第9章:残照

アジアの末裔。その旅路の再開。

アルカマのひみつ


 ホントかしら。ねぇ、……ホントの本当?

 私は最大限の疑いの眼差しを向けながら、手を伸ばした。


 ほんの僅かにふにゅり、とした触感がした。防寒用の厚いコートだから絶対の自信があるわけじゃないけど。手のひらからほんの少しはみでるぐらいの、丁度良いくらいの大きさの、

 男女共にウケがいいタイプね。って、何考えているのかしら私。

 さっきの台詞、その衝撃がまだ残っているのね。


 まぁこれでアルカマは女の子。間違いないわ。

 じゃあさっき、この子はなんであんな変なことを言ったのかしら。確かめるべき、ね一応。


「ちょっと失礼するわね」


 最低限の断りを入れてから私はアルカマちゃんの股下、股間部分を台形スカートの上からほんの少し、触れる。










 


「……………………はい?」


 これが意味することは、アルカマくんは。そういうことね。

 

「えっ? いや、……は?」


 いやそんなバカな。じゃあ上のは何だったのよ。未知の事象に頭が混乱する。思考が爆速でウロボロスみたいにぐるぐると回る中、ようやっと台詞を絞り出す。


「つまり、さっき君が言った『アルカマには性器が2種類あるんです!』というのは」

「そうです翡紅フェイホンさん本当のことです」


 どことなくムスッとした表情と声色でアルカマ……くん? それともちゃん? はそう答えた。


「えぇ……」


 今まで生きてきた常識がガラガラと音を立てて崩れる、という幻覚を翡紅フェイホンは見た気がした。





戦いがあった、次の日。

2298年、12月26日、AM11:28

澎湖ぼうこ諸島、安山アンシャン漁港

葛城型測量スループ船「大和」、特設船室(改造の結果設置された。オリジナルにはない)にて。


 事の始まりは私と中央大藩国ちゅうおうだいはんこくの序列1位、ガイアンと一緒にティマとアルカマを起こしに行ったことが始まり。


 第四帝国の黒船・白船、そして異形の神たち。彼らとの連戦によって多くの人々と艦が傷つき斃れ、沈没していった。

 その後のいわゆる戦後処理、というのは不眠不休で現在も続けられているのだが体力的に消耗の激しかった者、負傷した者は当然休ませてある。

 彼ら2人もその内の1人だ。


 で、ガイアンが「これからの復興にアルカマは必ず役に立つからさ」言うのでとりあえず起こしに行ったら──おかんむり激おこのアルカマが待っていたのである(ティマはまだ寝ていた)。


 アルカマはうっすらと涙ぐみながら「どうしてこのパーツを使った」とか「組み合わせないで」とか「この耳と尻尾のせいでものすっごい敏感」だのとガイアンを攻め立てたのだが、私には何を言っているのかさっぱりわからなかった。

 そしてタイミングを見計らってどうしたのか、と聞くと返ってきたのが


「今のアルカマじぶんには性器が2種類あるんです! おかげで色々とバランスが崩れて気分が悪いんです。つい前のめりになってしまうとか」


 というので「そんなバカな」と思いつつ確認したら……真実であったというわけ。


 対してガイアンをはN'qzzs-Klivnclヌトス=カアンブル戦で見せた勇猛さは何処に消えたのか。ひたすらに謝っていた。


「いやーマジですまんすまん。緊急事態だったからさ、パーツを選んでる余裕がなくて」


 アルカマの怒りは中々収まらず、50センチ程の尻尾をぶんぶんと怒りを代弁するように激しく振り回して──振りまわ────ちょっと待ちなさいよ。

 男性器、女性器はまぁいいとして(?)も、その尻尾、その獣耳ウサ耳は一体何なのよ。どう見ても人間由来じゃない器官、というかじゃない。旧時代にあったコスプレとかいうやつ?


