第7章:古都決戦 

凶報

 どれほどの犠牲にも報いはない、何の役にも立たぬと、知って行け。

そうすれば自尊心だけは失われずに済む。

 ――ハーバート・リード


 STAYここにいろ

 ――映画「インターステラー」より


「械」 

音読み・カイ 訓読み・[外]からくり、かせ

① しかけ。からくり。道具。

② かせ。罪人の手足にはめて

 ――日本漢字能力検定協会 漢字ペディア より

 傍点は筆者のとある意図の元、付与しました。








 走れ。逃げろ。逃げろ。逃げろ!

 少しでも、少しでも安全な地へと。

 全ては後ろに背負う彼女を、守るため。その笑顔を、絶やさぬため。


 ゲートは無事に起動し、知らない大地へとたどり着いた。

 体力の限界であったが、それでも体に鞭を打ち、歩き続ける。数分もしない内に、人影が、見えてきた。

 きっと翠玉すいぎょく人に違いない。自分の言語日本語が通じるか不安だが、きっと彼女を保護してもらえるだろう。

 そして皇帝にを伝えなくては、急いで――


 

 銃声!


 自分の感覚と共に、男――成析しげさくの体は投げ出される。負傷し、意識を失っていたこよみもまた、何のためらいもなく大地に投げ飛ばされた。


「――――あぁっ!」


 その叫びは、自分の両足がはじけ飛んだことではなく、好きな女性にまた1つ、傷がついてしまったことへの悲しみと。無力な自分への怒りに満ちていた。



 背後からの激しい爆発音と、突風と、黒煙。


 

