~Weight~ 貫通

 戦術とは、一点に全ての力をふるうことである。

 ──ナポレオン・ボナパルト





澎湖ぼうこ諸島 澎湖ぼうこ島より北へ約5キロ、鉄砧嶼ティーチェンユーにて。


総神みなさま、久しぶりの情報収集活動だからでしょうか、張り切って虐殺に精を出していて何よりです。心臓の仔を孕みし者を、この手に。ティマドクネスを、この手に。そうすれば……嗚呼、ようやく復活の星辰じかんなのですねHaxszthulrわたしたちのおうが。そうすれば、今度こそ。帰ることができる。総神みなさま。】

「おい」


 一で戦場を観察しながら悦に浸るN'qzzs-Klivnclヌトス=カアンブルに向け、上空から声がかかる。声は音も出さずに地面に降り立った。


 そして光線を放つ。

 白き破壊の象徴が命中する寸前、体を折り曲げ、回避する【彼女】。上半身が下半身と分離した、とも錯覚するほどの急な動き。危うく両者がと表現すべき、物理的に有り得ないような光景が出現した。

 挨拶先制攻撃も早々にジェルギオスが口を開く。


「おまえがこいつら邪神どもの指揮を執っているんだな? いや、どう見たってそうだ。──我の子アルカマによくも手を出してくれたな!! 裁判にかけるまでもない、死罪だ、死ざ」

【裁判長、それは冤罪というものです。裁判長。】

「  」


 声にならぬ音と共に次の攻撃を放とうとしたジェルギオスの動きが、止まった。今しがたの怒りはどこかへと吹き飛び、入れ替わって激しい困惑があった。


 のだ、今。その行為のことを人はこう名付けた。


、だと。そんなバカな」

【裁判長、どうしてそう思われるのです? 裁判長。】

「──、3000万年前にお前たち異形生命体と接触して以来、ただの一度も交渉に応じなかったことが」

【裁判長。『交渉失敗』と『コミュニケーションが不可』を同じことと考えるのは短絡的ではありませんか? 裁判長。】

「っ、不意打ちをかましておきながら、正論を吐くっ、このォ!」


 ジェルギオスは飛び退しさる。攻撃から逃れるために。直前まで彼女が立っていた場所には、【彼女】の得物であるウルミが触手のように伸びて、突き刺さっていた。【彼女】に攻撃の兆候はなく、まるで武器が勝手に動いたかのよう。


【裁判長。私は元々人間でしたから、少しは話しやすいのかもしれませんね。そうですね、混沌人間サピエンス・ケイオスと言えばよいのでしょうか? それとそちらの人形に手を出した事実はありませんよ? 2か所、くりぬいたのは別の勢力かと。裁判長。】


 すっ、と一歩踏み出す【彼女】。顔に浮かんでいるのは異様に白い肌と、口だけ。まるで表情がないので(比喩ではなく直喩)得体の知れない恐怖を、ジェルギオスは感じていた。が頬をつたって地面に落ちる。


【ところで天野てんの君はいないんですか裁判長。あなたでは役不足だ荷が重いと思うのですが。裁判長。】


 直径250メートル程のこの小島で、見物人ギャラリーなき死闘が始まった。


「……というか使?」

【????】






同時刻。戦艦「信濃」にて。


 先の特攻で発生した損害報告が立て続けに入り込む。


「戦艦ニューヨーク、轟沈しました!」「戦艦ネバダ、全主砲塔旋回不可、照準つけられません!」「駆逐ブルーに総員退艦命令が!」「戦列艦ブラック・コールドロン黒き大釜号、大傾斜!」「空母ベインティシンコ・デ・マヨに大火災発生!」「巡洋艦インディアナポリスの全通信途絶しました!」「戦車揚陸艦のケサリと飛鳳ヒポン、機関停止につき航行不能!」「空母葛城に特攻機が4機突入、格納庫にて激しく炎上中!」「空母フィリピン・シーの艦橋、特攻機により大破! 艦長以下の生存は絶望的とのこと!」「巡洋艦ジャンヌ・ダルクの後部主砲群、全壊!」「巡洋艦ゴトランドのカタパルト倒壊、水上機用燃料に引火し火災発生!」「巡航客船紅玉ルビー及び桃真珠パールが轟沈しました!」「複数のタンカー船にて原油が漏れ出し周囲に引火、辺り一帯に火災が拡散中!」「空母ホーネットに特攻機が10機も突入! 大火災及び傾斜甚だしく総員退艦の許可の是非が!」「万景峰マンギョンボン38号、沈みます!」「巡洋艦北上、魚雷発射管に特攻機が突入、誘爆し爆沈!」「貨物船ダンシング・ベア及びヘンケ、貨物に引火し火災発生中!」「巡洋艦鞍馬くらま、応答なし! 各種電路が切断された模様!」


