~Parasite~ 冒涜

 特攻は統帥の外道である。

 ──大西瀧治郎


 彼奴らの体は何でできているのだろうか。

 ──モートン・リンドホルム・デヨ(アメリカ海軍の軍人。最終階級、海軍中将。第54任務部隊、旗艦戦艦テネシーに迫る特攻機を集中射撃しても中々撃墜できない事に対して)


 沖縄に対する作戦計画を作成していたとき、日本軍の特攻機がこのような大きな脅威になろうとは誰も考えていなかった。

 ──レイモンド・エイムズ・スプルーアンス(アメリカ海軍の軍人。最終階級、海軍大将)






 戦艦「信濃」が攻撃を受ける1分前。


 Nouddxenzsノーデンス、これからは【彼】と呼称する……は骨に宿る記憶を垣間見る。そこで『彼』は近代的海戦の手順を知った。


ヨカッタ。コレデアレバ、ヌトス=カアンブルチャンガタテタケイカクト、オナジ!ナニモ、モンダイナイ。Haxszthulrハスターサマノタメニ、混沌ケイオスヲウラノセカイニカエス、ソノタスケトスルノダ!


 【彼】は、股を少し開く。海面に対して踏ん張るような形だ。【彼】の左手は空母「フランクリン(エセックス級)」を中心として形作られている。

 今、その付け根艦尾辺りから3本の紐が飛び出す。紐は海底ケーブルや通信線、数多の海藻や海生生物の筋組織を組み合わせた極彩色ごくさいしきをしている。

 1本は上側に反りがある弧を形成した。末弭うらはずは「フランクリン」の艦尾、下弭しもはずは同艦の艦首だ。弧の向きは胴体と水平方向に、左側へ突き出る形となる。

 1本はその弧……末弭うらはずから下弭しもはずにかけて1本の線となり、ピンと張った。これは弦となる。

 ここに

 最後の1本はまるで引っ掛け棒のようにスクリューがついていて、【彼】の背へと向かう。そこには矢筒がある。矢筒は護衛空母「ビスマーク・シー」、「セント・ロー」、「オマニー・ベイ」(全てカサブランカ級)を三角形に組み合わせる形で作られていた。


 【彼】はそこから『矢』を1機、取り出し、構え……狙いもそこそこに放つ。

 狙いなど定めなくてよい。なぜなら、これはなのだから。



 【彼】は元々「ホネクイハナムシ」と呼ばれる鯨骨生物群集であった。これは、世界中に点在する鯨のに生息する不思議な生物である。

 今から約6600万年前、宇宙よりとその粉が降り注いだ。そして衰退を迎えた龍文明が滅び、海の底で突然変異が起こる。

 こうして誕生したのは鯨だけでなく他生物の骨……特に死骸を好む……に寄生し己の操り人形とする生物、骸寄動骨スケルトンであった。


 この骸寄動骨スケルトンが3600万年程の時を経て知性化した種族が「混剛骨人キメラボーン」である。彼らは陸・海・空問わず全ての環境に生きる生物の骨に寄生可能となっていた。


 そして更に混沌ケイオスに感染、異形化したものが「混沌ケイオス混剛骨人キメラボーン」、つまり【彼】である。今や【彼】にとって寄生出来ぬ存在はなくなった。そう、でさえも……。

 もちろん、【彼】にも寄生先の好みというものがあり、それが人間ホモサピエンスが作る兵器であった。

 

 なぜかというと。兵器、特に艦船はよく…………されるからである。擬人化は、情報子を書き換え、命を吹き込む。即ち生物となるのだ。【彼】にとって、生物に寄生するのは本能的に楽なことであった。






戦艦「信濃」にて。


 翡紅フェイホンらはその攻撃を、突っ込んでくる零戦れいせんに対処しようとするが──間に合わない。対空砲要員はまだ配置を完了していなかった。それは練度がまだまだであったということ。

 零戦れいせんは一直線にこちら艦橋へ突っ込んでくる。


 万事休すか。







 否。


「はあぁぁぁ……〘転移〙ッ!」


 その声はジェルギオスのもの。彼女は折りたたんでいた翼を一気に広げると当時に外に転移。艦橋と零戦れいせんの間へ入り込む。

 彼女は零戦れいせんのコクピット。そこにいるものを見て、即座に察する。悲しみと怒り、言葉にできないほどの無念。


「異種の祖人よ、すまない」


 ジェルギオスは片手を自身から見て外側へと勢い良く振る。指先から放たれる白い光弾。まっすぐに、零戦れいせんが抱える250キロ爆弾に命中。


 爆発、四散!


