ひみつが来た

戦艦「信濃」、艦首付近にて。



 くちゅくちゅ、くちゃくちゃ、くちゅくちゃ。


 アルカマの小さな口が咀嚼音を奏でる。中には大藩国の子供たちが大好きな甘酸っぱい味。

 マアリブ大堰堤えんていを中心としたアラビア地域の農業特区で生産されたものを原料とした、この世界で最も美味しい果実。グアバ味のガム。


 アルカマは至福を既に10分は味わっている。少しばかりの睡眠で体調もある程度は回復し美味の力も加算された結果、アルカマの機嫌は取り敢えずは直ったようだ。その緩んだ表情が何よりの証拠。


 更に5分が経過して。


 優れたバイオテクノロジーにより忠実に再現された生理現象の結果が今、


 さらりとした液体が口より漏れ出て信濃の甲板に小さな水たまりを作る。

 それを見て思わず怒りの声を上げようとする兵士たち。不可解な顔をする高官たち。それらの反応はごく当然のもの。

 

 命を預ける武器艦艇を垂らされたら誰だってそんな反応になる。


 そしてとある1人が感情を爆発させようとした、その時。

 が、聞こえた。











 グググググッ、メキメキメキメキメキッ、ゴゴゴォ!


 信濃がをする。まるで命を吹き込まれたかのように。そして命あるものは……恒常性ホメオスターシスを持つ。

 直撃弾4、魚雷8、特攻機4、至近弾100発以上。これらにより発生したの膨大な量の「侵襲」は次々と再生していく。

 まるで生物の体のように破孔は盛り上がり、塞がれる。破損し折れ曲がった砲身はビデオを逆再生するかのような気軽さで元の状態に戻る。吹き飛ばされた各種武装はまるで爪のようにニョキニョキと生えてあるべき場所に帰ってくる。


 こうして僅か15分という時間で信濃の修理は完了。彼女の全身状態の評価は最悪から最良へとなったのである。


「これは……奇蹟なのか……?」


 つい先ほど怒りの声を上げようとした1人が呟く。その場にいる全員の目線は突然胸についた重量おっぱいのため、慎重にバランスを取りながら歩くアルカマへと釘付けであった。

 

 こうしてデモンストレーションが終わり、ガイアンは翡紅フェイホンに渾身のドヤ顔でこう告げる。


「こいつはな、情報子治療の結果『自分以外の全てを守ることができる』という存在に成ったんだ。有機物には全てを弾く盾で、無機物にはすべての損傷を修復する分泌液で、という風にな。まーそれはともかくだ! さっき言ったろ、『これからの復興にアルカマは必ず役に立つ』ってな」






 ◇

 翠玉国の復興は迅速に進む。本来であれば一隻ずつ「ΉφαιστοςヘパイストスΛήμνοςリムノス」をはじめとする数隻の工作艦でもって修復する必要があったのだが、アルカマの力がそれらの過程を全て省いた為だ。

 またガイアン達が搭乗していたアダムスキー型円盤機UFOは重傷者を中央大藩国ちゅうおうだいはんこくに送り届け、戻るときには様々な物資を抱えて輸送するというピストン輸送を行った。機数はたったの1、そのペイロード運搬能力は5トン。難民支援としてというのは些か少ないようにも感じてしまう。


 しかし実際のところ大変役に立ったのである。

 というのもこのアダムスキー型円盤機UFO、恐ろしく速い。ここ澎湖ぼうこ諸島から彼らの一大補給物資集積所があるコロンボまで、約4400キロを僅か2時間ほどで往復してくるのだ。しかも24時間体制で。


 迅速な治療が必要な重病者はあっという間に移送され、その代わりに食料や生活必需品、燃料を満載した補給物資が積みあがっていく。

 翠玉の民たちは伝承にあるクリスマス・プレゼントのようだ、と表現していたという。










とある小型救命ボートにて。


「……ということをさっき聞いたぜDoctor」

<ほう、ほう。それはよかった。なにせぶっ続けで稼働してますからね。この機体も私も。そろそろ休みが欲しいものですなぁ、ちょっと聞いてくださいよもう4年ですよ、4年! 私がこの潜入任務に就いてから休みも全くないし、ようやく帰れると思ったら予想外のまで。いやー今までよく頑張ったよ、私。本当にそう思いませんか?>

「それって俺に対する皮肉とか批判とかいうやつ?」

<はは、まさかぁ。だってガイアン様は我々に対する命令権は持ってないじゃないですか──建前は>

「まぁな。ハルスネィウチの後輩がいつもすまんね。とはいえ別に高い椅子に踏ん反り返りながら威張っているわけでもないし、本人もよく動いてるからその分でチャラにしておいてくれ」

