出撃

 会議は白熱していた。


 議題? 無論神国しんこく日本を助けるか、否かである。今現在神国の情報を得るとすれば、唯一のこよみさんのみ。

 そのこよみさんは現在左腕の壊死を始め多数の銃創、それによる大量出血により意識不明の重体だ。

 よって情報はただ一点のみ。


〈29日より、突如械国の軍勢が京都を奇襲、これを陥落させる。わが方の死者、9万以上、桜宮様の生死不明〉


 

 この情報をどう取るか、争点はそこからであった。

 神国はもう全滅した、という意見。救出反対派。

 神国はまだ健在である、という意見。救出賛成派。


 全体的な流れは前者であった。


「私、雷天レィチェン空将は神国日本は既に全滅したと考えます。彼の国の人口は確か10万を切っていたというのが直近のデータです。そしてこよみ様の情報によればとあります。この情報がであるか判明しない以上、彼らが生き残っている可能性がゼロであることを考慮すべきです」

「空将! それは……あまりにも、あまりにも冷酷な判断です!」

曲直瀬まなせ様、祖国を憂うその気持ちは当然ですが、物事は常に最悪の状態を考えるべきです。それに……現在、転送装置ワープゲートは破損状態。これを『直す』だけでも物資不足が甚だしい我が国にとってダメージが大きいのです」

「それに――」


 雷天レィチェン空将のセリフを補足するように無形ウーシンが申し訳なさそうな表情と共に続ける。


「それに、仮に転送装置ワープゲートを修理、解放し、生存者を回収したとして。その後の閉じるタイミングを間違えると械国かいこくの軍勢がこちらに来る可能性があります。そうすれば我らは太刀打ちできません。残念ながら」


 今俺達がいるのは洋山深水港ようざんしんすいこう跡にある転送装置ワープゲートの管理室だ。それなりの広さがあるので、臨時の会議室となったワケだが。

 外には大勢の兵士が集結していた。翠玉すいぎょく国の陸上戦力、その全てである。数はおおよそ千人ほど。


 勿論、「兵士」の頭数自体はもっと沢山いる。この千人というのは「十分な武器・防具を装備している兵士」の数だ。実際、戦争は単に数をそろえればいいというモノじゃないからな。

 ところで、俺の見立てでは彼我戦力は約10倍ってところだろう。なので残念ながら一見多そうに見える「千」という数はまず役に立たんな。

 仮に械人かいじんと戦えば、待ち構えるのは……二文字で表せる単語のみだ。


 恐らく雷天レィチェン空将や無形ウーシンもそのことをよくわかっているのだろう。最悪の事態というのは械国かいこくの次なる標的が自分たち翠玉国になることだろうからな。

 

 翠玉すいぎょくで最も好戦的な呂玲ロィレンは意外なことに救出反対派だ。曰く、「何かいや~な予感がするぜ。オレは救出に反対だ!」とのこと。主張の根拠は「カンに決まってるだろ!」であった。なんとも彼女らしい。



 一方でマズダは救出賛成派のようで、熱く弁論を振るう。それを要約すると、こんな感じになる。


「確かに反対派の意見は合理的でよろしいと思います。しかし今、このような混沌とした時代に必要なのは『思いやり』を姿勢が必要なのではないかと。危機にある友人を見捨てない、というのは士気の向上や翡紅フェイホン様の名声が上がるという点もありますし――そもそも、神国が全滅したという事自体単なるイメージに過ぎません。少しでも生存の可能性があるのなら、助けるべきです」

「マスダ様、貴方様の意見はだいぶ理想論が多く見受けられるようですが、仮に救出対象がいないもしくは全滅した、ということになった場合どうするのです?」

「――失敗のリスクを考えて何もしない、というのはかなり良くない兆候だと思いますね。このような事態にこそ、リスクというものは考えないで行動するべきです」


 それに対する反論、更なる反論。会議はより白熱し、やがてつかみ合い寸前のような事態になろうとしていた。

 その時、翡紅フェイホンが勢いよく机を叩く!