 目の前の危機は去った。だが。


「……下衆が。どこまで死者の尊厳を弄ぶというのだ貴様らはっ!!」


 ジェルギオスの目は複眼である。ヒトの目と近い形で進化したそれは、やや解像度が劣るものの広い視野と複数の視点を持つことに成功した。

 それは簡易的ではあるが、彼女は複数目標を同時に視ることが可能ということ。


 今、ジェルギオスの目には。空を覆いつくすかと錯覚してしまうほどの特攻機が舞っていた……。







タシカ、イワク。「ツヨイ敵トタタカウマエ、マズ空襲デ敵ニダメージヲアタエテカラ情報収集スベシ」ト。ソノトオリニシヨウ。


 【彼】は凄まじい速さで『矢』を取り出し、連射を開始する。『矢』の機体名はそれぞれ、零戦二一型ZEKE三二型HAMP99式艦爆VAL彗星JUDY97式艦攻KATE天山JILL流星GRACE、白菊、93式中間練習機WILLOW零式水偵JAKE零式観測機PATE九四式水偵ALF。それらが合計して、180機。


 彼らを操縦しているのは全て二次大戦中にて操縦し、大空に散った若者達・先祖達の。【彼】の本体が寄生し操っているのだ。

 これぞ死者の尊厳に対する最大限の冒涜である。






 次々と大篷车キャラバンを構成する各艦艇へと突撃する特攻機達。

 最初はジェルギオスが光弾にて迎撃、撃墜を積み重ねるが如何に彼女とて数には勝てない。おまけに戦場は広く、とても単騎でカバーすることはできなかった。


 だが……全ての艦ではないものの、対空砲火が上がり始める。迎撃が始まる。その勢いはだんだんと強くなり、空中に無数の火箭かせんが出現した。

 ありとあらゆる種類の高角砲の、対空機銃の、地対空ミサイルの一撃が容赦なく機体に命中し、引き裂き、粉々に打ち砕く。


 神たちが登場した時の、恐怖の余り一歩も動けなかった者達とは思えない健闘ぶりである。

 この時、翠玉人の脳裏を支配していたのは死への恐怖ではなく。天を突くような怒り・憤怒であった。

 彼らは知っている。歴史という科目で教えられた、特攻の是非を。賛否は星の数ほどあれど、二度と繰り返してはならないという事を。



──許さねぇ!──生きてる人間ですら最低なのに、一度散華した人をまた使うのか!──そうだ。怒れ。憤怒しろ。──俺達の祖先を何だと思っていやがる!──この人でなし共が!──そうだ。その調子だ。──神が何だってんだ!──このまま黙ってやられる訳にはいかねぇ!──そう、怒るのだ。そして決起するのだ。──このままじゃ勝てないかもだけど!──あっという間に死んじまうかもだけど!──その通り。でも、立ち上がるのだ。──責めて一矢でも報いてやる!──ただでは死なんぞ、人間の意地を見やがれ!







 しかし、意志だけで戦争には勝てぬ。やる気だけで勝てたら苦労はしない。翠玉の武器は全て翡紅フェイホンが召喚する「運」頼み。故に統一規格という概念は存在せず。管制射撃ではなく個々の武勇のみで応戦する。


 結果として180機中、ジェルギオス単体で40機。それ以外の共同戦果が30機というのは破格の戦果、大戦果といえよう。


 だが。それでも。残り、

 それらが、1機も失敗することなく各々の目標に向け突撃。台湾海峡に死と悲鳴の桜が吹き荒れた。






 黒煙と血と肉や鉄が焼けこげる臭いが充満する中【彼】は考える。


コレデ戦意ヲウシナエバ、楽ダッタ。デモシッパイシタカナ? ウーン。マアイイヤ! ツギハ、



 複数機の攻撃を受け炎上する「信濃」に向け、ついに【彼】の46センチ砲が火を噴き、破壊の雷が信濃を包み込む!

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