陰謀は往く

 何の前触れもなく大声を上げたガイアンに皆驚きながら一斉に彼の方を向く。大勢は困惑していたが、藩国人はティマの腕の中で眠るアルカマを見て即座に理解の色を示した。


「ティマドクネス様、アルカマ様は何時から眠り始めました? どんな状態で?」

「……今から数分前のことです。それまではずっと私の方へと甘える仕草をしていたのですが、突然眠ってしまって」

「なるほど。であればまだ時間はありますが、アルカマ様の体質呪いのことです。油断はできませんね──今すぐ清潔な場所へ連れていき血液凝固作業とパーツ交換の準備をするべきかと」

「俺も同じ意見だラルヴァンダード。というわけでかなり急だが俺たちはお暇させて頂くぜ」

「急を要するのね? わかったわ」


 ガイアンらの有無を言わさぬ口調に即座に事態を察する翡紅フェイホン。この反応の裏には前もってアルカマの体質呪いについてのレクチャーを受けていたこともある。

 アルカマの生体パーツ群の寿命は7日から10日。それを過ぎるとアルカマは全身の壊死により確実に死ぬ。この時点で替えパーツが存在しない現状、彼らの滞在期間は自ずと限られていたのだ。


 こうして慌ただしく帰還の準備が進んだ。とはいえ円盤機UFOの乗客となるのはガイアン、アルカマ、Doctorの3名のみ。よって15分という短時間で終わる。

 前者2人は別れの挨拶もそこそこに(アルカマは寝ているのでせずに)軽巡「カピタン・プラット」より離れた。


翡紅フェイホン様、最後にこれを」


 そう言ってDoctorはウィウィウィ~、という独特な駆動音を立てるねじ回しの底からUSBメモリーを取り出し手渡す。

 これは旧時代にあったBUFALLOバッファロー社製、128GBを中央大藩国ちゅうおうだいはんこくの技術者の手によりコピー生産されたものだ。


「これは?」

「私が潜入中に採取した各人のDNA情報です。最後のさっき降ろした貨物に全自動核酸抽出装置などのDNA鑑定キットがありますので、それと共にお使いくださいな」

「……」

「ま、これが私なりの良心ってことで。ではこれにて失礼します、長き航海の果てに再び相見えんことを!」


 そう言い残し、Doctorは光る帯と共に空中に浮き、そのまま円盤機UFOの中へと消えた。そして音もなく円盤機UFOは上昇。凄まじいスピードで西の方角へと去っていく。


 それは一連の陰謀が終わりを告げたことを意味していた。







円盤機UFO内部にて。


「う、うーん……あれ、ししょー……?」

「おう。痛覚機能はちゃんと切ってあるか?」

「うん、うん……」

「他に何かおかしなとこはあるか?」

「えっと、すごく……ねむたぃです、すっごく、ねぇむぅいい……」

「それは間違いなく正常な状態だ。さ、もう寝な。次起きた時には元に戻ってるだろうから」

「ぅん。おやす、みなさぁ…………ぃ……」


 小動物のように身体の丸めて再び眠るアルカマ。穏やかなその寝顔に寝息は殆どなく、まるで死んでいるようにも見える。

 ガイアンは膝上より幼子をそっと持ち上げベッドに寝かせる。よく見ると幼子の顔には黒い斑点が滲み出ていた。次々と。コートやスカート、ストッキングのおかげで見えないが、今頃その内側には「壊れ」が無数にあるだろう。

 アルカマの壊死は想像以上に速く進行していた。翠玉すいぎょく国の衛生状態が劣悪なことも起因しているかもしれない。


「状態はどうです?」

「かなり悪いな。すぐに準備するとしよう」


 機体を自動操縦に任せたDoctorが壁に寄りかかりながら作業を見物する。


 ガイアンはまず、 アルカマの各所に設置されている穴に血液凝固剤を手早く流し込む。もちろん付近を消毒した上で、だ。

 そして特殊な体内透過装置にて血流の流れを把握。血液が無くなった箇所から順にパーツを切断していく。

 20分もするとアルカマの手足は外された格好となった。手足の接合部からは好中球の死骸や壊死した部位が混ざり合った白と黒と黄色が混ざった膿がぴゅっ、ぴゅつと吹き出す。酸っぱく、生々しい臭いが立ち込める。

