~Miracle~ 真相

 他のためにいのちをすてる、戦争は凡人を駆って至極簡単に奇蹟を行わせた。

 ──坂口安吾


 しかし、群衆を外へ出したのち、イエスは内へはいって、少女の手をお取りになると、少女は起きあがった。

 ──マタイによる福音書 9:25







「よっしゃぁ、色々とバラバラだけどどうにか直ったぜ! おい起きろアルカマ出番だぞ」


 アルカマの目がパチッと見開く。まるで昼寝から起きた、みたいな動作で。


「あれ、師匠。どうしたんですかそんなに……って何ですかこの状況!? どうしてみなさんこんなボロボロに、というかちょっとがおかしいんですけど師匠まさか」

「ええいお約束の反応はいいから城壁バリアーを最大範囲で展開しろ今すぐにだ!」

「ふぇっ、えっ、ええと???」

「ゴタゴタ抜かすなは、や、くしろーっ!」


 ガイアンの剣幕にビクッ、と耳をながらもアルカマは言うとおりに自らの能力を開放する。











万里长城万里城壁!」


 こうして奇蹟が起きた。

 

 アルカマを中心に淡く輝く膜のようなものが出現。信じられない速度で拡散していく。それは全てを貫通し、通り過ぎた。

 ただし──敵は除くが。


 ティマに迫る舌がまず弾き飛ばされ、秒もしないうちに本体であるNouddxenzsノーデンスも弾き飛ばされ、輝く膜と共に外側へと押し出される。

 これぞ奇蹟である。その体長118.5メートル。その推定重量5万トンに達すると思われる【彼】が必死になってもがくが、一切の抵抗も許されずに排斥されていく。


【!?!?!?!?、ナニガ、ドウナッテ──】


 輝く膜は外側に向け拡散を止めない。さながらビックバン世界膨張のように。






鉄砧嶼ティーチェンユーにて。


 ジェルギオスにを突き立てようとしたN'qzzs-Klivnclヌトス=カアンブルもまた、輝く膜によって絡めとられ一切の抵抗も許されずに排斥されていく。最初は抵抗していたが、格好で。


「……間に合ったのだな。あの子が無事に生き返って、よかっ……た……」


 奇蹟を見届けると彼女は安らかな表情を浮かべて目を閉じる。心身共に限界まで伸びた糸が切れたのだ。エネルギーをほぼ使い果たし平らになった両が規則正しく上下する。

 さぁ、休息の時間だ。案ずることはない。この奇蹟を破れるものなど存在しないのだから──






大篷车キャラバン」、外周部にて。


 激闘は続いていた。

 DygxnnダゴンXiyrnt-gbgmtsナイトゴーントが逃げられないように上空にて監視する中、神たちは情報収集大虐殺に勤しむ。

 

 lqqfffイオドは持ち前の機動力を生かし、次々と海面を水切り石の如く跳ねながら移動。その重量で艦に体当たりを繰り出し海底へと送り込む。また異常発達した水管口吻を操り浮かぶ人間を海面に漂うどす黒い油ごと飲み干していく。その様子は鯨の狩りとよく似ていた。行っているのは巨大なホタテガイだが。


 Gokrhlubボクルグは己の体を液状に変化させ、高速で鋏を射出。ウォータージェットカッターの如く繰り出されるその攻撃は目標の大小に関係なく、鋼だろうと肉だろうとたやすく切断していく。そしてバラバラになった破片を顎脚がっきゃく(甲殻類の節足動物に見られる肢のこと)でもってつまみ、食べていく。その様子は元の生物であるエビ・カニ類とそっくりであった。


 Curhytxxaloクティーラは何の意図があるのか全く分からないが元となった生物、ミミックオクトパスの生態を使い擬態していた。伊勢型戦艦に。それでいて砲戦などではなく触手で艦をへし折ったり、あちこちから飛び出る嘴でもって獲物をむしり取る、という攻撃をしてくる。何よりも見た目こそ船だがその実海中を泳いで移動するので、翠玉国の兵士達は動きに翻弄されていた。


 そしてGvhxamsth-owaガタノゾーアだけは逆さ向きの顔を生やしたをただ海面に生やすだけ。といってもたまに思い出したかのように海面に叩きつけるのだが、その巨大さも相まって中々侮れない。


 こんな調子で我が物顔で海上を支配し、暴れまくる神たちであったが。まるで何かを受信しているかのよう。輝く膜はそんなタイミングで彼らの元へ到達。一切の抵抗をせぬまま排斥されていった。






