その時、と同じ時。星の裏側にて

アメリカ大陸 ブラジル連邦共和国首都ブラジリアより西へ240キロ、小都市ゴイアスにて。



 ここゴイアスが建設されたのは1727年のこと。名の由来はこの地に住んでいた先住種族のいち結族けつぞく達から取られたという。

 18世紀前半に金鉱脈が見つかりこの地こそ伝説の黄金郷エル・ドラードか! という噂が広まったことでゴールドラッシュが起きた。この地で採掘された無数の黄金は時のブラジル植民地を経営していたポルトガル政府の懐を大いに潤わせたという。

 そして突如金の採掘が中断されたことにより街の賑わいは急速に失せ、世界から忘れられてしまう。が、2001年にUNESCOユネスコ(国際連合教育科学文化機関)によって世界遺産登録を受けたことにより日の目を浴びた。


 なお、登録の理由として以下に挙げる世界遺産登録基準の一部を満たしたからである。

(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。

(6)顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(他の基準と組み合わせて用いるのが望ましい)


 簡潔に言えば当時の街並みが残っていた、ということである。旧時代21世紀までの発展速度を考えてみれば「昔」が残っていることだけでも貴重であるというわけ。







 時が流れ、現在の日付時刻は……2298年 10月31日 AM05:05。


 今やこの都市だけでなく南アメリカ大陸全体が厖大な量のガンマ線と混沌ケイオスに汚染され尽くされていた。ので、マトモな生物の姿はどこにも見えず。時折異形生命体の名状し難き咆哮が響くのみ。


 だが本日は違うようだ。

 知的かつ野蛮な、野太い声が響き渡る。



「強き暴力こそ正義なりッ!」


 響く名状し難き断末魔!


 赤を中心とした極彩色ごくさいしきの体を持つ5個の目を持つ巨大な猿の胴体が真ん中から左右に裂け、倒れる。異形は絶命した。


「ぬわっはっはっはっは……弱き暴力こそ悪義なりッ!」


 大声で笑う男。上半身は裸、皮膚の色は紫、その体躯は3メートル。左目の上より生える一本の脈打つ角といい、まごうごとなき異形である……と言いたいのだが。彼の粗野な朱き瞳には我々でも理解できる知性の光があった。


 中央大藩国ちゅうおうだいはんこくに所属する彼の名は、大嶽ケ丸おおたけまる。その種族は邪射被爆妖鬼人ヤマトアヤカシオニであった。


ーが付き人の立テ烏帽子たてえぼしよ、そちらはどうかッ?」

「全て片付けました、主様」


 得物である大鎌を振るい返り血を全て落としながらそう答える立テ烏帽子たてえぼし。死人のような青白さ……ではなく清々しいほどの青に染まった肌に鼻から上が被る烏帽子えぼしと完全に同化しているという、こちらもなかなかの異形である。

 こんな見た目なのでどこに知性の光があるか全くわからないが、その口から出る文字列は確かに我々と同じものだ。

 意外ときれい好きなのか、着ている和服についている汚れをしきりに落としている。


 彼ら邪射被爆妖鬼人ヤマトアヤカシオニの周囲には大量の異形の死体が転がっていた。


「よいことだ。時に立テ烏帽子たてえぼしよ、ーれが倒したこの異形、どこか見覚えがないかッ?」

「……主様、こやつは猩猩しょうじょうではないかと」

「やはりかッ! ーれもそんな気がしていたのだ。こうなってしまっては愛玩妖鬼ペットとしては可愛さの欠片もないのう」

混沌ケイオス・猩猩モンキとでも呼べばいいんでしょうか」

「ほう! やはりーが付き人のお主にはねーみんぐせんす、があるようだなッ!」

「お褒めの言葉、ありがたき幸せ」


 何が気に入ったのか、ガハハと豪快に笑う大嶽ケ丸おおたけまるとそれを温かく見る立テ烏帽子たてえぼし。良い主従関係に見える。


 と、彼らの元にが舞い降りてくる。その背には沢山の荷物と共に乗客が1人。


雲斗鯨獣トじゅう使いの鹿、只今帰還しました」


 雲からがひらりと舞い、くるると渦巻きながら人型となった。その姿は僅かに覗く紫髪と朱き瞳以外の部位を全て白き布で覆われた、気味悪き異形である。……見た目とは裏腹に、その物腰は存外に穏やかであった。