 成析しげさくの体はまるで木の葉のように宙を舞い、再び大地に叩きつけられる。メキィと、どこかの骨がへし折れる音が体に響いた。


 痛みをこらえる中目を開けると、爆炎の中から数十体の人影が現れた。

 そして聞こえだす、蹂躙の音。悲鳴と断末魔。





「おーい、そっちは終ったか?」

「ああ。ざっと50ぐらいかな? KPの変動はどうなっている?」

「んー。ここはだからなぁ。ちゃんと集計されていればいいが……お、おお?」

「どしたよ」

「よ、よっしゃぁ! ボーナスKP2倍だとよ!」

「まじで!? アレかな、新エリア解放だからかな?」


 2体の械人かいじんは歪な笑い声を立てる。彼らの悪趣味な鎧などの装飾品もカタカタと音を立てた。しゃれこうべが嗤うように。


 ボーナスポイント、の知らせを受け更に仲間が集まってくる。逃げるらを追ってこの地に転送ワープしてきた械人かいじんは48体。

 無防備な民間人が皆殺しになるまでの時間は5分といらない。


「ところでよー家畜敵対NPC共の転送装置ワープゲート、なんか火ィ吐いてるけどさーこれじゃ他のプレイヤーこれないんじゃね」

「そーゆーときのための『簡易式ファストトラベル』だろ? せっかく高いKPで交換したんだ。使おうぜ」

「おーけーおーけー、じゃぁ早速組み立てるわ」

「頼むぜ。これで超高難易度エクストラハードクエストに苦労している連中も流れてくるだろ」


 数体の械人かいじんが共同して何かを組み立て始める。実に楽しそうな様子、まるでゲームをしているかのようだ。

 その内1体が、気づく。


「おい、コイツらまた生きているぞ!」

「おいマジか!」


 それは成析しげさくこよみであった。2人とも自身の体液で真っ赤に染まっており、付近には成析しげさくの膝より下のが散乱していた。例えば、大腿骨の破片とか。


「神国の家畜敵対NPCだから……1KPだけかぁ。多分旧エリアのKP配分はここでも変わんないだろうしな」

「んじゃ、どうする? この中で一番KPが低いのは……智大トモヒロ、お前か。じゃーこれ、おまえに譲ってやるよ」

「え、いいの?」


 そう遠慮しながらも喜々とした様子でまず、成析しげさくに近づき――


「た、たのむか、彼女だけは」


 ヴヴン――ばしゃっ。


 智大トモヒロが持つ筒状銃火器、電子銃メタルストームからその名の通り、毎秒1万6千発の銃弾の嵐が特徴的な音と共に発射され、成析しげさくを瞬時に粉々にした。

 彼は大地に広がるシミと襤褸ぼろになった。


 メタルストームはその驚異的な発射速度の代わりに一瞬で弾薬を消費尽くす。なので、撃つ度に新しく装填しなくてはいけない。


 まことに不便で、それ故にロマンが溢れる――ゲーム的な兵器である。


 そんなわけで智大トモヒロは次にこよみに向けメタルストームを発射すべく装填作業をしようとし、止められた。


「まぁ待て。女の方は――全員でやろうぜ?」

「ええっ! でもそれじゃぁKPは」

「安心しろ。複数人で仕留めてもKPは全員に均一に渡る。知らなかったのか?」

「え、そうなのか」

「そ。だからお前のが遅れる心配もないさ。なにより」


 倒れ伏し、未だに目を覚まさないこよみを見て、下卑た声で言う。


「イイ女だ。みんなで楽しまないと、な?」

「ああ、そうだな!」

「みんな来いよ! はやくやろうぜ!」


 そして各々が得物をこよみへと向け、いざお楽しみを始めようとした時。


「ん? 何かが高速で、向かってくる?」


 械人かいじんの1人が不審な声を上げる。それに誰かが反応しようとして――彼らの腕が次々と斬り飛ばされた。







 急いで高速艇でもって洋山深水港ようざんしんすいこう跡の転送装置ワープゲートにヒロシが辿り着いた時。

 目の前には多数の人だったモノの痕跡と。最後の人が無惨にも殺戮されようとしているところだった。

 その最後の人の顔が、のものであると認識した瞬間。

 何かが噴火した。

 それは衝動。

 翡紅フェイホンの時とは種類が違う。溶けた岩石マグマが弾け飛ぶような、真っ赤で熱い、衝動。

 その衝動を赴くまま、俺は暴れた。

 だがほんの一滴の理性が、最終段階を押しとどめる。

 どうしてこうなったのか、情報を集めなくては。


 かくして械人かいじん共の手足は全て切断され、頭と胴体だけの鉄クズとなり、地面と垂直となる十字架のような形で植えられていた。何かの間違いで逃げられないように。


「さてと、さっそく聞き出しますか。おい」

「ヒ、ヒイィッ、俺の、俺の腕が、あし」

「うるさいな」


 泣き叫ぶ声が目障りだったので、とりあえずソイツの頭を抉り取った。ゴミは邪魔なのでそこらへんにポイ捨てする。ほんの僅かに残った後頭部の皮一枚がべろりとうな垂れた。己の罪を懺悔するように。

 それを見て、更に衝動が湧き上がる。


「今更、おせぇんだ、よっ!」

「う、うわ、やめ」


 命乞いを聞いて俺の衝動は更に燃え上がる。見せしめとしてもう45体ほど同じ目に合わせる。次々と、肉を抉る音が辺りに響く。


 今、俺の右手はダルマザメという生物の歯をモチーフとした形に変形していた。金浦キンポ要塞で金容姫キムヨンヒの腕を抉り取ったものと同じだ。

 ダルマザメの歯は獲物を殺さずに喰う。即ち肉の一部を抉り取って喰うのだ。そうすることで獲物はすぐには死なない。そんなわけでダルマザメはとてもエコな食べ方をする動物で、拡大解釈すればこういった拷問にピッタリだ。


 さて、あと2体か。俺は少し離れたそいつらの元へゆっくりと近づく。恐怖を与えるように。


 一方後ろでは複数人が集まってまだ息があるこよみさんの蘇生措置を行っていた。「よし、目を覚ましたぞ!」という獼猴じこうの声が聞こえた。


 、今は情報が、先だ。

 俺はとりあえず、2体の内片方の頭部を抉り取る。標的にならなかった方が声にならない悲鳴を上げた。


「なぁ、いい加減に教えてくれるよな? なんでてめえらはさ、ここにいるんだ? 『混沌の颱風ケイオス・ハリケーン』の処理で忙しいはずだろ?」

「い、いやだいやだ……ログアウトだけは、ログアウトだけはいやだ……」

「おい、人の話を聞け――よっ!」

「い、いぎゃぁあああ――ボ、ボクの目がぁぁ!」


 とりあえずソイツの片目と周辺の肉を抉り取る。少しは素直になってくれるといいな。


「な、なんでだよぉ! まだ、まだ体験版だろうが、それなのに家畜敵対NPCに強制ログアウトされるとか、どんなクソゲーだよ、第四帝国のやつら話が違うじゃないかぁ!」

「体験版? ログアウト……? ログアウト、ねぇ。ああそうか。お前らまだ完全な械人かいじんじゃぁねぇんだな? ほれ、これが証拠だ」


 俺は右手をぐっと近づける。そこには数多の械人かいじんから抉り取った、灰色のがこびりついていた。


「理由はしらねぇが、お前らはまだ完全な機械化を成し遂げていない。だからまだ普通に死ぬ。それがログアウトってことか――ざけんな」


 俺は衝動のまま、ソイツの口に右手を突っ込み、喉を貫通し、奥のを怒りのまま引きずり出した! 一般的に頸椎けいついと呼ばれる部位だ。その棒には様々なコードやら機械が巻き付いていた。

 それを見て、何故か更に衝動が湧き上がる。

 制御できない。

 俺は拳を振り上げ、衝動のまま、械人かいじんに叩き付け、叩き付け、叩き付け、叩き付け、叩き付け、叩き付け、叩き付け、叩き――


「ヒロシ君ッ!」


 後ろから抱き留められる。温かさが、じんわりと背中から広がる。


「……もう、もう大丈夫、大丈夫ですから……落ち着いて、『怒り』に飲まれちゃダメ、です」


 より強く、ぎゅっと俺を抱きしめるティマ。その言葉の温かさが、煮えたぎる衝動を冷やし、凝固させ、沈下させていく。

 そうか。

 これが「怒り」なんだな……俺は手を降ろした。いつの間にか、ポツポツと雨が降り出していた。



「大丈夫、落ち着いて、君! 一体何が起きたんだ!?」

獼猴じこう姉ェ、こよみ姉ェは生まれつき話せないの!」

「な……そうなのかい。とすると筆談か! だれか紙とペン、いや端末でもいい、持って来てくれ!」


 俺とティマがこよみさんの元へ着いた時、そういった会話が聞こえてきた。そうだ、こよみさんは生まれつき喉の障害のせいで発声がほとんどできないからな。いつも使っている端末はどこに……?


 その時、こよみさんはゆっくりと懐から自身の端末を取り出し、文字を打ち込む。必死の形相で。そして打ち終えると同時に――再び意識を失った。体力の限界であったか。

 獼猴じこうが端末を受け取り、その文を見た後、音声として流した。



〈29日より、突如械国の軍勢が京都を奇襲、これを陥落させる。わが方の死者、9万以上、桜宮様の生死不明〉


 何だって……?

 誰もが呆然と、その情報を聞いていた。




 現在時刻、10/31、10:43。

 あと、6時間と22分。

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