死艦蘇生
宙に異形の翼が浮かんでいた。
そうとしか言いようのない、奇妙な航空機だ。ある意味シンプルな柔らかく
あまりにも非現実感があるサイズ、形状。
形状は全翼機。
運用国はかつて存在し世界を二分せし超大国、中華人民共和国。
製造者は
機名は
製造年-西暦2032年。
全長‐63.06メートル。
全幅‐152.63メートル。
全高‐8.18メートル。
最高速度‐時速約1.100キロ。
空虚重量‐約130トン。
ペイロード‐約25トン。
エンジン‐
航続距離‐約15,000キロ。
乗務員‐6名。
機種はステルス戦略爆撃機である。
「……というのはまぁ、ぶっちゃけ嘘なんですがね、博士」
「おや、そうなのかい。門外漢だからか、もっともらしく聞こえるのだが」
「正確にはこの『天眼』は当てはまらないというべきでしょう。大昔に現役の『
「で、魔改造の結果がコレか。半自給自足の永久機関もどき、と」
おっしゃる通り、と頷く男。男は三白眼と前髪がギザギザとしたおかっぱであった。口元は常に胡散臭い笑みを浮かべているが、博士と呼ばれている男は全く気にしていない。
ちなみに髪型に関してはこれが「
「こうしてみると中々凄いね。案を出した時は従星にいたから、ちと
機内に設置された医務室、その壁を見ながら博士はニコリとする。
四方に広がる壁は皆、動いていた。無数の血管と筋肉と脂肪と各種臓器が連綿と繋がり、時折ぴくんと震わせる。生きているのだ。
「どれ、少しお腹が減ってしまったよ」
「ではステーキでもお出ししましょうか?」
「おお、有り難い! では50枚ほど頼むよ。拡張脳はエネルギーをたぁんと使うからね」
「おまかせあれ」
辻、はキャビネットから刃渡り1メートルはあろうかという包丁を取り出し……壁を切り裂いた。抗議の声を上げる壁たち。
それを無視して10キロほどの薄切りにした肉を用意し、青や黄、緑色の体液が流れ落ちる中調理が始まって30分後。
博士は焼けた肉を次々と口へ放り込む。
「なるほど。これが異星の味かね」
「いかがでしょう?」
「……ソースの味しかせんわ! 栄養素の味もないし、全く食感だけだな! まぁそれはそれで問題ないのだが」
と、博士は小皿に盛られた様々な種類のサプリメントをざーっ、と掻っ込む。ない栄養素はこうして補充するのだ……異星の肉とサプリメントを交互に食べる、というある意味異様な光景が展開される。
ぬちゃ、みちゃ、という気色悪い咀嚼音とポリポリという破砕音が暫しの間、響く。
そうして食事が一段落した時、医務室にもう一人が入って来た。
元からいる「辻」に比べて背丈と髪型、そして年齢設定による老い以外は全く同じ姿の『毛利』であった。
そんな毛利の姿を見る博士は何故か激怒したような表情を浮かべる。
「そうそう、毛利くん! 此度の件でキミに抗議する!」
「と、いいますと」
「何故
「殺したのは私ではなく
「キミらに関しては事実上同一個体だろう! そんな言い訳は通用せんぞ!」
博士の視線の先にはキャビネットに収納された
あのままだと心臓が勝手に動きだし、ヒロシとなる可能性があったのだ。それではいけない。なのでイィスは【
これが機能している間、両者は一切動けないし、機能もしない。ただの物と化してしまう。これはせっかくの心臓が即座に使用できないことを意味していた。
「その件ですが、私も不思議に思っているのですよ」
「ほう? 説明してもらおうか」
「必要はないと思いますが念のため。我々はヒロシから心臓を、永久機関を奪っただけです。無尽蔵に再生出来なくなっただけで彼ならば破片1個でも残っているのなら、適切な栄養と環境に置けばいずれ復活します。なのに」
「突然死したと?」
「はい。状況から察するに自殺、とも違うかと」
「なるほど……考察の必要大いにありだな。時にその今しがた持ってきた
博士が指差す先には先程毛利が持ってきたモノが。
「ああ、これはお詫びの印として急いで墓より掘り返してきたのですよ」
「と、いうと?」
「通常の
その言葉に博士は喜びのあまり飛び上がる。後天的に移植した目と合計して6つの目玉が爛々と輝いた。
「よし、でかしたぞ! こうしちゃいられん、直ぐに手術に取り掛からねば!」
博士の白衣から続々とマニュピレ―タ―が飛び出し、次々と機材を取り出す。あっという間に手術の準備を終えた。最後に取り出したのは、長さ50センチほどの円柱状の容器。中には樹が入っていた。
「あー、博士? その、ここに来た本来の目的はですねぇ、
「今はそんなことどうでもいいわッ! 録画しておけ、あとでじっくりと観るから! さぁ脳幹移植手術の邪魔だ出で行けほら、しっしっ!」
