その時、より15時間後。追憶と後悔

約200年前。






 ざぁ……ざざぁ……ざあぁぁぁ……

 灰色が降っていた。汚い水だ。全身に沁み込んで、重くする。


 ごう……ごごぉ……ごおぉぉぉ……

 赤色が舞っていた。汚い炎だ。全身を焼け焦がし、軽くする。


「どうして」


 歩む。あの人の元へ。

 歩くたび、バチバチという音が鳴る。焦げが、漂う。下に広がるは敵だったモノ。仇は取ったはずだ。なのに。どうして。


 色彩を失った瞳の中で、あの人だけが色を残していた。傍まで辿り着き、片手を下に滑り込ませ、持ち上げる。

 瀕死だった。どうして。


 美しい銀の髪や肌は醜い赤やピンク、白や黄に染まっていた。

 何かがずるりと滑り落ち、不快な音を立てる。見ると、うでだった。いつもおれを撫でてくれた、守ってくれた、うで。肉はほぼなく、骨がむき出し。

 どくん、どくん、と音がする。ふと見ると、しんぞうだった。いつもおれを安心させてくれた、眠らせくれた、むね。双丘は抉られて、中身がむき出し。

 体液を吸いつくした、重い外套。はじめて会った時からずっと、いつもおれをつつんでくれた、温もりを与えてくれた、外套。中身がほぼむき出しのからだを、少しだけ隠す。


 まともなのは、外側にむけ張り出した、一対の白い、ツノだけ。


「きみが、ぶじで、あんしんしたよ」


 何言ってるんだ。あんたがそのザマじゃ、何も、意味が。ないだろ!


「おやは、みんなそういうものなのさ。ところでわたしはもうだめみたいだ」


 え……


「おどろくことはないよ。このからだは放射能におかされつくしている。もう、げんかいなんだ。……そんなかおしないで。まだおさないきみをまもるために、やったことだから。だから、なかないで」


 なぎの残った腕がゆっくりと上がり、こぼれ落ちるおれの涙を拭う。その手には指が2本しかなく、骨がむき出しだった。


「ねぇ、さいごのおねがい、いいかな」


 最後なんて、お願いだから言わないでくれよ。なぁ。


「わ――をた――、ほし――」


 何冗談言ってるんだ、師匠。そんなこと、できるわけないだろ。


「おちついて。そうすれば、わたしの――を、きみもつかえる、これしかない」

 

 っ! 気づいて、いたのか。


「あたりまえじゃない。目がみえなくたって、わかるよ。だって――きみの、ははおやなんだから」


 俺の体は全身大やけどを負っていた。奴を倒すのに全力を出した、副作用で。表皮はもちろん、真皮も剝がれ、ところによって脂肪組織すらむき出しの、Ⅲ度熱傷 という状態だ。


 このままでは、長く持たない。

 だから、おれは。これしか、方法がなかった。

 口を大きく開け、ゆっくりとしんぞうへと、持っていく。

 それを見てなぎは、師匠は、義母おかぁさんは静かに微笑んだ。


 そして、おれは、がぶりと――







現在。

比叡山中腹、京福電気鉄道叡山ロープウェイ中継所跡にて。


「間に合わなかった、か」


 天野は呆然とその光景を見つめていた。大地は血の赤と機械油の黒に染まり、地形は乱れに乱れていた。激しい戦闘があった証拠だ。

 その結末は、見ればわかる。

 我らは負けたのだ。


「おれがもっとはやく、自分の事を思い出していれば……!」


 奥歯を強く嚙み締める。はっきりと違和感を感じ始めたのがあいつを、ヒロシを引き取り始めた時からだ。そっから、段々と記憶が混雑し始めて……はっきりと思い出せたのは怪人・アスラにやられた時だ。

 危機的状況でリミッターが外れるとか、どうせそんな理屈だろ。

 いずれにせよ、おれは役立たずだ。だって、肝心な時に間に合わなかったのだから。これじゃ、200年前と変わっていないじゃないか。何も。


 あまりの情けなさに涙が出そうになるが、実際のところ両目からは何も出ない。

 あの日以来、もう枯れてしまったからな。


 あてもなく戦場跡をふらついていると、あるものが目に入る。


「AIpphone XVI16? 随分と懐かしいシロモノだな」


 迂闊なことにロックがかかっていなかった。なのでメッセージを自由に見ることが出来た。


「これの持ち主はティマドクネスというのか。恐らく翠玉から来たんだろうな。……待て、どうしてがあるんだ!」


 端末に表示された最新のメッセージ。

 そこには、「>わたしは。」から始まる長文が。


 テセラクト。天野の口がその愛しい存在の名を紡ぐのはいったい何年ぶりだろうか。彼の脳裏に在りし日の思い出が次々と思い浮かぶ。

 

「初めて会ったのは、仮設海上都市『第2東京』、だったよね。……まだ、そこに囚われているのか? でも、そこにいるんだな? 生きているんだな?」


 肩を震わせながら暫く立ち竦む天野。やがて顔を上げた時、その瞳には輝きが戻っていた。

もう二度と大切な人を失わないように。今度こそ、助け出すのだ。

 彼女を、テセラクトを、ディアドコイの魔の手から。

 己の得物である愛刀「遺凪ゆいなぎ」を握りしめ、そう誓うのだった。



 

                 その時、より15時間後。追憶と後悔 END


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