 こうして台湾海峡の澎湖ぼうこ諸島を中心として半径25キロ圏内を包み込むように淡く輝く不可侵の膜が出現した。

 見よ、これぞ人の手による奇蹟。

 アルカマの情報子治療中に偶然手に入ったこの『力』こそ、この子が序列3位である理由。即ち最強の盾であり、戦略バランスをひっくり返すことも可能な中央大藩国ちゅうおうだいはんこくの真の切り札である。






 翡紅フェイホン達はその光景を呆然と眺めていた。あれほど強大な存在がこうも簡単に無力化したという現実に、感情が追い付いていないのだ。ために彼女の口は暫く空いたり閉じたりと、少しばかり間抜けな動作を続ける。

 そうしてたっぷり1分が経過して。ようやく紡がれた言葉は、


「きみってすっごいのね」


 という正直どシンプルなものであった。

 それに対する返答もまた、簡単どシンプルなもので。


「えへへ……」


 と言いながらはにかみ頬を染め、ほんの少し下を向く。

 再び顔を上げた時、アルカマの目は純粋な輝きに満ちていた。それを敬愛するガイアンへと向ける。ウサ耳やしなやかな尻尾を嬉しそうに揺らして。「褒めて!」のオーラを出しながら。


 だが……


「何やっているんだ、あいつら神たち


 ガイアンの表情は険しさを増す。不審に思いながらガイアンが見ている方向を皆が確認すると。

 その光景は確かに奇妙。


「ねぇ、アルカマ……くん? でいいのかな」

「くんでもちゃんでも、どっちでもいいですよ」

「そ、そうわかったわ。で、きみの能力ってさ、相手の動きも止めることができるの?」

「え? そんなことないですけど。あれ、ホントだ……まるで彫像みたいに停止していますね、呆然としている? みたいです」


 仮に彫像であるとしたらこれほど悪趣味なものはないだろう。ともかく、神たちは排斥された時の格好のまま、停止し続けていた。

 余りの不気味さに、兵たちの歓呼の声を上げようとしていた口はゆっくりと閉じていく。


──何か、とんでもないことをしでかすんじゃないか。

──まだ、何か隠し玉があるのでは?

──大きな攻撃の前触れ?


 皆の心に様々な不安や憶測が満ちようとした、その時。







【この壁。意外とスキマだらけですね。この壁。】

「…………えっ?」


 艦橋に積み上げられていた瓦礫が音もなく消えうせた。と思ったら、代わりにN'qzzs-Klivnclヌトス=カアンブルが降臨していた。

 それを認識した途端。


「~~~っっ!!」


 危うくこの場にいる全員が死にかけた。

 桁外れの威圧感が、翡紅フェイホン達を容赦なく襲い、本能的に死にたくなるという矛盾を引き起こす。呼吸をすることすら難しい粘つく空気の中、【彼女】は口しかない貌を向ける。怯えるティマの方に。

 そして一歩、踏み出s


「まぁとりあえず──ぶぶ漬けでもどうだい来て早々悪いけど出で行ってもらおうか?」


 一閃。


 何の兆候もなく【彼女】の真横まで移動していたガイアンが両手の短剣を振るう。【彼女】が持つぬめりと輝きうねる獲物、ウルミと三叉槍さんさそうの形に擬態した『盾』が迎撃する。

 『盾』はその身を幾重もの細かな剣となってガイアンの攻撃を全て防ぎ、更には攻撃元の殲滅を試みた。

 こうして翡紅フェイホン達の目の前で発生した戦闘はあまりの激しさ、素早さに目で追うことができない。何も知らない人がプロ同士の格闘技による対戦を見てどのような技を使っているのか理解できないのと同じ現象だ。

 その攻防はたったの30秒。刃がぶつかり合った回数は100。【彼女】の『盾』は何本にも細かく分かれ、嵐のような斬撃を繰り出す。

 対するガイアンは「自己を表すしんせいな」右手に伝説の武器であるアッティラの短剣を、「自己を隠すふじょうな」左手に伝説の武器であるシャムシール・エ・ゾモロドネガルをそれぞれ持ち、【彼女】に攻撃を仕掛けた。


 両者の戦闘を音だけで表すとこんな感じである。


──ヒュッ、ヒュ、ガガガガがガガガガガガガガガガガガガッガキキキキギギキキキンキンキンキンキンキンッガガガガガッキンガッキンドカカカカカカカガガガガガガガガッジャキキキキキキキキドカカカカカカカカカカカカカカカキィンッ!