 彼、鹿邪射被爆妖鬼人ヤマトアヤカシオニである。つい先程、事実上亡くなった母国に伝わる摩訶不思議な陰妖術によりことができる。

 要は潜入や探索に向いている、ということ。

 もっとも彼の専門は『調教妖鬼』と、この様な任務とは全く違う方向なのだが。


「まずは異形共を引き付けてくださり感謝の意を。おかげで問題なくヴェルメリョ金鉱山最深部の探索を進めることが出来ました」

「うむッ、付き人ということ関係なしに部下のことを守るはおさとして当然の事をしたまでッ! ……で、どうだった? は見つかったか?」

「申し訳ありません」

「む、そうか……探索してみてどう感じたか?」

「2つの可能性が。1つ、元々外れであった。1つ、他勢力に先を越されたか」


 うむむ、と野生じみた唸りをあげる大嶽ケ丸おおたけまる。その表情に部下の不手際を責める色はなく。ちょっとした悔しさがあった。


「卑劣な第四帝国からくりのガラクタに名知らずの組織共か」

「主様、彼の組織の名はディアドコイ──」

「ぬう! そうであったわ! 本当に覚えにくい名よなッ」


 わりと不条理な理由で荒ぶる大嶽ケ丸おおたけまる。その後、深呼吸をして荒ぶる感情を鎮静化すリラックスさせる。


「ふうぅ……やはり短期間とはいえ、この星に降り注いだガンマ線は


 まるで薬物を摂取したかのように恍惚とした状態となった。そんな彼の付き人2人は特に表情を変えない。先の一時の激情も含めもう見慣れたものだからだ。


「それで主様、次はいずこへ行きましょうか」


 立テ烏帽子たてえぼしの問いに懐より耐放射線防膜で覆われたスマホAIpphoneを取り出し、地図アプリを起動。表示される南アメリカ大陸には無数のピンが予め立っていた。

 暫しの間地図と睨めっこした後、顔を上げる大嶽ケ丸おおたけまる。目的地が決まったようだ。


「よしッ、次の目標はコロンビア共和国の首都ボゴタの北東約45キロの地点にあるグアタビタ湖だッ! 黄金郷エル・ドラード伝説の総本山たるここであれば恐らく」

「先住民チャブチャ人と彼らに崇められた悪硝状魔デビル超々先史遺物シャッガイの遺物『イエロの鍵』を隠匿した可能性がある、と」

「その通りだッ」


 鹿の補足に満足そうな表情を浮かべる大嶽ケ丸おおたけまるであった。


「さァそうと決まれば急いで出立の時ッ! この任務を終えれば我らが邪射被爆妖鬼人ヤマトアヤカシオニの母国、連島日本ヤマトコクの決戦に参加してよいとの承諾を大王より得ているからな。全ては勝利の為に、急ぐのだッ!」


 彼ら3人は雲斗鯨獣トじゅうの背にひらり、と軽やかに乗り次なるの目的地へと旅立つ。

 果たして大嶽ケ丸おおたけまる一行の運命や如何に。




                   その時、と同じ時。星の裏側にて END











~おまけSS~




「時に、鹿よ」

「なんでしょうか、主様」

「どうしてこんな沢山のを持ち出したのだ?」

「さぁ? 当ててみてください、主様」

「むむむ……わからぬ、わからぬぞッ!」

「では主様の代わりに私めが。電子機器……回路基板の表面処理用ですね? 藩国はんこくでは現在、金不足が問題化していますから」

「流石は立テ烏帽子たてえぼし。金は電気伝導に優れ、錆び難く、展延性てんえんせいが非常に高く加工しやすい、などの重大な利点がありますからね。これだけの量の金を藩国はんこくに捧げれば」

「何かと怯えられてしまう我が種族の評判もよくなるというわけですね?」

「その通り。まさに一石二鳥なのですよ」

「なるほどッ! ーれにはよくわからなかったが善いことのためということはわかった。ぬしらのような付き人を持ててーれは幸せ者であるなッ!」

「「お褒めの言葉、誠にありがたき幸せ」」


 雲斗鯨獣トじゅうの最大積載量は4トン。この時鹿がヴェルメリョ金鉱山より失敬した金の総量は2トンにも及んだ。



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