~ Awakening~ 反撃

 人は苦悩を経て完成される

 ──トーマス・カーライル







 彼女は今まで多くの死を見てきた。

 彼女は今まで多くの屍を観てきた。


 様々な理由の元、その現象は訪れる。

 しかし、意外なほど共通点は。共通点とは、顔。表情。死が訪れる寸前に何を思うか、そこに顕現するのだ。想いが。


──今、わたしはどんな顔をしてるのかしらね。


 迫りくる紅蓮を五感で味わいながら、翡紅フェイホンは最期にそんな台詞を脳裏に思い浮かべた。

 その直後、コンマ1秒後に『その時』、が────







〘祖種の罪の再現諸相背尾せび






 ────来ない。


 ばさり、と何かが広がる音がした。何かが覆いかぶさったような、影。それにより爆風はだいぶ軽減された。それでも煽られ、尻餅をついてしまう翡紅フェイホン。期せずして上を見上げる格好となる。


 そこには明らかに体長10メートル越えのドラゴンが持つであろう巨大な六翼を広げた混竜種キメラドラコのセメニーが空中にいた。体は人間と同じサイズなのでかなりアンバランスな状態だ。

 彼女が身を挺してくれたおかげで、少なくとも翡紅フェイホンにこれ以上の傷が増えることは避けられた。今のところは。

 セメニーが震えながら口を開く。


「われが受けた指令、は……万が一のときに最優先であなた様をお守り、する、こと。もちろんそれ以外の人、も。ですが……こたびは力足り、ずで申し訳けぁ……」


 最後まで言葉を発することなく倒れるセメニー。人間のものと同じ豊かな双丘がクッションとなったおかげでどうにか彼女を受け止め、ゆっくりと地面に降ろす。

 その背は爆風と無数の破片により血だらけ、大やけど。Ⅱ度熱傷が全体の7割を占め、残り3割がしている。六翼もぼろぼろであった。

 突入した桜花BAKAが搭載する爆薬の量は1200キロにも及ぶ。更に母機である一式陸攻BETTYごと、自爆したのだ。その威力をまともに受けたら、は有り得ないはず。

 果たしてそれは幸運か、それとも混竜種キメラドラコという種の頑丈さを示すことなのか。


 しかし残念ながらこの幸運は、本当にでしかなかった。


 上を見れば、そこには分厚い鈍色の雲海が見える。艦橋の檣楼トップが天井もとろも全て吹き飛ばされたのだ。目線を水平に持っていけば多くの人員が倒れている。あちこちが焼け焦げ、体が引き裂かれ、様々な種類の臓物が床一面に朱と共に散らばっている。

 目を背けたくなる酸鼻極まる光景地獄が広がっていた。


──今、まともに動けるのはわたし……だけ? なら急いで指示を出さないと、それがわたしの役目なのだから!


 己を叱咤し口を開こうとしたところで、唐突にまったく種類の異なる臭いが辺りに充満する。、生理的に受け付けない汚臭。次いで、視界全体に影がぬうっ、と広がる。大量のが上から降り注いでいる、そんな予感がぞわりと背中から脳天に駆け抜ける。


 見てはいけない。みてはいけない。ミテハ、イケナイ。

 上を。


 だが体は、首は本能の警告を無視して何の抵抗もなく上を向いてしまう。

 視界いっぱいに巨大なが映り込む。フジツボのようについている無数の探照灯サーチライトが眼であった。

 











【MIITTTUUUUKEETTTAAAA。】


 ばけものかみさまが背を屈めて、覗き込んでいた。






それより少し時を遡り、鉄砧嶼ティーチェンユーにて。


──まだ我の力量差に気づかんとは。この…………痴者しれものが!!


 つい6時間ほど前に自分が言った言葉である。この時は想像もしていなかった。


 そっくりそのままこの言葉が自分に返ってくることになるなんて。






 ジェルギオスはその体を地面に投げ出していた。翼や長袴膜スカート器官などの体外器官は縮こまり、力を入れることすら叶わないほど疲弊している。

 無数の貫通傷からは大量の血液が流れ出し小さな池となっていた。今や彼女にできるのは荒い息を吐くのみ。

 


 龍及び竜種に共通する「龍脈器官」は自身が持つ脂肪をというエネルギーに変換、脈を通じて全身に広げることで爆発的な身体能力を向上させることができ、更にはの流れを変化させることで疑似魔法や光線を放つことも可能だ。

 こう書くと非常に優れている器官であると錯覚するであろう。が、実際は強大な欠陥があるのだ。


 それは『自身が持つ脂肪をというエネルギーに変換』という個所で、つまるところオートファジー自食作用の一種なのだ。

 原理としては予めストックさせてあった自死用の白色脂肪細胞(ジェルギオスの場合両が該当する)を分解しエネルギーとしているだけ。要は有限ということ。更にエネルギー変換・全身に広げるにはかなり時間がかかる。そして威力が高い『光線』なんてものは極めて効率の悪い攻撃方法であった。


