~Epilogue~ 決戦

 (前略)太刀の徳(1)を得ては、一人にして十人に勝つ事也。一人にして十人に勝つならば、百人にして千人にかち、千人にして万人に勝つ。然るによつて、わが一流の兵法に、一人も万人もおなじ事にして、武士の法(2)を残らず兵法といふ所也。(後略)

 ──宮本武蔵著、五輪書、地の巻「兵法二つの字の利を知る事」より抜粋








 そこは奇妙な場所であった。

 極彩色ごくさいしきに色づく空。大地。水。そして空気までもが薄っすらと色づく。色は絶えず変化し、常に流動する。まるで巨大な生物の内臓の中にいるような、そんな狂気じみた考えが頭をよぎってしまう。

 そして周囲を取り囲む極彩色の、太陽柱サンピラー。何百本もあるそれらは陽炎のように揺らめく。この場は幻である、と主張するかのように。



 現在位置はユーラシア大陸、中央アジアと東ヨーロッパの境界にある世界最大の。その名は──カスピ海。







 西暦2298年 12月25日 PM12:19。

 カスピ海低地、ヴォルガ川下流域デルタ「アストラハン」にて。



 向かい合うは大王、キュロス3世率いる「不死たる王の守護者イモータルズ」計1万と。全異形生命体を統べる極彩衣の王、Haxszthulrハスターただ1人。

 イモータルズがゆっくりと間合いを詰め、Haxszthulrハスターを包囲する中、敢えて大王は話しかける。


「神秘部の解析によると旧時代21世紀からつい5年ほど前までお前ら異形生命体の行動パターン……というよりそこに込められた意図というのはだいたい3つらしい。曰く、『領土拡張すむばしょをひろげる』と『脅威殲滅じゃまなやつをたおす』と、『感染繁殖なかまをふやす』だ。で、これを。旧時代の人類が敗北した理由がこれだ。1度でも異形生命体が出現した土地は混沌ケイオスに汚染され、原住民は倒される。異形を倒そうと兵士を派遣したら彼らも混沌ケイオスに感染して新しい異形となる。負のスパイラルというやつで何をやってもこのサイクルを止めることはできなかった……」


 唯一の例外が2097年の最終決戦、ユーフラテスですがそれとて一地域での話。地球規模で考えると微々たるものでした。と、大王のそばに控えるメイド、ラルヴァンダードがそう補足する。


「だが……5年前から急に動きが変わった。お前たちは獲得した領土から定期的に軍勢を送り、『脅威殲滅じゃまなやつをたおすを行い始めた。なぜそう断言できるかわかるか? それはな、ここ5年間! おかげで我らは防護服なし丸腰で生きてここまで進軍できたよ……まぁ他の勢力はまだこの事実に気づいていないようだがな。お前たちにはもう兵士は入らない、頭数の次は質、熟成期間に入ったというわけだ」


 じりじりと包囲網が形成されつつある。何を考えているのか、全く分からないがHaxszthulrハスターは大王の話を行儀よくじっと聴いている。


「根拠はちゃんとあるぞ? お前たちは5年前からに向け進撃を開始したな? 私に言わせればあれは『予行演習』、『経験値稼ぎ』にすぎん。来るべき第四帝国と我が国を殲滅するためのな。台湾海峡では激戦が繰り広げられている筈だが……私の信頼する部下5人を送ってある。そして今ここに我らがいることが、最大の援護射撃となるだろう。彼らの失敗を覚悟しておくんだな! …………正直お前たちが恐ろしいよ。既に人類を滅ぼす力を持っているにも拘わらず、全く油断してないのだから。そしてこの事実こそ、今日お前を斃す理由となる!」


 イモータルズの各員がそれぞれの得物をHaxszthulrハスターに向けた。完全に包囲されているにも拘わらず、王に動きはない。ただ黙って、傾聴している。


「おまえは明らかに未来を見据えて行動している! そのような個体が群れを統一し、指揮するときこそのだ。ならば我らがすべきことはただ1つ──指導者として成長する前に叩き潰す、だ!」


 その声を合図として四方八方から一斉に兵士が攻撃を開始【黒きハリ湖の微風】──届かない。Haxszthulrハスターが着る極彩色のローブ、その内側より発生した一陣の突風が兵士の動きを受け止め、10メートル程押し戻す。

 微風の前にはいかなる抵抗も無意味。まるで審判が「仕切り直し!」の命を下したかのような不自然さであった。


 ようやくHaxszthulrハスターの口が開く。美しい女性の声であった。


「ワタシが読んだ書籍によりますとこういった行為、奇襲というのは卑怯だとか卑劣ものらしいですね? スゴク・シツレイ! に当たるのだとか。せっかくのタイマン、というのでしたっけ。なのですからお互い正々堂々としませんか。」

