第8章:最終決戦~前奏曲~

~Prologue~ 衝突

2298年 12月23日 PM16:28。

ルソン島のバンギー湾より北西へ15キロ、深度40メートル地点にて。


 海の音が反響する。それは原初の音、母の音だ。ゆったりと海中を進み、何かに当たれば、反響する。

 母の中にいるような、そんな音。

 その音に混じってスクリューが海中を撹拌し、無数の泡が潰れるノイズが響き渡る。


 海中を一匹のが5ノット程(時速9.26キロ)の速度で進んでいた。全長95メートル、水中排水量2,424トンの鉄鯨だ。

 彼女の名はバラオ型潜水艦「アーチャーフィッシュテッポウウオ」。翡紅フェイホンが過去のいずれかの日時より召喚した米国アメリカに所属していた潜水艦である。


 バラオ型潜水艦は最大85名の乗員がいるが、現在船内にいるのは70人ほどである。翠玉すいぎょく国にサブマリナー潜水艦勤務兵の資質を持つものはそういないからだ。




アーチャーフィッシュ、発令所にて。


 男が同じ場所を行ったり来たりしていた。時折……というより3秒に一度、のレベルで腕時計を確かめる。


「ソナー室、艦隊のスクリュー音を捉えたか?」

「いいえ艦長。全くもって静かなままです」

「くそッ」


 再び同じ動作をする艦長。このやり取りも本日で15回目にもなる。見かねた副長が口を開いた。


「落ち着いてください艦長! ここでイラついていても状況は変わりま」

「これが落ち着いていられるものか! もう2日も予定より遅れているのだぞ!」


 彼らは太平洋(主に南シナ海)各地に赴き、停泊拠点になりそうな場所を捜索、前哨地を建設する「先遣队」の一員だ。


 そして1か月前、翡紅フェイホンの名にて『遷移計劃』が遂に始動した。各地に散らばっている各部隊には翠玉すいぎょく国の本体ともいえる「大篷车キャラバン」の進行と共に集結せよ、という命令が下されたのだ。


 その命に従いアーチャーフィッシュは拠点のバブヤン諸島ダルピリ島より撤収。最も近い拠点であるルソン島、リンガエン湾上サンディアゴ島にいる「防御队」と合流しようとしていたのである。

 本来の予定であれば両者はとっくに合流し、現在「大篷车キャラバン」が停泊している澎湖ぼうこ諸島に向かう……はずであった。


 だがサンディアゴ島「防御队」の(艦名記入)からの連絡が一向になかった。完全に音沙汰なし、というやつである。

 そうしてもう2日も経つ。


 艦長は決断の時が近づいたことを悟った。即ち来るあてのない防御队を捨てて自分らのみ澎湖ぼうこ諸島の大篷车キャラバンと合流するか、せめてもう1日粘るか。

 残念なことに食料・燃料共に限りというものがある。いつまでもこうしてはいられないのだ。


「ソナー室、もう一度問う。防御队第57隊の……『対馬丸』のスクリュー音は」


 腹から絞り出すように問う艦長。対するソナーマンの返答はたった一言。


「ありません」

「そうか……総員傾聴! 本艦はこれより第57隊との合流を諦め、我のみで大篷车キャラバンと合流する!」


 決断は下された。

 防御队第57隊の編成はT型貨物船×1に未改造昔のままの2層50門型戦列艦×3。この型は戦列艦としては最小タイプに分類される。はっきり言って護衛としては甚だ心許ない。

 彼らにとっての最強の護衛とは、本艦……アーチャーフィッシュである。

 その最強が率先していうのだ。900の命を、見捨てるというのだ。

 

 艦長の心に恥、の文字が浮かぶ。だか、やむを得ないのだ。そう、これは仕方のない事。そう言い聞かせながら、口を開く。


「進路変更。方位は――」

「!! ソナー室より発令所に報告!」

「何事か」

を探知、本艦に接近中!」

「何だと!?」


 艦長は一瞬、第57隊の事かと思った。だが直ぐにその考えを振り払う。もしそうであるのなら「未知の」なんて報告はしないはずだからだ。


「な、なんだこれは。は、速い速すぎる! 未知の推進音、速力は推定――いや、そんなバカな……」

「どうした、ソナー室! 報告は正確に行え!」

「は、はっ! 所属不明艦の速力は以上!」

「な、に」


 その続きは言えなかった。突如、艦が上下に大きく揺れる。更に横揺れが。艦内にいた者は皆例外なく壁やら床やらに叩きつけられうめき声をあげる。電機は消え、代わりに非常灯がつく。視界が赤に染まる。船体のあちこちが軋みを上げ、一部では進水まで起きていた。


「所属不明艦、超高速で本艦を通り過ぎます!」

「通り過ぎた衝撃で、このザマだと……?」


 そもそも水中速力100ノットだと。時速に換算すると約185キロだぞ……そんな化け物、旧時代21世紀にだって存在しなかった、はず。


「いや、待てよ。確か『電子戦闘/工作艦マサチューセッツ』に格納されている量子演算式超大型計算機ハイパーコンピューター、『エイボンの書』のデータにあったな……」


――そう、あれは確か1962年の10月と記載されていたはず。キューバ危機の裏側でもう1つの戦いがあったという都市伝説。 

 場所は南極のジョインビル諸島。そこで謎の潜水艦とが人知れず戦い、そして敗れたと。その潜水艦は水中速力100ノットを越える化け物であったと。確かついたあだ名は四文字で……


「思い出した……、だ」

「か、艦長?」

「ハイドラ……今の奴、正体はハイドラかも、しれない。こうしちゃいられん! メイタン・ブロー!(メインタンク・ブロー!) 緊急浮上だ! 浮上し次第直ちに大篷车キャラバンに緊急通信、内容は――」


 ひょっとしたら遅かったのかもしれない。それともこれが運命か。


「そ、ソナー室より発令所へ!」

「今度は何だ!」

「未確認のが、こちらに接近中! あと1500!」

「魚群、だと。この辺りに生物はいないはずだぞ」

「物凄い速さです、あと1000……900……!」

「っ! 先の命令は取り消す! 潜航してやり過ごすぞ! 急速潜航、深度100、ダウン10、総員何かに掴ま」

「……500、400……だめだ間に合わないっ!」


 アーチャーフィッシュの向きがやや下となり潜航を開始した直後、破局が訪れる。


 先程とは比較にならない衝撃。何かがぶつかり、船体にヒビが。それはすぐに裂け目へと変わる。膨大な海水が入り込み、区画を封鎖する間もなく次々と水没。

 何かが顎を開け、突き刺す。

 その巨大な牙が発令所を貫通した。あっという間に水によって支配されるアーチャーフィッシュ。その運命は、もう変えられない。


 命尽きる寸前、艦長は見た。

 合ってしまった。その、巨大な、逆さ向きの顔と。


 目が。  

 眼が。 

 メが。


 オレヲ、ノゾキコンデイル――


 それを知覚した瞬間、艦長は即死した。










 

 海中に圧壊の断末魔が響き渡る中、断続的な戦闘音が静寂を賑わす。

 二度目の死を経験するアーチャーフィッシュをよそに、海をかき分け、撹拌し、大きな鳴き声をあげて、は人智の及ばぬ場所で戦い続ける。






 前奏曲プレリュードはこうして、始まった。

 最終決戦THE SECOND BATTLEの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る