 この戦闘において戦慄すべき点が2つ。

 1つは両者の位置が全く移動していないこと。2人は台風の目、刃の応酬は外側の暴風域にたとえることができるかもしれない。

 もう1つは、本人たちも含め第三者に被害が一切なかったこと。周囲の人物や物体に傷は1ミリもない。

 それはこれだけのスピードの戦闘に余計なものが一切なかったという証。


「おいおい、おたく強すぎんだろ。人間、辞めてね?」


 【彼女】はその軽口に答えず、口を閉じた。

 そして


「……ッ!」


 見つめられたティマが短く悲鳴を上げる。

 さっきまで【彼女】の口であった個所は、『眼』になっていた。直径10センチほどの、まんまるとした眼。人間でいう口の場所にあるがティマを射抜く。

 やがて【彼女】は眼を閉じた。そして再び開けた時には口に戻っている。


【もうほとんど塞がっている……成りつつあるのですね、ティマドクネス。では今は熟するのを待つとしましょう。また、逢いましょう。ティマドクネス。】


 まるで歓迎するような、親しみさえ感じる口調で【彼女】はそういうと、音もなく消える。代わりに消えたはずの瓦礫が出現した。

 

 そして声が聞こえた。この場にいる生き残った者全員の脳に、届く。


総神みなさま目下の心配事は解消されました王が重複することは避けられました。これより優先事項を変更、先程の知らせ通りですが、追い詰められているHaxszthulrわたしたちのおうを救出しに行きます。それでは総神みなさま、おうちに帰りましょう。Gvhxamsth-owaガタノゾーアは引き続き王の心臓本体を追いかけてくださいね。総神みなさま。】


 その言葉を受けて、まさかの知らせに呆然としていた神たちが動き始める。

 Gvhxamsth-owaガタノゾーアがその巨大な鞭毛を海中に沈め、海域から離脱する中Dygxnnダゴンが下に降り立ちその巨大な口を開ける。まるでカバのように。そこに向け次々と神たちが移動、中に収納されていく。最後にlqqfffイオドが入った段階で口を閉じる。

 そしてDygxnnダゴンの背にNouddxenzsノーデンスが跨る。その様子は人が馬に乗る様子とよく似ていた。

 そしてDygxnnダゴンは後ろ足を生やし……まるで馬のように……そして空を駆ける。パカラッ、パカラッ、という音でも聞こえそうだ。


 





 こうして神たちは去っていった。

 既に太陽は沈み、分厚い鈍色の雲海が闇をほんの僅かに彩る。

 危機は去った。

 喪った者たちへの鎮魂は一先ず置いておこう。

 祝おうではないか。我々は、生き残っ勝利したのだから。



 命が続く喜びを嚙み締める声がそこかしこで上がる中、翡紅フェイホンはティマの元に近づく。発作も落ち着き、戦闘の疲れからか泥のように眠る彼女。

 そんなティマのそばまで近づき、しゃがむ。体をペタペタと触る。何度も、何度でも、何かを確かめるように。嘘であって欲しいと思いながら。

 翡紅フェイホンの希望は打ち砕かれた。

 決定的瞬間を目撃したのだ。


 それは、ティマの右足にあった。

 裂傷。筋組織までむき出しになるほどの、酷いもの。それが、すさまじい勢いで。肉が盛り上がり、傷を塞ぎ、跡も残さずに。

 特攻機による攻撃で多くの傷ができたはずの彼女はいまや無傷。


──ありえない! あれからまだ30分も経っていないのよ! 彼らの種族が使う治癒魔法はここまで怪物じみたものではないはず。というかそもそもティマは治癒魔法を魔道具なしに使えないはずでしょ、魔素マギジェン切れのことも……ある……あら? おかしいわ。何か、ものすごく……何かが


 翡紅フェイホンは思考の海に潜る。そして今までのティマが取った行動を反芻する。


──さっきティマが魔法を行使した時、無詠唱だったわ。おかしい。今までは最低でも1分近い詠唱が必要だったのに。我を失って暴れた時も、あの複雑な詠唱アムハラ語を喋ってたわ。

 なのにさっきは突然行使した。撃って初めて「あ、魔法を使ったのね」、となったほどに何の兆候もなく、いきなり。

 それに魔素マギジェン切れの症状。これもおかしい。仮にそうなったら全身から激しく出血して、補給しないと死んでしまうはず。なのに、補給してないのに、彼女は生きている。どうして?

 さっきは確かに魔素マギジェン切れの症状…………まって。もしあれがそうだとしたら余りにも軽すぎる。ただ吐くだけなんて! これっぽちも肉片とかなかった。じゃあどうしてああなったというの? 

 ノロウイルスとかじゃないでしょ……まって。神たちが登場した時なんて言った?

