出撃
会議は白熱していた。
議題? 無論
その
よって情報はただ一点のみ。
〈29日より、突如械国の軍勢が京都を奇襲、これを陥落させる。わが方の死者、9万以上、桜宮様の生死不明〉
この情報をどう取るか、争点はそこからであった。
神国はもう全滅した、という意見。救出反対派。
神国はまだ健在である、という意見。救出賛成派。
全体的な流れは前者であった。
「私、
「空将! それは……あまりにも、あまりにも冷酷な判断です!」
「
「それに――」
「それに、仮に
今俺達がいるのは
外には大勢の兵士が集結していた。
勿論、「兵士」の頭数自体はもっと沢山いる。この千人というのは「十分な武器・防具を装備している兵士」の数だ。実際、戦争は単に数をそろえればいいというモノじゃないからな。
ところで、俺の見立てでは彼我戦力は約10倍ってところだろう。なので残念ながら一見多そうに見える「千」という数はまず役に立たんな。
仮に
恐らく
一方でマズダは救出賛成派のようで、熱く弁論を振るう。それを要約すると、こんな感じになる。
「確かに反対派の意見は合理的でよろしいと思います。しかし今、このような混沌とした時代に必要なのは『思いやり』を周囲に見せる姿勢が必要なのではないかと。危機にある友人を見捨てない、というのは士気の向上や
「マスダ様、貴方様の意見はだいぶ理想論が多く見受けられるようですが、仮に救出対象がいないもしくは全滅した、ということになった場合どうするのです?」
「――失敗のリスクを考えて何もしない、というのはかなり良くない兆候だと思いますね。このような事態にこそ、リスクというものは考えないで行動するべきです」
それに対する反論、更なる反論。会議はより白熱し、やがてつかみ合い寸前のような事態になろうとしていた。
その時、
鎮まる室内。
彼女の紅き双眸はいつも以上に輝いて見えた。怒りで。
「とりあえず、
「
「そう。どのくらいかかるの?」
「最低でも
その答えに出席者は互いに顔を見合わせる。半日。たかが、されど半日! このような事態でなければなんとも思わないだろうが……今は一分一秒でも欲しい時だ。
そんな時に半日も待てと!?
「わかったわ。作業の開始を指示するわ」
「では、急いで材料を『南沙人工岛天空/海军基地』より取ってくるよ」
通信を切る
だがしかし。
あと半日も待てそうにない人物が1人。
……よし。体内の調整は終った。無事発現した新しい脈にエネルギーを注ぎ込む……いいぞ。これで直ぐに出発できる。
俺は立ち上がった。出口に向かう。
「ちょっと、どこへ行くのよヒロシ?」
「決まってるだろ? 神国に戻るんだ」
その答えに啞然とする一同。慌てた様子で
「どうやって行くつもり、なのよ」
「飛んでいくのさ。今の俺なら普通にできる。エネルギーも十分に行き渡らせたことだし」
「~っ、そうゆう事じゃなくて! ……ああもう、どうして1人で行こうとするのよ!」
「さっきの話の焦点は要するに救出に失敗すると仮定した時、無駄になるのは時間ではなく物資。そう感じた。俺が単独で行けばその点問題ない。なにしろ――」
俺は勢いよく全身を変化させる!
あっという間に脆弱な皮膚が、鋼鉄のソレに変わり怒りを代弁するように棘が大量に生える。肉体は一回り大きくなり、口からは高圧蒸気が漏れ出始めた。
「この状態になれば、俺は死ぬまで戦い続けることが、できる。何の物資も、支援も必要なく」
痛くはなかった。でも、どうしてか痛かった。
破裂音。頬に。乾いた音が空気を振動させ、一面に響く。
叩いた手は赤く色づき、そっちの方がダメージが多そう、なんてことを気にするそぶりもなく、
「そうじゃなくて! 私達が大切な仲間を! たった一人で戦場に行かせるわけないじゃない!」
「そう、なのか」
「そうゆうもんよ!」
室内の人間が一斉に頷く。俺は戸惑っていた。さっきまで彼らは賛成も、反対も合理的な、論理的な、計算ずくめで動いてた、はず。なのに、これは。
「……その通りです。だから、
「なっ……ティマ、危険すぎるわ。そんな遠距離を一気に『転移』したら、死んじゃうかもしれないのよ? そのこと、わかっているのよね?」
「……
「それは何度も試して、絶対に死なないとわかっていたからよ!