 最初は威勢よく、やがて出尽くしたのか垂れるのみ、という風に。なんとなく性器からの吐精を想像させる光景だ。


 実のところアルカマのこういった作業はマニュアル化されており、このような光景にさえ耐性があれば誰にでもできる。

 そしてガイアンは耐性があった。彼は十万単位で命をその両手でしてきた男だ。今更、というわけである。

 ふと、ガイアンは手を止める。


「なぁDoctor。ちと聞きたいんだが」

「はい、なんでしょう?」








「大王・キュロス三世様は亡くなったんだな?」

「はい。ガイアン様の予想通りに」

「付き添いの不死たる王の守護者イモータルズは?」

「全滅しました。1万人、全員が漏れなく」

「ラルヴァンダードの重さ残機はどの位減った?」

「本人曰く、2万と」

「3分の2以上も喪ったか……クソッ、何もかも予想通りだな」

「全ては勝利のためです。首魁であるHaxszthulrハスターもある程度の致命傷を負ったとのこと。我らはまた一歩前進したのです」

「勝利にか?」

「はい」

「…………俺にはその考えが誰かに植え付けられたように感じるよ」


 大きな溜息をつくガイアン。何が可笑しいのか弱い笑みを浮かべている。


「命を失えば勝利も何もないというのにな」

「張本人たる貴方様が言うのもおかしなものですね」

「滑稽か?」

「まさか。組織のトップがその思考を捨てない限り安泰というものですよ」

「そーかねぇ。なぁ、お前さ。神国日本に潜入する際に身分を偽ったろ」

「そうですね」

「元の人間はどうした?」

「殺しました。ちゃんと処理しましたよ」

「それも──」

「勝利のためです。当然」


 乾いた笑い声を上げるガイアン。しばらく笑い続ける。そして何かに納得するように何度も頷いた。


「わかった、わかったよ。そうゆうヤツであることは既に知ってたしな。さてと、さっきそのねじ回しで調べたんだろ? どうだったよ」


 その不自然な話題の転換が告げる。これが本題であると。


「ええ。驚きましたよ。ティマ嬢は

「やっぱりか。俺もこっそりと妊娠検査薬を使ってみたんだが、シロだったよ」

「ということは、彼女の体に関する変化は何が原因なのでしょう? N'qzzs-Klivnclヌトス=カアンブルは言ったんですよね。『心臓の仔を孕みし者を、この手に。ティマドクネスを、この手に。』って。あれは嘘だったのでしょうか?」

「そうだな……」


 顎に手を当て、暫しの間考えこむ。やがて考えが纏まったのか、顔を上げる。


N'qzzs-Klivnclヌトス=カアンブルが改めてティマドクネスの様子を観察した時、こう言ったんだ。『もうほとんど塞がっている……成りつつあるのですね、ティマドクネス。では今は熟するのを待つとしましょう。』ってな。どこにも

「ううん? よくわかりませんね。というか何が塞がっているのでしょう?」

「俺はふと思ったんだ。塞がる、というのは入り口なんじゃないかと。子宮のね……あいつらから見て子宮収縮というのがそう見えるんじゃないかと」

「はい? 子宮収縮って、下手すると流産しますよ……え? 流産?」

「こう考えたらどうだ? 12月25日の、N'qzzs-Klivnclヌトス=カアンブルが現れるまでは確かに妊娠していた。ところが彼らとの戦闘中に、流れてしまった。だから俺たちが検査した時にはもう、という感じだ」

「それであれば、未熟児は何処へ消えたんです? まさか食べた、とか言わないでしょうね」

「そのまさかだとしたら?」


 Doctorは沈黙する。冷汗が何滴か、額より生じる。顔は動揺。


「誰が食べた、ですって?」

「ティマドクネス本人だよ」

「いや……どうやって」


 ガイアンは己の仮説を発表する。


──まぁ正確には吸収したというべきかな。

 ところで、お前は旧時代に不妊治療というものがあったことを知ってるか? 要は子作り応援というやつだが。なんでそんなものがあったのかというと、子供の数が少なくなり始めたからだ。ヤり始めが遅くなったことで出来にくくなった、もしくは中々授からない人が多くなったせいでな。

 さて、後者の場合何故そうなったのかというと……面白い仮説が1つあってな。それが「究極の子殺し」というものだ。

 子殺しは大まかに2つに分けられる。1つは経済的な理由。で、もう1つは理由不明なもの……この理由とは他者から理解されない、内因的なものだ。心の病とかいうやつだな。で、これは集団内の人口密度が高いときに現れることが多い。

 要はこれ以上人口密度を増やさないために、間引きするってことだ。ところがこれを社会でやると集団からされてしまう。


 それでは困る。

 故に産む前に殺すものが現れた。


 まだ胎児が小さい内に流して、跡が残らないように食べる──吸収するという行為を無意識にやったんだ。

 故意じゃないから誰にも気づかれず、「今回もダメだったかー」で済まされる。完璧な、「究極の子殺し」。

 この仮説が提唱された時は割と一部界隈から猛バッシングを食らったんだが、ある意味的を得ていると思うんだがなぁ。


「…………というわけでこれと似たようなことがティマドクネスの身に起きたと思うんだよね」

「お腹の子を育てる事が環境的な理由でできないので、喰らって次の機会を待つということか」

「まあそんな感じだ」

「…………彼らの言い分であると、ティマ嬢の相手であるヒロシというのは心臓の仔なんですよね。そして心臓の持ち主はかの異形の王、Haxszthulrハスターであると」

「ということらしいな」

「その仔をティマ嬢が吸収したと」

「まだ仮説だが、な」


 2人は顔を突き合わせる。互いの眼には真顔が映っていた。


「え、それマズくないですか」

「自分で言っておいてなんだが……確かに」

「仮にですよ、仮にティマ嬢が異形化したら……どうなるんでしょう?」

「そうだなぁ、俺達の調べによるとヒロシ君は無限にエネルギーを生成する永久機関を持っていたらしい。そしてティマドクネスは魔素マキジェンが尽きぬ限り隕石を降らすことができる」

「と、いうことはそれが無限にできる可能性が……」


 Doctorの脳裏に映る仮初の光景。

 それは尽きぬ隕石の嵐。全てを燃やし尽くし、押しつぶし、粉々に。灰燼と帰した地面をただ進む魔王の姿。


 つまり黙示録アポカリプスであった。

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