~Weight~ 貫通
戦術とは、一点に全ての力をふるうことである。
──ナポレオン・ボナパルト
【
「おい」
一
そして光線を放つ。
白き破壊の象徴が命中する寸前、体を折り曲げ、回避する【彼女】。上半身が下半身と分離した、とも錯覚するほどの急な動き。危うく両者がちぎれてしまいそうなと表現すべき、物理的に有り得ないような光景が出現した。
「おまえが
【裁判長、それは冤罪というものです。裁判長。】
「 」
声にならぬ音と共に次の攻撃を放とうとしたジェルギオスの動きが、止まった。今しがたの怒りはどこかへと吹き飛び、入れ替わって激しい困惑があった。
有り得ないことをされたのだ、今。その行為のことを人はこう名付けた。
「かいわ、だと。そんなバカな」
【裁判長、どうしてそう思われるのです? 裁判長。】
「──我の記憶している限り、3000万年前にお前たち異形生命体と接触して以来、ただの一度も交渉に応じなかったことが」
【裁判長。『交渉失敗』と『コミュニケーションが不可』を同じことと考えるのは短絡的ではありませんか? 裁判長。】
「っ、不意打ちをかましておきながら、正論を吐くっ、このォ!」
ジェルギオスは飛び
【裁判長。私は元々人間でしたから、少しは話しやすいのかもしれませんね。そうですね、
すっ、と一歩踏み出す【彼女】。顔に浮かんでいるのは異様に白い肌と、口だけ。まるで表情がないので(比喩ではなく直喩)得体の知れない恐怖を、ジェルギオスは感じていた。汗が頬をつたって地面に落ちる。
【ところで
直径250メートル程のこの小島で、
「……というか言葉の使い方間違っているんだけど?」
【????】
同時刻。戦艦「信濃」にて。
先の特攻で発生した損害報告が立て続けに入り込む。
「戦艦ニューヨーク、轟沈しました!」「戦艦ネバダ、全主砲塔旋回不可、照準つけられません!」「駆逐ブルーに総員退艦命令が!」「戦列艦
これらの報告にある通り、特攻機は軍艦だけでなく民間人が乗る船にも容赦なく突入、その大部分が海面下に没しつつあった。もちろん、損傷艦は上記以外にも無数にある……。
そして信濃は、
なんなれば、自分たちもその仲間入りとなりつつあったから。
「──っ! 衝撃、来ます!」
艦長であるロマノフ・ユーリィの声と着弾の衝撃が、ほぼ同時に来た。信濃を中心に3つの水柱が左右に出現する。
敵である
その為今回の砲撃が外れたことに一同、またも安堵の息をつく。が、その一方で不信感も芽生え始めた。それは何故
この時彼我の距離は10キロもなかったのだ。人の目から見て10キロ「も」離れているというこの距離は、戦艦から見ると10キロ「しか」離れていないと形容することができる。
要は事実上のゼロ距離射撃をしているはずなのだ。なのにお互いに、未だ命中弾は出ず。
少なくとも信濃がそうである理由は明確なのだが……。
それは照準の甘さにあった。神たちが出現したとき大勢の人間が即死したというのは既に書いた通り。それはこの信濃も例外ではなく、それ故現在射撃指揮所や発令所で詰めている人員のうち半数が他部署からの補充要員。色々と甘くなるのは必然といえよう。
射撃に必要なデータを得る射撃指揮所に至ってはその業務の大半を担っていた
だがそれでも。近いというのはそれだけで武器である。
この時信濃は3つある砲塔を一斉に放つのではなく、1砲塔ごとに攻撃する交互射撃を行っていた。一射ごとに修正を行い、少しでも命中率を上げるためである。
1砲塔が20秒間隔で射撃し、60秒で一周という間隔であった。
そして……射撃開始から6分後(6斉射目)にてついに
【ILLTTTUUUUTAAAAAAIII!?!?!?】
悲鳴をあげながら仰け反る
着弾個所は、人間でいう所の右肩。後の記憶映像解析によると、この時
その箇所が粉砕された今、【彼】の右腕である軽巡「
【KUUSSSOOOOGAA!!!】
神である自分が傷つけられた、ということに怒り狂う
次々と信濃に降り注ぐ砲弾。その中に命中弾はひとつもなく、全て
とはいえ着弾の衝撃は凄まじく少しずつ、少しずつ……例えるならミリ単位で信濃はダメージを累積しつつあった。艦内の精密機器は次々と振動により故障していき、両舷に装備されている対空機銃銃座が破片により次々と粉砕され、ゆっくりと戦闘効率は低下していく。今や艦内の報告は原始的な伝声管を通じて行われていた。
そんな中、艦橋内の者たちは薄っすらとある気づきを得つつあった。
「何だ? 着弾の位置がだんだん後ろに、ズレているような……?」
「今の速力は約25ノット(時速46.3キロ)のはず。決して素早いとはいえないはずだが。ひょっとして
一瞬、楽観的な空気が漂う。
その空気は轟音と振動により吹き飛ばされた。
突如足元から殴りつけられるような衝撃が
信濃はつんのめるような感じで一瞬停止。さらに速力が低下し少し傾き始めた。
「報告します! 艦首喫水線下に被雷! 魚雷が4発命中した模様!」
「何ですって、一体何処から……」
「あっ」
伝声管からを通じて得られた報告に呆然とする
「多分、あの動きの時です。足を蹴り上げた時に……」
彼女が言い終える前に
今度は左足を蹴り上げたのだ。
その瞬間、彼らの目はソレを捉える。4本の長槍のようなものがクルクルと縦に回転しながらこちらへと飛んでくるのを。それは信濃より500メートル程手前に落ちると……48ノットものスピードで驀進し始めた。こちらに向けて。
その長槍の名は、『
「ぎょ、魚雷だと!?」
「くそ! 航跡を探せっ」
「……駄目だ見つからない!」
「そんなバカなことがあるか、絶対にあるはずだぞっ、でないと回避できないではないか!」
彼らの知識不足・練度不足がここに現れてしまう。
浸水中で動きが鈍っているとはいえすぐに舵を切って、予想される魚雷の推進方向から見て垂直になるようにすべきだったのだ。少しでも被雷予想面積を狭めるべく。
そして件の九三式魚雷は酸素魚雷である。純酸素を利用して進むこの魚雷は、雷跡をほぼ引かないという隠密性が特徴があった。
この時の
そして25秒後。再び信濃に魚雷が4発命中する。巨大な水柱が艦尾を覆い、大量の海水が機関室になだれ込んだ。更に
ヨシ。ソロソロイイダロウ。コレデアシドメハ完了ダ。
【KUURRRAAAAE!】
行き足がほぼ止まった信濃を見るや否や、
そこには戦艦大和の、残り2つの46センチ砲塔が格納されていた。
【彼】は上体を大きく反らし、46センチ砲計9門をほぼ真上に向かって放った。
「一体どこに向けて撃っているんだ?」
訝しげに1人の兵士がポツリと口にする。他の者もそれに同意するかのような表情をする中、
そして──
「──っ!! みんな伏せ」
彼女らの警告は遅かった。
真上から、巨大な質量が降り注ぐ。質量は鋼鉄に穴を開け、引き裂き、内部まで貫通。そして次の瞬間、計4発の九一式徹甲弾が炸裂した。
身体がふわりと一瞬浮き、強烈な爆音と振動と熱波のカクテルが彼らを襲う。そして天地が逆さまになり、寸刻後に床に叩きつけられ視界がぐるりと暗転。彼らの闇が晴れることはなく深い黒に染まっていった。
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