 彼らの言葉は克明に覚えている。忘れられるわけがない。確か……

【さて、総神みなさまHaxszthulrわたしたちのおうのため、を、この手に。を、この手に。さて、行きましょう、総神みなさま。】

 ……ティマが心臓の仔を孕んでいる、ですって? 仮に誰かの子供を授かるとしたら、それは考えられる限りヒロシしかいない、はず。

 心臓の仔。誰の? さっき【彼女】は言っていた。、と。

 ということはヒロシって王の心臓なの? 彼らの口ぶりから察するに王とは、異形の王よね。だとすると。ヒロシは……異形生命体!?


 どんどん奥へ奥へ、潜っていく。深層あるのは、果たしてなにか。


──仮にティマがヒロシ異形の子を授かったとすると。魔法を中断させたあの症状。まさか。? 

 まさか今まで食欲不振だったのって、単なるストレス以上のものがあったっていうの? 神たちが今日降臨したのも、目的はティマの中にいる胎児だったってこと?   

 いや、神たちだけじゃない。第四帝国も……確かこう言っていたわ。

「その人物キャラ世界の均衡ゲームバランスを崩す因子バグを抱えている可能性がある」

「健全な戦争ゲームを遂行するに当たって、新たな神を孕むチート行為を働く可能性があるような因子バグ帝国政府運営は認めない」

 彼らの目的も、やはりティマの……。とすると恐らく妊娠しているのは確定かもしれないわね。

 でも、まだわからないわ。これまでの情報から、ティマの体に大きな変化が生じているのは確実。でも子供を身ごもることでここまで変化するはずがない。まだ何か見落としているのね。何かを……


 その時、翡紅フェイホンの脳裏にさっき聞いたばかりの言葉が再生された。

【もうほとんど塞がっている……のですね、ティマドクネス。では今はとしましょう。また、逢いましょう。ティマドクネス。】


──【彼女】はどういう意味であんなことを言ったのかしら。「成りつつある」、何に? 「熟するのを待つ」、何が? まさか、を言ってる? そんな、そんな! 

 仮にそうだとして、いつ混沌ケイオスに感染したというのよ。やっぱりヒロシ異形と性交した時? いや。それは性急過ぎる気がする。

 混沌ケイオスを病原菌に例えると、感染経路は空気、飛沫、そして接触。先2つは違うわね。私たちの中に異形化した者がいないんだから。じゃあやっぱり接触? だとしたら私も怪しいわ。甘嚙みとか、添い寝もしてるし……。

 接触感染。感染源に触れたり飲み込む、体に取り込むことで感染する。ティマがヒロシの『特別な何か』に接触、つまり取り込む必要がある。とするとやっぱり精液? まさか血液じゃないわよね例えばキスした時にうっかり、みたい、な……


 思考が止まってしまう。思い出してしまう。それは、ほんの2か月ほど前のこと。金浦きんぽ要塞での出来事。あの時、ティマは負傷して。ヒロシに治してもらった。どうやって?


──次に銃創に向けて指を抜き取った際にできた傷より垂れるを垂らす──

──人差し指を銃創に向け──

──やがて……キズは完全に塞がった──






 これだ。解は出た。あの時から、全て始まっていたのだ。

 体の震えが止まらない。汗が止まらない。歯はガチガチと不快な音を鳴らし、今すぐ叫びたい衝動に駆られてしまう。けれども。わたしは。

 ゆっくりと両腕を、ティマへと伸ばす。優しく掴み、引き寄せ、抱きしめる。

 ティマは、わたしの、わたしたちの、仲間だ。

 たとえどんな存在になろうとも、決して見捨てるものか。決して。絶対に。見捨てるものか!

 心の中で吠え立てる。


 その一方で、今日の一件でわかってしまった。

 ああ、なんて私はこんなにも。無力なんだろう、と。

 もう堪え切れなかった。静かに涙を流す。誰にも見せることなく、静かに。


 共有してくれる人はもう、いない。

 





 そこで、あなたの見たこと、現在のこと、今後起ろうとすることを、書きとめなさい。

 ──ヨハネの黙示録 1:19











カスピ海、海上にて。


「一応な、説明してやるよ。なぜ我らがここにいるのかを! それはな、お前たち異形生命体の行動パターンが完全に変わったからだ! 身に覚えがあるだろう? あるに決まってるよな。なぜなら──」



 お前が指揮しているからだ。お前がだからだ。


 

 計1万の軍勢を従えし大王、キュロス3世はそう言い放つ。鋭き眼光の先に、湖畔に堂々と立つのは。

 極彩衣の王、Haxszthulrハスター


「……………………」


 この星の王が2人、揃った。

 舞台も役者も、揃った。

 今まさに、最終決戦THE SECOND BATTLE前奏曲プレリュードが始まる。

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