Midnight = Doomsday

 神の一撃を死すべき人間はかわせない。

 ――ソフォクレス(紀元前497/6年 ~406/5年)、ギリシア悲劇作家



 まずは、海。

 「サスケハナ」ら計4隻より巡航ミサイルが飛び出した、ちょうどその時。天空から光芒が降り注いだ。極めて輝かしい病的なあお。海域を塗りつぶす。光は触れるものを全て溶かし、照らされた存在を抹消する。

 光芒はその勢いで真っ白な水蒸気を伴いながら北上し、『トラキア=テッサロニキ』に到達。人智を超越した恐るべきエネルギーの奔流は地形を作り替える――擂鉢状の、まるで恒星を押し当てたような、クレーターに。その跡地には土産として厖大な放射能があった。


 断末魔はなかった。械人かいじんは死に恐怖を覚える存在か、そういった哲学的な論考以前に、単に声を上げる時間余裕逡巡しゅんじゅんたりともなかったからである。

 神の一撃――光芒はどこから現れたのか?

 答えは真上に天空にあった。

 高度――2000。大地から見て8の字軌道、LEO低軌道にてQZO準天頂軌道をとる邪神ものがいた。

 、は死人のように青く輝く霊体――宇宙ほしぞらに住まう戦士である。

 中心に奇妙な捻じれと揺らぎを持つひし形。それぞれの頂点に星座の輝きを持つ眼があり、辺からは彗星の尾の如き神経が点滅しながら伸び、その終点に筒状の手があった。

 、は手を宇宙へと戻す。

 矮小な知性はそれをのだろう。

 星の廻りを縮小しながらゆっくりと落ち続けるその邪神ものは――


 ――Pednampyra ェダァムピアヒラという。

 その神体からだはチェレンコフのかがやき。その大元は豊穣であった。



 神は計算をされている。

 ――カール・フリードリヒ・ガウス(1777~1855)、数学者・天文学者・物理学者



 次いで、空。

 巨大な密度――「V」状梯団ていだんの中央に神影ひとかげが混ざりこむ。影は大の字をしながら大気を滑空する。無数のプロペラが生み出す大気の攪拌の影響を受けることなく。

 岩石が何の前触れもなく世界の始まりビックバンのように膨張を始める。神体にくたい急伸きゅうしんの末解けた糸のようになり巨大な球を形成。梯団を覆いつくした。

 球の内部では地獄が顕現していた。

 風である。荒れ狂う風の集合体――嵐がそこにあった。

 あらゆる方向から星の理を無視した風圧が襲い掛かる。

 それは例えるなら、非物質の刃であり槌であり槍であり銃弾であり――つまりは破壊の王であった。切り刻まれ、押しつぶされ、貫かれ、穿たれた暴風の名を関する鋼鉄の妖精たち。彼らの末路は超重力の穴ブラックホールに引き込まれた万物のように分解の果て、塵となった。


 断末魔はなかった。械人かいじんは死に恐怖を覚える存在か、そういった哲学的な論考以前に、単に声を上げる時間余裕逡巡しゅんじゅんたりともなかったからである。

 それはほんのの出来事。球は世界の終焉ビッグクランチのように収縮し、大気おおぞらに残ったのは滑空する大の字をする神影ひとかげのみ。

 神影ひとかげは喉を鳴らす。げっぷ、と。、にとって球とは胃と同義であった。

 、は枯れ木のような四肢をもつ緑の岩石であった。

 その邪神ものは――


 ――Ithaquaイタカという。

 その神体からだは9割9分を空気が占める。その大元は5億年の歴史を持つ海の漂流者プランクトスであった。



 神をおそれるは知識の始めである。

 ――バールーフ・デ・スピノザ(1632~1677)、哲学者



 最後に、陸。

 「アイムール」、「ヤグルシ」の砲火が煌めこうとした、その瞬間。大地が激しく蠢動、苦しみを体現するように無数の亀裂が増殖する。

 苦しみは幸いにも長く続かない――元凶が吐き出されたから。

 、は薄皮とそこに住まう矮小な塵々ごみくずを跳ねのけ、塵々が信仰するを粉砕して溢れ出でる。

 数百メートルも吹き上がった、は玉虫色の滴となりブカレストを埋め尽くした。触れたものは腐肉したい死械ざんがい、コンクリート、岩、自然――何であれ全ての固体は奇妙に粘つき、泡立ち、溶かされ、汚濁となり、固体だったものが液体を内包していた場合、それのみが外側へと排出される。