<ははは。そこまで本気じゃないんで大丈夫です。全ては勝利のためですから。ところで明日で引き上げるんですよね?>

「ああ。生体パーツ群の寿命が限界に達しつつある。そろそろ入れ替えないと」

<んー、消毒はガイアン様がしてるんです……ってあれ。アルカマくんちゃんは今どちらに?>

「あいつは今ティマドクネスという女のとこで生活しているぞ。それに消毒の件はぶっちゃけ誰がやっても同じだ」

<確かに。そのティマドクネスというのは……ああ、あの方ですか。ひょっとしておねショt>

「寝言は寝て言えや。アルカマは睡眠欲と食欲が中心のだから夜の関係にはならねーよ」

<おっとそうでしたな。で、彼らの様子はどうなんです?>

「結構いい感じだ。『ティマ姉さん!』とか呼んでたし」

<2人とも共通点がありますしね>

「ティマドクネスの方もだいぶ精神が持ち直したように見えたな。まだ完全ではないが、もう暴発することはないだろう」

<仮にそうなったらフェイ嬢死んでしまいますからね。それでは我々の目的は達成されないから大変困る、と。……ははぁなるほど。そのために2人をくっつけたんですね? ティマ嬢はだいぶ他者への依存傾向が強いから、その精神を安定させる最も手っ取り早い方法は他者をあてがうこと。それも庇護欲をそそらせる者を、という>

「偶々だ」

<はぁ、そうゆうことにしておきましょうか。あ、そうそう。AH総合医療センタービマリスタンにいるマズダ様からメッセージが>

「聞かせてくれ」

呂玲ロィレン、ジェルギオス、セメニーの3名の峠は無事に越せた、とのこと>

「そうか。取りあえずは一安心だな」

<それとジェルギオス様から別にメッセージをあずかっています。えーと……うわ、長がっ。要約すると『今のアルカマの写真を早く』>

「既読スルーしておけ」






 ◇

 軽巡洋艦「カピタン・プラット (ブルックリン級)」、後部ヘリポートにて。


 信濃の奇蹟を見てからもう一週間も経った。この僅かな期間でアルカマは100隻を超える艦艇の「修理」をしてくれた。おかげで「大篷车キャラバン」は、私達は歩みを進めていくことができる。


 と、改めて今回の立役者であるアルカマちゃんにお礼を言おうと思って振り返るとそこには──

 ティマのお腹の辺りに額をぐりぐりと押し付ける子供アルカマの姿があった。その姿は小動物が甘えるようでとても愛らしさを感じてしまう。


「随分と仲が、その、良くなったのね」

「……ええ、懐かれた、ようです」


 まだぎこちないが久しぶりにティマの笑顔を見た気がするわ。少しは精神状態も改善できたということ? この一週間は大忙しだったし、もあったから中々様子を見に行けなかったけど。これならなんとかいけそうね。


「おっ、アルカマがこれをやるのは珍しいな」


 音も立てずにガイアンが翡紅フェイホンの横に並び立つ。


「こいつがああやって甘えるのは純粋な愛情表現なんだよ。一切の混じり気のない、単純なものさ。それよりも、大丈夫か?」

「何がよ」

「あんたの体調だよ。目は真っ赤だし、酷いだ。寝れてないのか?」

「それは……大丈夫よ。大丈夫、大丈夫だから」


 明らかに無理をしているが彼女はそう答える。ガイアンは敢えて何の指摘もしなかった。あと数時間でここを離れる身だ。今できることは何も、ない。


「さてと。サク桜宮ちゃん、聞こえる?」

<はい、こちらは感度良好ですフェイちゃん>

「体の調子はどう?」

<今日はなんとかこうして会話できるわ。ところで今日の見送りに私なんかが出席していいのかしら>

「何言ってるのよ。今はもう私達の仲間なんだから遠慮することはないわよ」


 端末越しに「そのセリフはウチのものですよ桜宮様ぁ」という声が聞こえる。神国日本の本当に少ししかいない生き残りのうちの1人、チトセのものだ。彼らの中でまともに応対できるのは実質彼女だけである。


「まぁ実のところもう1つ理由があってね、先方から名指しがあったのよ。なんでも直接伝えたいことがるんだって……何か心当たりはある?」

<いえ、特には。私に直接? 一体何なんでしょうか>

「お二方、そろそろ来ますぜ。多分ですよ、とは言っても今の見た目でそれとわかるのは無理だと思いますがね」


 

 そして彼女らの目上にアダムスキー型円盤機UFOが現れ、中から1人の男性が降り立つ。その口からはマシンガンのように言葉が飛び出した。


「ややっ、そこにいらっしゃるのは翡紅フェイホン様に桜宮様ではありませんか! これは誠にめでたい! あの数々の難局を乗り越え無事にこうして再開できたこと、これぞ奇跡というもの。可能であれば今すぐにでも我が国に招待して記念の宴を開きたいとつい愚考してしまいましたぞ!」


 これだけの長セリフを息継ぎなしで一気に繰り出す、一体どんな肺活量をしてるんだと突っ込んでしまいそうな、そんな彼の名は。


「久しぶりね、Akitu安芸津。 2年ぶりかしら」

<貴方は、宇喜多大臣!? 生きていたのですか>


 片方は何処か予想していた声で。もう片方は大変な驚きをもって。それぞれ同一人物を別々の名前で呼んだのだった。

 

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