 さっきから驚きの連続で少しばかり思考能力が低下していたのか、はたまた魔が差したというべきか。私はつい目の前で荒ぶるアルカマの尻尾を掴んだ、その瞬間。


「ひゃうっ⁉」


 かわいらしい声と共に尻尾が逆立った。全く同じタイミングで、獣耳ウサ耳も。


──あ、これ本物なんだわ。


 そして自分がやらかしてしまったことを悟った。










 ガイアンが語った話を要約するとこんな感じね。


 結論から言うとアルカマの種族名は『モジュール式人造生命体ホムンクルス、試作0号機』というらしい。

 字面からもわかる通りアルカマは人間ホモサピエンスではない。いや、だったというべきか。


 いわゆる難民出身、出自が定かではないアルカマは旧イエメン共和国の遺跡都市マアリブで保護された。その際に判明したのはこの幼い赤ん坊はとある難病を患っていたということ。しかも複数の。

 それが先天性の「X連鎖リンパ増殖症候群」及び「X連鎖無ガンマグロブリン血症」。

 簡単に言うと前者はT細胞やNK細胞がうまく機能せずウイルス性の病気に罹りやすくなる病気、後者は抗体を産生、分泌しそれらを記憶する大切なB細胞が殆ど作られない為に細菌感染症を反復してしまう病気である。

 要は免疫不全症であり、アルカマの場合上記の通り細菌にもウイルスにも弱い……それも途轍もなく弱い体であったのだ。


 直ぐに中央大藩国ちゅうおうだいはんこく屈指の医療技術を誇る「AH総合医療センタービマリスタン」に収納され、免疫グロブリンの定期補充等の治療がなされた。

 だが、そもそもこれら2つの病気が合併したなどという症例が過去なかったためか中々治療の効果は表れず、医者たちにとっても、まだ赤子であるアルカマにとっても日々命がけの戦いとなる。


 それが1年程続いたある日、当時はまだ魔王国ガネニ・ネグス・ハゲリから亡命したばかりのA・P・ウェルズ博士と序列4位・パラケルススの助手であり優れたエンジニアのウィダード・ハイヤームがとある治療法を試してはどうか、という提案がなされた。


 それが『情報子治療』である。

 概要としては、物質を構成する最小単位である情報子のコードを解析、ことで対象の存在を変化させるというもの。

 うまくいけばアルカマの病気を消し去るどころか『なかったことにする』ことすら可能な夢の治療法であった。


 こうして始まった大手術は72時間にも及び……アルカマの肉体は崩壊し、液状になってしまった。

 手術は失敗となったのか? なにせ肉体の形が崩壊したのだ、これはどう考えても失敗だろう。当所、誰もがそう考えたのだが。


「いや、そうとも限らないんじゃないか?」


 と、指摘しまったをかけたのがこの計画を承認した者の1人であるパラケルスス。彼女は物の試しにと、アルカマをDEM計画用に開発中の人造生命体ホムンクルスに流し込んでみたところ。







 誰もが予想だにしない現象が起こった。

 人造生命体ホムンクルスはアルカマにのだ。それは存在が上書きされたとしか解釈しようのない、奇蹟。

 こうしてモジュール式人造生命体ホムンクルス、試作0号機。愛称『アルカマ』は誕生したのだ。






連絡船「アルゴー号」にて。



「というわけさ。……名前の由来? ああ、それは月の神に由来しているんだ。紀元前8世紀末だったかな。サバア王国という国がアラビア半島南部にあった。ちなみに遺跡都市マアリブの主な。で、その地域では天体信仰が主流だったんだが、その信仰体系で最上位神だったのが月の神『アルマカフ』なのさ」

「へぇ。……うん? フ? 逆じゃない、ちゃんの名前と」

「それな。この知識をタルムード国立アカデミーでしたサイファっていうもじゃもじゃ女がいるんだが、そいつのミスなんだよ」

「もじゃもじゃ女?」

「あの根暗昆布、翻訳する際にスペルをミスりやがったんだ。ええーと、本来であれば「Almaqah」というのを「Alqamah」てな感じでな」

「すぐに修正しなかったの?」

「それがよぉ、ミスが判明したのは1年も経ってからなんだ。例えば1週間、とかならよかったんだがな」

「なるほどね」


 思わず唸る。想像以上に深刻な話だったからだ。


──この子も中々に壮絶な過去を持っているのね。


 獣耳ウサ耳に接触しないように気を付けながらアルカマの頭を撫でつつ翡紅フェイホンはそう思った。彼女は今、船酔いでダウンしているアルカマを膝枕している格好だ。


「で? まだ肝心な事を聞いていないんだけど」

「何だっけ? うお、そう睨むなって。こいつの体のことだろ? まぁそんなに難しい話じゃない。名前通り、アルカマの体は細分化された大量のモジュールを組み立てて構成されているんだ」