 鎮まる室内。

 彼女の紅き双眸はいつも以上に輝いて見えた。怒りで。


「とりあえず、転送装置ワープゲートが直せるかどうかよ。――獼猴じこう? 実際どう、直せそう?」

直せるよታዘዝこれは一度にያለ ጥያቄ転送負荷がかかり過ぎたことによる故障だ。確実に直せると思うよ。確かマサチューセッツの『エイボンの書』に説明書もあったことだしね」

「そう。どのくらいかかるの?」

「最低でも半日12時間


 その答えに出席者は互いに顔を見合わせる。半日。たかが、されど半日! このような事態でなければなんとも思わないだろうが……今は一分一秒でも欲しい時だ。

 そんな時に半日も待てと!?


「わかったわ。作業の開始を指示するわ」

「では、急いで材料を『南沙人工岛天空/海军基地』より取ってくるよ」


 通信を切る翡紅フェイホン。その指示内容は救出賛成に回ったという事。懸念は色々とあるが、さいは投げられたのだ。


 だがしかし。

 あと半日も待てそうにない人物が1人。


 ……よし。体内の調整は終った。無事発現した新しいにエネルギーを注ぎ込む……いいぞ。これで直ぐに出発できる。

 俺は立ち上がった。出口に向かう。


「ちょっと、どこへ行くのよヒロシ?」

「決まってるだろ? 神国に戻るんだ」


 その答えに啞然とする一同。慌てた様子で翡紅フェイホンが俺の腕をつかむ。


「どうやって行くつもり、なのよ」

「飛んでいくのさ。今の俺なら普通にできる。エネルギーも十分に行き渡らせたことだし」

「~っ、そうゆう事じゃなくて! ……ああもう、どうして1人で行こうとするのよ!」

「さっきの話の焦点は要するに救出に失敗すると仮定した時、無駄になるのは。そう感じた。俺が単独で行けばその点問題ない。なにしろ――」


 俺は勢いよく全身を変化させる!

 あっという間に脆弱な皮膚が、鋼鉄のソレに変わり怒りを代弁するように棘が大量に生える。肉体は一回り大きくなり、口からは高圧蒸気が漏れ出始めた。


「この状態になれば、俺は死ぬまで戦い続けることが、できる。何の物資も、支援も必要なく」


 痛くはなかった。でも、どうしてか痛かった。

 破裂音。頬に。乾いた音が空気を振動させ、一面に響く。

 叩いた手は赤く色づき、そっちの方がダメージが多そう、なんてことを気にするそぶりもなく、翡紅フェイホンは怒鳴る。目尻に涙を浮かべて。


「そうじゃなくて! 私達が大切な仲間を! たった一人で戦場に行かせるわけないじゃない!」

「そう、なのか」

「そうゆうもんよ!」


 室内の人間が一斉に頷く。俺は戸惑っていた。さっきまで彼らは賛成も、反対も合理的な、論理的な、計算ずくめで動いてた、はず。なのに、これは。


「……その通りです。だから、翡紅フェイホン様、申し訳ありません。私がヒロシ君と共に神国へと向かいます。私の『転移ማስተላለፍ』を使えば、神国まで2秒ほどで着けますから」

