド~現代チート?元海兵隊超兵士の黙示録戦線~』を連載されているうがの輝成氏を始めとする複数の方々のご協力を得て書くことができました。

 また、Twitterでも色々と教えてくださった某氏と共にここに簡素ではありますが感謝の辞を述べさせていただきます。

 計算式等については後日近況ノートにて公開する予定であります。

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