「パーツってことは色々とカスタム仕様変更できるってこと?」

「そゆこと。身長、体重、髪の色や長さ・材質、肌色、筋肉量、性器の種類や有無、拡張器官……色々だ」

「それで化やらケモノ要素が、というわけね」

「ああ。いっとくが今回のケースは不本意なものだ。本人曰く、2種類の性器があると体内のバランスが崩れて相当気持ち悪いらしい。あとケモノ耳や尻尾は感覚、特に触覚が鋭敏になってしまい色々と大変なんだ。例えばこの尻尾なんて慣れるまでは椅子に座る事すらできなかったり、だ」

「それ知っててよくこんな事したわね。そりゃぁ怒られるわよ」

「うっ」

「他のパーツを使えばよかったじゃない」

「それが自家用機にはこれしか在庫がなくてなぁ。今本国に発注してるんだが、完成するのは1週間後だと」

「前もってストックしておけばいいのに。それともこの子のパーツって量産が難しいの?」

「大正解。というよりアルカマのパーツはんだ」

「どうしてよ。あなた達の技術ならその程度造作もないと思うけど」


 翡紅フェイホンのもっともな疑問に対しガイアンは苦虫を嚙み潰したような顔でこう答えた。


「アルカマのパーツは全て生体パーツ、無数のゼノボットを組み合わせたものだ。そしてパーツを生産するとき、魂を一致させるためにアルカマ本体を少し混ぜる必要がある」

「魂の一致? というかアルカマ本体って何よ」

「初めて聞くと分かりにくいよなぁそこんとこ。本体ってのはさっき話した手術の結果、液状化したアルカマのことさ。位相変位した魂、略してP.D.Sって俺たちは呼んでる。これを混ぜとかないと何故か生体パーツは機能しない。そしてこれがアルカマの最大の問題点なんだよ」

「最大の問題点? 免疫不全はもう解決したんでしょう?」

「それがなぁ……解決しなかったのさ」

「えっ?」

「P.D.Sを混ぜるということは、そのパーツをアルカマの一部と定義づけること。そしてアルカマという存在の定義は……自己防御・修復ができない個体。本来なら機能するはずの自己修復機能、人工免疫細胞群はその働きを停止。根本的な問題点を治せなかったんだ、俺たちは」

「ひょっとして、鮮度が保てないってのは」

「そう。だいたい10日前後でアルカマの生体パーツ群は壊死するんだよ。ご覧のようになるべく厚手の服で全身を覆い、少しでも雑菌が体内に入らないよう工夫はしているつもりだが──何事も限度というものがある。だからその度にパーツごと取り換えるのさ」


 言われてみるとこの子が着ている服に肌の露出はほぼない。せいぜい顔だけだ。スカート下の足は灰色の厚いストッキングで覆われているし、両手も白の手袋だ。


「じゃぁ、この子は何度も死んでるの?」

「へ? いやまさか。アルカマの魂はP.D.Sに宿ってる。で、取り換えるたびに血液凝固因子剤プロトロンビン&フィブリノーゲンを注入して血液ごとP.D.Sを固まらせて──普段は血漿けっしょう内に混ざって体内を循環しているからな──新しいパーツに入れる。そして抗凝固薬ワーファリンで溶かせば元通りってわけ」


 今聞いた薬品名はどこかで聞き覚えがあるわね、どこだったけ。

 あ、思い出した。昨日アルカマが狙撃された後にガイアンが叫んでいたわね。この男の説明が正しければあの時、この子は死んでいなかったのね。

 故障、という言い方でいいのかしら。


「なんだか話を聞く限り、情報子治療をしたことで助かったから結果としてよかったけれど、余計に負担を増やしたように感じるわね。この子にとっても、周りの人々に対しても」

「まぁ確かにそう思うよな。でも、決してデメリットばかりではないんだぜ。例えばこの肉体になったおかげでアルカマは疑似的な不老不死になった可能性がある。まだ今年で5年目だから確定ではないけどな。他にも──お、丁度いい。これから証明できるかもだぜ、こいつのもう1つのを」


 乗船しているアルゴー号がゆっくりと減速していく。目的地に着いたのだ。血と硝煙の臭い。昨日の戦いの跡が生々しく残っている。

 彼らの目の前にいたのは、痛々しく、傷だらけの戦艦。大和型戦艦「信濃」であった。

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