「なっ……ティマ、危険すぎるわ。そんな遠距離を一気に『転移』したら、死んじゃうかもしれないのよ? そのこと、わかっているのよね?」

「……金浦キンポの時は、許可を出して下さいました」

「それは何度も試して、絶対に死なないとわかっていたからよ! ここ杭州湾から京都まで約1450キロ、金浦キンポの倍近くあるのよ!?」


 その後も翡紅フェイホンはどうにかしてティマを説得しようとしたが、彼女の決心は固かった。結局、翡紅フェイホンはティマと俺の神国行きを了承するのだった。


 そこから先は慌ただしく準備が始まり、30分後。


「……ヒロシ君、もっと、もっと近づいてください」

「こ、こう?」

「……ダメです。みたいに、もっと」

「わかった、わかったからそれ以上は言わないでくれ!」


 別に遊んでいるわけではない。ティマの「転移」は、彼女の説明によると本来は1人用であるらしい。そして複数人を同時に転移させるには、術者との距離を詰めることで魔人の体内に生息する精霊に「横に広がる1人」と錯覚させる必要があるのだとか。

 何て強引な。拡大解釈そのものじゃないか。

 今回のような遠距離転移の場合、ひょっとしたら着地点の誤差によりはなばなれになる可能性があるので、少しでも密着することでそれを防ごうというわけ。


 今のティマはいつもの格好、黒のロングドレスに大きなリュックサックを背負っている。中身は全て魔素ボンベ。あとは簡易式吸入器。

 恐らく、というかほぼ確実に転移後、ティマは魔素切れに陥る。そうすればあっという間に全身が崩壊し、死んでしまうだろう。

 それを防ぐためにこうして携行する必要があるのだ。


 ティマの右半身に刻まれた紋様がゆっくりと点滅を開始する。それ自身が別の生き物のようだ。点滅の色は白。それが急速に輝いてくる。準備完了のようだ。


「いい? 二人共、無茶はダメよ。転送装置ワープゲートの修理が終わり次第、直ぐに私達もそっち神国に行くからね」

「わかった」

「……承知しました、陛下」


 点滅が終わる。ティマの右半身が電光のように輝く。出発の時だ。


「じゃぁ、行ってくる」

「うん。頑張って。武運を祈るわ」


 そして目の前が輝く白に染まり、ティマと俺は



○○○○○○○○

■■要塞 アースガルズ

グラズゴールヴの館にて


「イィス殿? これから連続するので、ご苦労ですが。よろしくお願いしますね?」

【はがずだぁ? cresc.ティマドクネス ∩ decresc. ウヴォ=szhqla ≠ Q.E.F. 】


○○○


 -プした。




 ヒュウ、ヒュオォォォという風切り音。

 目の前に広がるは、極彩色の雲に雨。首を動かし、下を向けば広がるは極彩色の大地。俺が今いるのは――上空。


「な、何!? 一体どうなって、いや、ティマ? どこにいる!?」


 直前まですぐ目の前にいたはずのティマの姿、どこにもいない。密着した際の体温や残り香は……ある。つまり幻ではなかったということ。

 まさか、誤差が生じたというのか。クソ、なんてこった!


 とりあえず俺は体を大の字に広げ、更に腕と足の間から膜を生やす。ムササビなどに見られる飛膜、というやつだ。

 それでもってグライダーのように滑空。着陸する。

 まだ扱いに慣れてないということもあるんだろうが、やはり龍脈器官は万能となるまでの時間がなぁ……それさえなければもっと汎用性があるのに。即効性に欠けるのが龍脈器官の、ひいては爬蟲超竜リザーバグという種の弱点だな。



 さて、ここはどこだ……?

 一面は極彩色に汚染された廃墟、それらを乱雑に破壊尽くした跡が延々と広がっていた。かつて激しく燃えた火は雨によりほとんど鎮火し、その存在感は感じられない。


 脳細胞を急いで増殖・拡張し、額から灰色のぬめりとしたしわだらけの角として発現する。角には無数の細かい毛、感覚毛かんかくもうが生えている。

 周囲には、なし。


 ふと上を見上げると、唯一面影が残る建物が。こいつは……なんだか懐かしいな。


 かつては堂々と屹立していた白き塔。そのほんの少しの、残り。


 それは京都タワーであったものだった。


 

 現在時刻、10/31、14:15。

 その時まで、あと――






 彼は間違っていた。

 見られているぞ、

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