 これらの報告にある通り、特攻機は軍艦だけでなく民間人が乗る船にも容赦なく突入、その大部分が海面下に没しつつあった。もちろん、損傷艦は上記以外にも無数にある……。

 そして信濃は、翡紅フェイホンは、それらの報告にかまっている余裕、悲しむ時間は微塵もなかった。

 なんなれば、自分たちもその仲間入りとなりつつあったから。


「──っ! 衝撃、来ます!」


 艦長であるロマノフ・ユーリィの声と着弾の衝撃が、ほぼ同時に来た。信濃を中心に3つの水柱がする。挟叉きょうさされているのだ。これは簡単に言うと目標の周り360度に弾着が集中することで、こうなると次弾の命中率は格段に上昇するというのが一般的である。

 敵であるNouddxenzsノーデンスが放つ46センチ砲の散布界(着弾のバラつき具合を指す単語。一般的にこの値が小さいほど命中しやすい)は相当に小さいらしく、5分前に射撃を開始してから今に至るまでずっとこの状態であった。


 その為今回の砲撃が外れたことに一同、またも安堵の息をつく。が、その一方で不信感も芽生え始めた。それは何故挟叉きょうさするばかりで一向に命中しないのか? というものであった。


 この時彼我の距離は10キロもなかったのだ。人の目から見て10キロ「も」離れているというこの距離は、戦艦から見ると10キロ「しか」離れていないと形容することができる。

 要は事実上のゼロ距離射撃をしているはずなのだ。なのにお互いに、未だ命中弾は出ず。Nouddxenzsノーデンスの射撃感覚は10秒毎に1射、と物理法則を半ば無視したような速度であるにも関わらず、だ。


 少なくとも信濃がそうである理由は明確なのだが……。



 それは照準の甘さにあった。神たちが出現したとき大勢の人間が即死したというのは既に書いた通り。それはこの信濃も例外ではなく、それ故現在射撃指揮所や発令所で詰めている人員のうち半数が他部署からの補充要員。色々と甘くなるのは必然といえよう。

 射撃に必要なデータを得る射撃指揮所に至ってはその業務の大半を担っていた獼猴じこうということもあり、かなり不正確なものしか収集できなかった。

 


 だがそれでも。である。

 この時信濃は3つある砲塔を一斉に放つのではなく、1砲塔ごとに攻撃する交互射撃を行っていた。一射ごとに修正を行い、少しでも命中率を上げるためである。

 1砲塔が20秒間隔で射撃し、60秒で一周という間隔であった。



 そして……射撃開始から6分後(6斉射目)にてついにNouddxenzsノーデンスに着弾する!


【ILLTTTUUUUTAAAAAAIII!?!?!?】


 悲鳴をあげながらNouddxenzsノーデンス。更に数歩後ずさり、バランスを崩しかけて危うく背中から倒れそうになった。

 着弾個所は、人間でいう所の右肩。後の記憶映像解析によると、この時Nouddxenzsノーデンスの肩甲上腕関節を構成するのはアメリカ軍の魚雷艇「PT-300」と駆潜艇「SC-774」の一部と無数の腐った鯨肉であった。

 その箇所が粉砕された今、【彼】の右腕である軽巡「矢矧やはぎ」と駆逐艦「霞」は動かすことができない。ギリギリ繋がってはいるものの、ただだらりと退屈そうにぶら下がるのみ。


【KUUSSSOOOOGAA!!!】


 神である自分が傷つけられた、ということに怒り狂うNouddxenzsノーデンス。それを表現するかのように不貞腐れるような所作で、同時に頭部に備え付けられた46センチ砲が連射を始める。先程までの10秒毎から5秒毎へと、明らかに異常なスピードで。

 次々と信濃に降り注ぐ砲弾。その中に命中弾は、全て挟叉きょうさに終わる。


 とはいえ着弾の衝撃は凄まじく少しずつ、少しずつ……例えるならミリ単位で信濃はダメージを累積しつつあった。艦内の精密機器は次々と振動により故障していき、両舷に装備されている対空機銃銃座が破片により次々と粉砕され、ゆっくりと戦闘効率は低下していく。今や艦内の報告は原始的な伝声管を通じて行われていた。