その後も
そこから先は慌ただしく準備が始まり、30分後。
「……ヒロシ君、もっと、もっと近づいてください」
「こ、こう?」
「……ダメです。あの日の夜みたいに、もっと」
「わかった、わかったからそれ以上は言わないでくれ!」
別に遊んでいるわけではない。ティマの「転移」は、彼女の説明によると本来は1人用であるらしい。そして複数人を同時に転移させるには、術者との距離を詰めることで魔人の体内に生息する精霊に「横に広がる1人」と錯覚させる必要があるのだとか。
何て強引な。拡大解釈そのものじゃないか。
今回のような遠距離転移の場合、ひょっとしたら着地点の誤差により
今のティマはいつもの格好、黒のロングドレスに大きなリュックサックを背負っている。中身は全て魔素ボンベ。あとは簡易式吸入器。
恐らく、というかほぼ確実に転移後、ティマは魔素切れに陥る。そうすればあっという間に全身が崩壊し、死んでしまうだろう。
それを防ぐためにこうして携行する必要があるのだ。
ティマの右半身に刻まれた紋様がゆっくりと点滅を開始する。それ自身が別の生き物のようだ。点滅の色は白。それが急速に輝いてくる。準備完了のようだ。
「いい? 二人共、無茶はダメよ。
「わかった」
「……承知しました、陛下」
点滅が終わる。ティマの右半身が電光のように輝く。出発の時だ。
「じゃぁ、行ってくる」
「うん。頑張って。武運を祈るわ」
そして目の前が輝く白に染まり、ティマと俺は
○○○○○○○○
■■要塞 アースガルズ
グラズゴールヴの館にて
「イィス殿? これから連続するので、ご苦労ですが。よろしくお願いしますね?」
【はがずだぁ?
○○○
ヒュウ、ヒュオォォォという風切り音。
目の前に広がるは、極彩色の雲に雨。首を動かし、下を向けば広がるは極彩色の大地。俺が今いるのは――上空。
「な、何!? 一体どうなって、いや、ティマ? どこにいる!?」
直前まですぐ目の前にいたはずのティマの姿、どこにもいない。密着した際の体温や残り香は……ある。つまり幻ではなかったということ。
まさか、誤差が生じたというのか。クソ、なんてこった!
とりあえず俺は体を大の字に広げ、更に腕と足の間から膜を生やす。ムササビなどに見られる飛膜、というやつだ。
それでもってグライダーのように滑空。着陸する。
まだ扱いに慣れてないということもあるんだろうが、やはり龍脈器官は万能となるまでの時間がなぁ……それさえなければもっと汎用性があるのに。即効性に欠けるのが龍脈器官の、ひいては
さて、ここはどこだ……?
一面は極彩色に汚染された廃墟、それらを乱雑に破壊尽くした跡が延々と広がっていた。かつて激しく燃えた火は雨によりほとんど鎮火し、その存在感は感じられない。
脳細胞を急いで増殖・拡張し、額から灰色のぬめりとしたしわだらけの角として発現する。角には無数の細かい毛、
周囲に生物の反応は、なし。
ふと上を見上げると、唯一面影が残る建物が。こいつは……なんだか懐かしいな。
かつては堂々と屹立していた白き塔。そのほんの少しの、残り。
それは京都タワーであったものだった。
現在時刻、10/31、14:15。
その時まで、あと――
彼は間違っていた。
見られているぞ、
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