往く果て

ガイアンらが去ってから3日後。

2299年 1月4日。





 目の前の文字列リストを私は眺める。


 以前の私ならどんな反応だったっけ。

 少なくともこんなに淡々としていなかったはずなのだけど。

 ……思い出せない。慣れてしまったのかもしれない。


 涙は、出ない。


 枯れてしまったのだろうか。それともあの時に出し尽くしてしまったのだろうか。いずれにしろ、同じこと。

 

 頭を左右に振り、現実を再び見つめる。暫くすると、見慣れた名前が飛び込んできた。








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判明した死者一覧(DNA情報と合致次第更新中)             49/89  


姓名:力道(りきどう)

性別:男性

所属:元神国日本の遣翠使けんすいし

DNA情報一致率:100%

検体使用部位:恐らく右手の薬指、その第二関節。他部位は発見できず。

判明死因:戦艦「信濃」にて負傷者の救助・搬送作業を行ってた際、同艦に突入した双発爆撃機の自爆攻撃により死亡。

備考;ほとんど同じ場所より上述の遣翠使けんすいしの団長である曲直瀬まなせの死体、その一部が回収される。詳細は別ページにて。           


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「……そう。やっぱりあの子も」


 これではっきりした。あの日12月25日をもって事実上純粋な大和民族は滅亡したのだと。彼らの生き残りは中央大藩国ちゅうおうだいはんこくに保護されている者を含めて、7人。そして


 もっともこんな時代だ。民族の純粋だとかそんなものはどうでもよいのかもしれない。永く続いた国がまた1つ、歴史という流れへと消えた。ただそれだけのこと。



 ……以前の私ならどんな反応だったっけ。

 少なくともこんなに淡々としていなかったはずなのだけど。

 思い出せない。もう、慣れてしまったのかもしれない。



 持っていた紙をテーブルの上に放り投げる。乱暴に。その際、先客が飛び散り、内容の一部が目に飛び込んでくる。


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「台湾海峡・澎湖ぼうこ諸島沖海戦の…………以上より推定死者数は23万──この数字は大篷车キャラバン全体の7割超が死亡…………我が国全体でも約5割の人間が一晩で──

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…………

姓名:獼猴(じこう)、もしくはテセラクト

…………

DNA情報一致率:90%

────部位:損傷した両足部分

判明死因:黒船・白船との戦闘後の救助活動を指揮中に現れた異形…………に巻き込まれ…………

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 全員を、1人の零れもなく、少しでも安全な場所へと送り届ける。そう決めたはずなのに。果たして現実はどうだ? たった1日でこんなにも多くの民が、仲間が、亡くなった。


 初めて出来た愛しい仲間もまた、亡くなった。

 端末を開く。そこに映るはもう埋葬された1人の女性、その遺体。

 それは激しく損傷している。両足は歪な方向にねじ曲がり、折れた骨たちが外へと飛び出している。全身の皮膚は焼焦げあちらこちらが炭化し、生々しく醜い赤と白が所々空いている。衣服はズタボロで原型は留めていない。

 一見すると誰なのか全く判らない状態だ。だが、翡紅フェイホンには彼女が誰なのかすぐにわかった。遺棄された彼女を、まだ1歳にも満たないその子供を拾い育て、もう14年にもなる。自分が12の時よりこの地位になってから共に生きてきたその子は、特徴的な身体を持っていた。


 消えそうな声で名前を呼ぶ。


無形ウーシン……」


 写真の遺体に両手は無かった。

 それは突然変異によるもの。それは放射能という呪いによるもの。それは──勝利という結果のみを追い続けた先祖の過ち、その呪いであった。


 そして無形ウーシンの遺体には特異な点がもう1つ。

 心臓の真上と喉にある大きな傷と、。大きな傷はどう見ても刺傷。つまるところ、無形ウーシンは戦死したのではない。






 されたのだ。誰かに。




 ◇


 憂鬱な気分を無理やりにでも矯正しながらCICへと向かう。先導するは数日前に新たな配下となった金髪のメイド、ラルヴァンダードだ。

 この数日でわかったことは2つ。1つは彼女がとんでもなく無口であるということ。のでは、というぐらいの。

 そしてもう1つ彼女は少なくとも事務とかそういった方面でとても優秀であった。1度教えて、指示したことは完璧にこなす。

 例えば極めて複雑な構造の「信濃」の見取り図を一目見ただけで通路をすべて把握したり。俗にいう完全記憶能力を持っているのでは、と翡紅フェイホンは思った。


 CICに着くと多くの顔が一斉に私を見る。その大半は新しい顔だ。無言で頷きを返し、中央のスクリーンを見る。そこには計108隻と以前に比べ3分の1となった大篷车キャラバンの姿があった。


翡紅フェイホン様、全艦出発準備完了との報告が入りました」


 艦橋に通じるスピーカーよりジーノチカロジェストヴェンナ大将の報告が聞こえた。

 死者を想い弔う時間はこれで終わりを告げる。再びその時が来るとすれば、それは──目的を果たした時。即ち中央大藩国ちゅうおうだいはんこくに到着した時だ。


「よし。みんな、改めて──旅立ちの時よ。全艦抜錨、出撃せよ!」

「進路を西南西せいなんせいへ! 目標地は香港島!」


 

 彼女らは進む。ゆっくりとだが確実に。

 その往く果てに、希望はあるのだろうか。


 それを識る者は、大いなる流れのみ。






                  アジアの末裔。その旅路の再開。 END



 

 

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