 、の噴火はとどまるところを知らず、限度というものを知らず、際限なく続き、トランシルヴァニア(※1)全域を飲み込もうとしているかのようだった。

 見よ、たった今降ってきた2つの溶塊を。それはつい先程まで健在であった旧時代の妄想兵器、超弩級列車砲の「アイムール」、「ヤグルシ」である。今の彼らはまるで溶けかかったチョコレートのよう。その姿に超兵器としての威厳はどこにもなく、碌に抵抗もできぬまま、ぶくりと泡立ち蕩けながら、の沼地へと沈んでいく。元々バルカン半島で生を受けた彼らは少しだけ色の違う故郷にて運命を終わらせたのだった。

 、は5文字の言葉しか話せない玉虫色の粘液であった。

 その邪神ものは――


 ――Shotggoouthhショゴスという。

 その神体からだは全て同一から始まった。その大元は原初の生命体である。



 断末魔は――。そこかしこに。戦争を心の底から楽しんでいる械人かいじんらが全てを放り出して逃げる、という異常事態が全戦線で見られた。

 その理由として、Shotggoouthhショゴスのスピードが恐ろしくゆっくりな点が挙げられるだろう。前神ぜんしゃは少なくとも思考のときは無きに等しい。が、これの場合は……僅か1分足らずではあったけれども……己が蕩けていく様を自覚することは充分に……できたのだ。

 断末魔は――ある。そこかしこに。けれども耳に入ることはない。何故なら、あの5文字のき声が全て上書きしてしまうから。


 

 テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!テケリ・リ!Tekeli-li!テケリ・リ!テケリ・リ!






 こうして海と空は消滅した。陸は潰走。

 這う這うの体で全てを捨ててブカレスト市外へ逃げる械人かいじんたち。そんな彼らに救いは――無かった。


 

 ――聞こえる


אל תהיה לך אלים אחרים מלבדי.


 ――大きいけど、小さい


אל תעשה לעצמך דמות מעוטרת. אל תעשה לעצמך צורה כלשהי של מה שבשמים למעלה, או של מה שבארץ למטה, או של מה שבמים מתחת לאדמה.


 ――そのめろでぃが


אל תשתמש בשמו של ה' אלוקיך לשווא. ה 'לא ימשיך ללא עונש את מי שמזכיר את שמו בשקר.


 ――戒める、その教え


זכור את יום השבת כדי לקדש אותו.


 ――教えてくれる


כבוד לאביך ולאמך. וּכִּי־יְהִיוּ יְמִלְכֵיךָ וְיִהְיוּ יְמִלְכֵיךָ בְּאֶרֶץ אֲשֶׁר יְהוָה אֱלֹהִיךָ נָתֵן־לְךָ:

 

 ――罪と、


אל תהרוג.


 ――契約と、


אל תשקר.


 ――を――


אסור לך לגנוב.



 逃げ続ける械人かいじんらの動きが、止まる。周囲の空気はいつの間にか生臭い極彩色ごくさいしきとなっていて。


「ギ」


 ある者の頭部が膨らみまみれる。


「ョ」


 ある者の胸部からみ出て。


「ェェェ」


 ある者の陰部からがのたうち回り出て。


「ィアァ」


 ある者の両脚がうねり裂けが飛び出して。


「ピッ」


 ある者の両腕から無数のが彷徨い出て。


「パ」


 ある者の背中からが翅のように広がって。



 気が付けば誰一人として生者はいなかった。


 代わりにそこにいたのは異形生命体。


 一切の例外なく混沌ケイオスに感染した成れの果て。

 大規模発生アウトブレイク


 Shotggoouthhショゴスに気を取られがちだが、全く同じタイミングで発生した眷属のことを皆、忘れていたのだ。

 ブカレスト周辺は取り囲まれていたのだ。


 混沌ケイオスをまき散らすその眷属せいぶつ――


 頭に生える1本の角、2対の左右非対称の羽、3つの禍々しく輝く目、4つの正方形の辺のように並んだ口、5つの不均等に配置された脚、6つの奇妙に捩じくれた尾、7つの不揃いな腕、そして……無数のかおを持っていた。


 ――腐爛天ノ使龙sinードラゴンが8体。その大元は自らを罪深き者とした霊長の生存の証である。







 おれは…………おれはその光景をただ、見ていることしかできなかった……。








(※1)

 ルーマニア中部・北西部の歴史的地名で、東ヨーロッパ西部から中央ヨーロッパ東端部を指す。中世ラテン語で「terra ultra silvam(森の向こうの土地)」、が語源。

 約10万5000平方キロメートル(諸説あり、どこまでをトランシルヴァニアとするか議論があるため)。

 ChatGPT 曰く「東京ドーム換算で約2億2512個分に相当」とのこと。


(※2)

 作中のヘブライ語は「オンライン辞書 Glosbe 」による機械翻訳です。元となった文章を100パーセント翻訳できてない可能性があることをここに明記します。

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