 つまるところジェルギオスは既に黒船・白船との戦いや特攻機の迎撃で相当なエネルギーを消耗し、疲弊の極みにあったのだ。


 これらの状況を加味せずに戦いに挑んだ理由はただ1つ。

 愛するアルカマを傷つけられて逆上していたのだ冷静ではなかった……。


【ほら、あなたでは役不足だ荷が重いといいましたでしょう? 裁判長。ノゥくんの方は……無事に信濃の無力化に成功したようね。裁判長。】

「まだ、まちが、って――――ッ!」

【見えませんよね、裁判長。今、信濃は航空機による攻撃を受けて。これで目的を果たせます。悲観が叶います。願いが成就します。集合できます。帰れます。良いことしかありませんね。裁判長。】


 ジェルギオスの顔の横に【彼女】が立つ。得物を振り上げる。ジェルギオスは知っている。得物の正体は槍でも剣でもなく。であることを。攻防両立の、理想的な武器。


【裁判長。あなたに興味があるので、色々と教えて欲しいです。裁判長。】


 【彼女】は持っている盾を振り下ろし──


 瞬間、空が明るくなった。そしてが拡散していく。







戦艦「信濃」にて。


 艦橋を覗き見ていたNouddxenzsノーデンスは上空から迫る「それ」に気づき顔をあげる。凄まじい熱と質量を持つ、召喚されたものの名は、


 






「……今度こそ。今度こそ、誰も喪わせは、しないッ!」

「ティマ!? あなた……‼」


 いつの間に意識を取り戻していたのだろう。正気を取り戻していたのであろう。

 先の爆発により髪の大半は燃え、全身に大量の傷を負いながらも、痛みや恐怖で体を震わせながら、彼女は立ち上がった。

 魔人の身体的特徴である紋様が強く、光り輝く。

 流線と丸を組み合わせたような、不思議な形の紋様が妖しく、光り輝く。

 彼女が持つ最強の技が解き放たれたのだ。


マサカ単体デアレホドノ火力ヲ出すトハ! オモシロイ。サッソクコイツラノ力ヲ試ストシヨウ。


 【彼】は少し思案するように貌を下へと向ける。そして面を隕石へと相対した時、艦首に存在する破孔からは小さな砲身が飛び出していた。

 そこから小さな、青い光が漏れ出る。そして数秒もしないうちに奔流となって飛び出した!

 その姿はまるで「核の落とし子」として描かれる怪獣王のよう。

 隕石と奔流はぶつかり合い……脆く砕け散る。


「今の、まさか黒船のビーム兵器!? いつの間に取り込んだというのよ!」

「……ッ、まだまだ、ですっ!」


 先の攻撃は重く、強力な一撃で確実にばけものかみさまを粉砕しようと意図したもの。それがだめならば、と次に召喚したのは小さく、大量の隕石群。数で圧倒しようとする。


コレ、ケッコゥツカエルナ。振リ回シテモ、ヨサソウダ!


 【彼】はビーム砲を放った状態で貌を滅茶苦茶に振り回す。青い奔流は隕石群を次々と砕く。ティマも負けじと量を増やすが、【彼】も速度を上げすべて迎撃。信濃の上空はまるで花火大会のように殺意の花が咲き誇る。

 かくして戦場は持久戦のようになる、かに思われた……が。






「……うっ、げほ、うえぇ、エッ!」


 ティマの体がふらついた、と思った次の瞬間全身の力を失ったように倒れ激しく嘔吐する。今までろくに食べ物を摂っていないので吐瀉物は大半が液体であり、その色は薄汚い黄と、赤。紋様の輝きは急速に失われた。無事な皮膚からは激しい発汗の症状も見られる。

 その容体を見た翡紅フェイホンは即座に悟る。


──魔素マギジェン切れ!


 自身の負傷も厭わずティマを介抱する。その時気づいたのだが、ティマの負傷はかなり深刻だ。特攻機の突入時にできたのであろう。服が破れ露出する両足部分は無数の裂傷があり、一部は筋組織が露出するほど。元よりから華奢な彼女にとってこの状態で何の支えもなく立つというのは不可能に思える。


──この子、今まで気合で頑張っていたのね……不味いわ、急いで魔素マギジェンを補給しないといけないのに!


 この時、手に届く範囲に魔素マギジェンボンベはなかった。もっとも仮にあったとしても今までの戦闘で破損し使い物にならないだろう。

 最初から詰んでいたのだ。どうあがいても。


 持久戦を制したNouddxenzsノーデンスが不快な勝どきをあげる。そして改めて艦橋を覗き込む。


【サァテ。心臓ヲコノ手ニ。】


 そうはっきりと発音しながら艦首の破孔より腐肉で構成される舌を出す。それをティマの方へ射出しようと力んだその時。










「よっしゃぁ、色々とバラバラだけどどうにか直ったぜ! おい起きろアルカマ出番だぞ」


 緊張感がいまいち欠けた男の声が空気を伝播し各人の耳に届いた。

 

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