 そんな中、艦橋内の者たちは薄っすらとある気づきを得つつあった。


「何だ? 着弾の位置がだんだん後ろに、ズレているような……?」

「今の速力は約25ノット(時速46.3キロ)のはず。決して素早いとはいえないはずだが。ひょっとしてばけものかみさまの照準って甘いんじゃ」


 一瞬、楽観的な空気が漂う。






 





 その空気は轟音と振動により吹き飛ばされた。

 突如足元から殴りつけられるような衝撃が翡紅フェイホンらを襲う。それに耐えられず多くの者が転倒した。翡紅フェイホンもどこかの機材に頭をぶつけ、傷口から鮮血が漏れ出て顔を伝う。

 信濃はつんのめるような感じで一瞬停止。さらに速力が低下し少し傾き始めた。


「報告します! 艦首喫水線下に被雷! が4発命中した模様!」

「何ですって、一体何処から……」

「あっ」


 伝声管からを通じて得られた報告に呆然とする翡紅フェイホンに向けて無形ウーシンが小さな声をあげる。その顔は真っ青であった。


「多分、あの動きの時です。足を蹴り上げた時に……」


 彼女が言い終える前にNouddxenzsノーデンスが行動を起こす。

 今度は左足を蹴り上げたのだ。

 その瞬間、彼らの目はソレを捉える。4本の長槍のようなものがクルクルと縦に回転しながらこちらへと飛んでくるのを。それは信濃より500メートル程手前に落ちると……48ノットものスピードで驀進し始めた。こちらに向けて。


 その長槍の名は、『九三式魚雷long lance三型』という。


「ぎょ、魚雷だと!?」

「くそ! 航跡を探せっ」

「……駄目だ見つからない!」

「そんなバカなことがあるか、絶対にあるはずだぞっ、でないと回避できないではないか!」


 彼らの知識不足・練度不足がここに現れてしまう。

 浸水中で動きが鈍っているとはいえすぐに舵を切って、予想される魚雷の推進方向から見て垂直になるようにすべきだったのだ。少しでも被雷予想面積を狭めるべく。

 そして件の九三式魚雷はである。純酸素を利用して進むこの魚雷は、雷跡をほぼ引かないという隠密性が特徴があった。


 この時のNouddxenzsノーデンスの両足部分はそれぞれ駆逐艦「磯風いそかぜ」と「浜風はまかぜ」だ。彼女らは共に陽炎かげろう型駆逐艦であり、その武装には……九二式61センチ4魚雷発射管四型が2基存在する。


 そして25秒後。再び信濃に魚雷が4発命中する。巨大な水柱が艦尾を覆い、大量の海水が機関室になだれ込んだ。更に主機もとき(しゅき、とも。これは民間の読み方)が損傷。信濃が出せる速力は6ノット(時速11キロ)にまで落ち込んでしまった。



ヨシ。ソロソロイイダロウ。コレデアシドメハ完了ダ。

【KUURRRAAAAE!】


 行き足がほぼ止まった信濃を見るや否や、Nouddxenzsノーデンスは 数多の艦船の竜骨キールで構成された肋骨を開く!

 そこには戦艦大和の、残り2つの46センチ砲塔が格納されていた。

 【彼】は上体を大きく反らし、46センチ砲計9門をに向かって放った。


「一体どこに向けて撃っているんだ?」


 訝しげに1人の兵士がポツリと口にする。他の者もそれに同意するかのような表情をする中、翡紅フェイホンとロジェストヴェンナが同じタイミングで顔を見合わせる。両者共、その心中に巨大な危機感が生じつつあった。


 そして──







「──っ!! みんな伏せ」


 彼女らの警告は遅かった。


 、巨大な質量が降り注ぐ。質量は鋼鉄に穴を開け、引き裂き、内部まで貫通。そして次の瞬間、計4発の九一式徹甲弾が炸裂した。


 翡紅フェイホンらは、こう感じた。『無重力』、と。

 身体がふわりと一瞬浮き、強烈な爆音と振動と熱波のカクテルが彼らを襲う。そして天地が逆さまになり、寸刻後に床に叩きつけられ視界がぐるりと暗転。彼らの闇が晴れることはなく深い黒に染まっていった。

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