「そうそうその前に。そこの男さん? 色々と教えてくださってありがとうございます。おかげでより良き指導者となるための心構えがまた1つ、増えました。」

「なのでお礼としてワタシからも1つ教えましょう。今のワタシは心臓がない状態。エネルギー源がない状態なので傷を回復することができないです。」

「では、ワタシも失礼して──【黒きハリ湖の】。」


 ごぽり、とHaxszthulrハスターの足元が陥没。そこからまるでイソップ童話に伝わる「ヘルメースときこり」のように武器が計3つ浮上してくる。

 それを見た兵士達が驚きの声を上げる。


「なぁ、あれって」「見間違え、じゃないよな」「おいおい……なんでそこにあるんだよ」「ふ、ふざけるな! それは元々俺たちのものだろうが!」等々。


 感情の起伏が乏しい声でラルヴァンダードが淡々と呟く。


「なるほど。大嶽ケ丸おおたけまる達がいくら探しても見つからなかったわけです。とっくに盗られ鹵獲されていたのですね。……みなさま、お気を付けください。あれらは対人に特化した能力を持つ神の肉体によって創られた武器、神器でございます。決して攻撃を受けてはなりません」


 注意喚起の意味合いを兼ねてか、彼女は淡々と解説する。


・神器『天叢雲剣あめのむらくものつるぎ

 能力は規定回数以上のダメージを与えると対象を強制撃破するというもの。対象が武器・物であった場合原子レベルまで分解され、生物であった場合は即死となる。即死効果は生物的特性を完全に無視する。この場合のダメージは掠り傷も計算に入る。規定回数は毎回ランダムに決まり、その回数は2桁の数字の何れか(10~99)。


・神器『グングニル』

 能力はこの武器で与えた初撃は再生不能であるというもの。この効果は対象に命中するまで永続する。二撃目以降は普通の武器として扱われ、特殊能力等は発動しない。再生不能効果は生物的特性を完全に無視する。


・神器『ミョルニル』

 能力は対象のあらゆる防御を全て貫通し内臓に直接ダメージを与えるというもの。貫通効果は生物的特性を完全に無視する。この場合の内臓というのは概念的なもので、簡潔に言うと『覆われたものの内側』ということ。無機物の場合は結晶構造の内側となる。



 

「ですがこれらの神器は全て、と旧時代の資料にありますが何故Haxszthulrハスターはそんなものを取り出して……えっ」


 その驚きの声はラルヴァンダードだけでなくこの場にいる全員が共有した。Haxszthulrハスターの極彩色のローブ、その足元から何かが出てきた。それは人の、女性の、生足。

 さらにローブの内側が少しずつ膨れ上がり何か、いや、が出てきた。







 それは輝く美しい黒髪を持つ、黄金比に祝福されたような顔、体つきを持つ女性であった。本来であればその美貌を振りまくはずの表情は硬く、永遠の苦しみに満ちていた。四肢は極彩色にうねる無数の触手によって雁字搦めに拘束されている。

 そんな彼女は今やHaxszthulrハスターの上半身部分から突き出る形となっていた。まるで組体操の演目にある「サボテン」のような形だ。極めて痛々しく、それでいて冒涜的な光景。


 そして彼らは知る。まだ序の口であったことを。






 Haxszthulrハスターから生えるような格好の女性、その両腕が水平方向に動かされる。手のひらがくっきりと見える形となった。

 両手に触手が迫る。彼女の両手に触れ、を整える。右手は何かをつかむような形に。左手は親指と人差し指を真っ直ぐ伸ばし、残りは右手と同じに。


 そして…………優しく、右手を引っこ抜く。左手の五指をぐ。

 ぴゅっ、と鮮血が飛び散る。


「う……ぐっ、あぁ…………!!」


 囚われている女性が呻いた。生きているというより、生かされているのだ。


 右手と左手の五指はそれぞれ触手の先端に固定された後、足元の神器へと伸ばす。


 右手は『天叢雲剣あめのむらくものつるぎ』の柄を握る。

 左手の五指の内、親指と人差し指は『グングニル』の根本をつまみ、残りは『ミョルニル』の柄を掴む。


 その瞬間、合成音声が流れ出る!

 出元は、3つの神器。


〈遺伝子情報を照合中…………完了。個体名、人造英雄マスターキー時化しけ」の生体反応と併せて確認が取れました。これより人造神器の能力を開放します…………よい狩りを。全ての異形に終焉を。人類に勝利を!〉


 それを確認してHaxszthulrハスターは武器を引っこ抜く。戦闘準備は無事に完了したのだ。


 一部始終を目撃した兵士たち全員から最大級の殺気が放たれる。これでより合理的な理由付けの元、遠慮なく王をることができるであろう。

 最早号令など、必要ない。


 一陣の風が薙いで。

 両者、示し合わせるかのように。



 ──激突!

 


 最終決戦THE SECOND BATTLE前奏曲プレリュードの開幕、その合図となった。






                               第8章 END


次章、最終章「残照」。名前の通り次で第一部完結となります。

お楽しみに!



以下、格言の脚注です。


(1)……太刀の威徳、はたらき。古来の霊剣思想がある。

(2)……「合戦の道、一人と一人との戦ひも、万と万のたたかいも同じ道なり」をうける。


 引用元:岩波文庫「五輪書ごりんのしょ」 著者:宮本武蔵、校注:渡辺一郎 2018年12月25日第57刷発行

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