博士は一度熱中するとハイになる人物であった。もはや日常と化した博士の奇行に2人の「辻」は肩をすくめながら出ていく。
その先の廊下もまた、生きた壁肉に覆われている。
そして機体そのものも、ほとんどが肉で覆われ、脈打っていた。
同じ頃。「天眼」の中央指令室。
恐らくここを見た人の第一声は「広い、広すぎるぞ!」というものになるだろう。
そして次の言葉は呆然としながら「ここは、本当に機内なのか?」となるだろう。
中央指令室の面積はわかりやすく例えると小中高に設置されている体育館と同じくらい。どう考えてもいち爆撃機に収まる面積ではないだろう。
指令室の名に相応しく無数のオペレーターと大量のモニター群が存在し、毎秒ごとにデータが収集される。中央の巨大モニターには太平洋を中心とした地図が表示されていた。
その地図がどんどんある一点に拡大されていく。日本列島、さらに南西へと。やがて表示されたのは沖縄本島を中心とした海域であった。
空中に数日前の映像が表示される。無人ドローンで撮影したものだ。そこには地上にあるあらゆる兵器群を乱雑に繋げ合わせた名状し難き生物が映し出されていた。
かつてハバロフスクを中心に栄えていたロシアの末裔国家、ウラジミール=ブリヤート・サハ都市連盟群を喰らいつくし滅ぼした
その名は、
映像内では泳いでいた
そこは
そして現在、そこから浮上する生物が。
「なんてことだ……流石にこれは私の予想を遥かに超えているぞ」
中央指令室の後方にある周囲よりも一際高い位置にある席に座る男、
彼は元々
故に軍艦にはたとえ敵国のものであっても一定の敬意を払う。ましてや今回の場合、そこに沈む軍艦の名は──
「死者蘇生、いや。死艦蘇生とでもいうべきか。なんと忌々しいことをしてくれたのだ、奴は。
映像に映っていたのは、浮上してきたのは、大日本帝国海軍所属「第二艦隊」。
それは、進路を南西に取って歩き始めた。
──殆どの歴史の教科書……国は問わない……は「
正確には言うとこの海戦は2つのフェーズがあって、本来はその内容別に分けて記載されるべきなのだ。
まずは7月7日の
次いで翌日、7月8日の
この2つを統合して記載するのであればせめて「琉球諸島沖海戦」とでも名付ければよいのに……
「いや、いまはそんな愚痴を言う場合ではないな。
その命を受けて直ちに量子コンピューターが唸りをあげ、演算を始める。そして5分もしない内に予測進路が地図上に表示される。
沖縄本島を中心とした地図が少し拡大され、フィリピンや中国大陸沿岸部、南シナ海が表示される。中心部はとある大きな島となっていた。
「90パーセント以上の確率でここで
その島は2030年代に中華人民共和国が大規模侵攻を行った場所であった。2039年には日本国が再び保護国化し(事実上の併合)、以降数年間にわたって一進一退の攻防戦を繰り広げた。
島の西側に広がる海峡に向かう勢力、その数は3つ。
「このままでは
しかしこの事態、考えようによってはチャンスである。少しでも彼らが中央大藩国との合流に成功する確率を上げるよう、手助けをしてやれるかもしれない。
「よし。本機はこれより伊豆諸島に潜伏中の『ハイドラ』と合流後、バシー海峡経由で南シナ海に突入する!」
かくして命は下された。
約1時間後。
八丈島より北西へ50キロの地点にて。
生物の気配が亡くなった海が盛り上がり、巨大が浮上する。それは潜水艦というべき姿をしていた。
司令塔の前にある格納筒が「がばぁ」と口を開け、音もなく飛行甲板が飛び出す。まるでカメレオンが舌を放ったように。
甲板は先端部が円状をしていて大型ヘリコプターでも問題なく着艦できそうな面積を持っている。
潜水艦の上空に『天眼』が飛来する。だが、
【三次収縮】
非常識な事が起きた。
天眼が瞬時に縮んだのだ。そのサイズは元の十分の一ほどまで縮小。ふわり、と甲板の上に着艦する。まるでVTOL機(垂直離着陸機、Vertical Take-Off and Landing aircraftの略称)のように。
そして飛行甲板ごと格納筒に飲み込まれる。艦が身震いしたのは果たして、気のせいか。間もなく潜水艦も水面下にその巨体を沈めた。
辺りは何もなかったかのように静まり返り、ただ波の音が響くのみ。
これは
死艦蘇生 END
THE NEXT STAGE IS ……??海峡
〇
次回より、待望の(?)第一部最終章「
ご期待ください!
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