その時、より約6週後。壊れを慰める黒百合

 ぷっくりと膨らんだ瑞々しい肉が、吐息と共にゆっくりと近づき、先っぽが触れ合い、絡みつき、根元から飲み込まれ、ぴったりとくっつく。

 そうして少しばかり喉が顫動せんどうして艶やかな息が漏れた後、始まる。


 合図もなくぬるりと動かし始め全体を下から上へ舐めると、部屋に響くは水音。

 とめどなく湧き出る水を溢れ出る前にゆっくりとすすると、部屋に響くは水音。

 沸き立つは淫靡な香り。

 紅と紫の視線が至近距離で交差する中、行為は熱を帯びながらゆったりと続き、やがて新たな演出が追加された。


 布同士が擦れ合う、通常なら聞き逃してしまう静かな音。だが、この場では弦楽器の音色のように鼓膜に、色欲を司る場所視床下部に、響く。


 やがて踊る両者の境目は曖昧になっていく。いつの間にか紫に翡翠が覆いかぶさる大勢となっていた。

 翡翠が舌をいったん離すと、両者の間を色の証たる橋が架かる。

 ぼうっと潤んだ瞳で見つめる紫。

 

 次いで翡翠の舌が落ちてくる。まずは頬。次は首元。そして鎖骨、胸、お腹。じんわりと汗ばんだ肌に、瞳と同じ色の紋様に、淡い印が刻印されていく。


 熱っぽい声が隠れることもなく部屋を満たす中。頃合いを見てついに手が、動く。こちらも上から撫で始め、焦らすような速度と共に下へ、下へと向かう。

 やがて足の間を抜け、終点へとたどり着いた。

 声が、震える。恐怖ではなく、その反対に位置する感情のために。


 どこからともなく人差し指と同じサイズのゴムを取り出し、纏う翡翠。とても貴重な一品だ。第二関節を曲げ、しっとりと濡れた箇所にゆっくりと、入れる。


 甲高い声が響く。それは悦びの声か。


 だが、その一方で。紅の瞳に映るのは、悲しみだけだった。深い、悲しみである。

 行為は続く……











 ふと横を見ると、「艦長室」のプレートが見える。

 周囲には人払いのおかげで生物の気配は中の2人と私、無形ウーシンだけ。鋼鉄の船を動かすボイラーが奏でる僅かな振動のみが耳に伝わる。

 と、人の歩く音が。この状態で来れる人物といえば、後ろの部屋の本来の持ち主のみ。つまり……


「失礼、翡紅フェイホン陛下は──」

「これはジナイーダ・Pペトロヴィチ・ロジェストヴェンナ大将どの。今お二人は、その」


 皆まで言う必要はなかった。

 艶やかな欲で色付けされた声が、ほんの僅かに漏れ出た。

 目の前の海軍大将はそれを聞いて即座に状況を察した。私の耳に顔を近づけ、小声で話しかける。


「また、のですか?」

「その通りです。1時間ほど前に突然、悲鳴をあげ始めて。不味い事に魔法を唱えそうになったので」

「陛下が……こうなったと」


 私は頷いた。一瞬お互いの視線が交差し──同じタイミングでため息をつく。

 わかっている。彼女を、ティマドクネスを責めるつもりは毛頭ない。それだけあの事件は悲しみに満ちているのだから。そして全員に心に大きな傷をつけた。治る見込みのない、大きな深い傷を。


「ティマの精神状態は……どうなのです? 最近は暴れる、などの話は聞かなくなりましたが」

「そうですね、確かに頻度は下がったと思います。でもになるとそれなりの確率で」

「壊れてしまう、と」

「そうです」


 マズダによると、彼女はティマドクネスは愛する恋人と子供ヒロシをいっぺんに失ってしまった。しかも尋常ではない方法で。そういったことがティマの心を砕いてしまったのだろう、と推測していた。

 ああなってしまうのは愛を注ぐための急須とそれを入れるための容器、それがないことを思い出してしまうから。と、彼は最終的に結論付けた。


「だから偽りの愛をああして与えて、一時的に鎮静化させると。ねぇ、無形ウーシン。これが正しい治療法だと、本気で思ってるのかしら」

「まさか」

「なら──」

「逆に聞きますが、ではどうすればいいんです? あなた方のように失うことに慣れてしまえと?」


 最後の言葉に目尻を吊り上げるロジェストヴェンナ大将。しまった。つい、言い過ぎてしまった。


「す、すみません。今のは言い過ぎ」

「いえ、私も少し言い過ぎました……八つ当たりとなってしまい、申し訳ありません」


 お互いに頭を下げ合う。どうしようもない諦念にも似た空気が満ちる中、再び漏れ出る、艶が含まれた嬌声。


 本来であればいらぬ情欲をそそるであろうその声は、この場にいる2人には深い悲しみに満ちた絶叫にしか聞こえなかった。



              その時、より約6週後。壊れを慰める黒百合 END

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