1分30秒前⇒ Midnight

 あー疲れたマジでだるいわー。あの数の異形どもをあれだけの短時間で全滅させるの、本ッ当に疲れた……主に両手がな。

 さて。

 よう、俺だ。最近よく出番がある、「あの噂の」俺だ。

 こっから先はちょいと時系列が複雑になるから覚悟しておいてくれ。

 ……えっ噂になんてなっていない? そもそもお前てめぇ誰だよ? だって? いやーそいつぁまあネタバレになると思うんで、また今度の機会にな!













 時計の針が進む。

 ……カチカチ、カチカチ……

 「0時まで」1分30秒前⇒1分07秒前。


陸――旧「縦深防御式連結要塞群カルパチア」

   現「第四帝国 東南失地領域/2265番発掘基地」にて。


 この地は200年前にかつて存在したHACOME(Habitat Conservation Mechanism、人類生存域保護機構)が対異形生命体用に建造した巨大な連結要塞群である。

 その構造は平たく言うと山脈をくりぬいてある程度持久可能なボックスハリネズミ陣地を複数個建造、それらを地下回廊で連結した永久要塞で、奥――即ち中心部であるパンノニア平原に近づくにつれ強大な火力が集中し敵に出血を強いさせるようになっていた。

 真上から見ると「C」を右に160度回転させた格好であり、文字部分がカルパチア山脈、空白部分がパンノニア平原=ハンガリー盆地である。

 

 さて、現在アダンがいるブカレストはカルパチアから見て南南東にあり、最も近い子要塞(親要塞はカルパチア山脈そのもの、子とは要塞群の一つという意味)はBucegiブセジ 突出部バルジ要塞フォートレスである。

 元々自然公園であったこの地には今、あまりにも場違いなものが地中から出現していた。

 のっそりと這い出てきた、は敷設されたレールの通りに顫動せんどうと前進の末、転車台ターンテーブルにたどり着く。の背には無数のコードがつながっており、地面と色合いが違う光沢は何処か居心地が悪そうだ。

 同じようなものがもう一両。計二両の列車は転車台ターンテーブルに導かれその頭をブカレストの方に向けた。

 、の正式名称は「Imaginary Embodiment Weapon Series Type‐ WB311」。車輪のついた長方形の金属塊に、巨大な砲が1つ乗っかるというシンプルな見た目。

 愛称はそれぞれ「アイムール撃退」、「ヤグルシ追放」。由来はウガリット神話にて登場する嵐と慈雨を司るバアル神が持つ棍棒である。

 装備として、80センチ陽電子投射機ポジトロン・カタパルトが1門。

 既にエネルギーチャージ率は100を超え、照準合わせと同じタイミングで指定された数値である150となった。

 そしてついに砲身より桁外れのエネルギーが解放の時を迎えようとしている――




 1947年より刻みを前後としていた時計の針がまた、進む。

 ……カチカチ、カチカチ……

 「0時まで」1分07秒前⇒40秒前。


空――第四帝国 東南失地領域 戰遺都市ブカレスト第1459番前哨基地/上空8000メートル地点にて。


 そこには「+」の群れがあった。それらは水平方向に少しずつ角度をずらしながら、巨大な密度――「V」状の梯団ていだんを形成。重々しい騒音を規則正しく奏でながら目的地ブカレストに近づいていた。

 「V」は爆撃機。与えられた名はFF‐ 92 Windstorm。全長64メートル、翼幅86メートル、2重反転プロペラが片翼5つずつ、兵器搭載量は実に20トンにも及ぶ。

 その巨大さ、その破壊の量、その数――妖精の羽ばたきは恐怖の暴風を確実に大地にまき散らす存在となるだろう。


 規則に正しい乱れが生じる。

 梯団ていだんから数機、持ち場を離れ独自の航路をとった。前方・右方・左方。それぞれの頂点に移動し、機体下部に設置されている装置から断続的に赤い光を出した。同時に電波も。赤い光は地表に到達するのに若干の差、電波は跳ね返る。機体内部ではそれらを元に現在の地形・敵の位置を正確に割り出し、群れに伝える。

 そして教導観測機以外の者達は少しずつ減速しながら、無言で機体下部のハッチを開く。黒光りする無数の破壊申し子たち。母親は子供を解放するその刻を今か今かと待ちわびる――




 1947年より刻みを前後としていた時計の針がまた、進む。

 ……カチカチ、カチカチ……更に進む……

 「0時まで」40秒前⇒15秒前。


海――第四帝国 南獲得仮領域 臨時第4番ノード『トラキア=テッサロニキ』/南南東100キロの地点、テルマイコス湾海上にて。


 そこに広がるは穏やかな海原。しかしそこに浮かぶはやたらとのっぺりとした存在。船体に存在する唯一の上部構造物は中央やや後ろにあるピラミッド。数は4つ。が、同数。1つを3つが三角形となり囲む。それに正式な名などなく、単に「汎用可変型決戦殲滅端末」と呼ばれている。だがそれでは困る、ということでそれぞれ「サスケハナ」、「ミシシッピ」、「サラトガ」、「プリマス」と身内同士で呼び合う。外見上の変化はない。


 船内で生成された殺戮兵器、「フランキスカ」が艦前部に生成された発射筒セルから顔を出す。彼らは座標入力が完了次第、次々と射出されて――





 ……カチカチ……カチカチ……


 これは何の音か?

 時刻みの音である。

 「深夜」までの残り時間である。


 ……カチカチ……カチカチ……カチカチ……


 世の法則には全て原則というものがある。


 例えば時の流れ。それは一方通行。過去から未来へと。


 世の法則には全て例外というものがある。


 例えば時が巻き戻る時計とか。


 その時計が今ここに、ある。



 その時計は、不完全なものである。何故なら、本来あるはずの数字が4つしかないから。9、10、11、12。これだけ。1~8は空白である。

 その時計の螺子を動かすのは無数の賢者らの手である。彼らは遠大な議論の末に刻みを進めたり巻き戻したりする。7分前、3分前、2分前、3分前、12分前……というように。

 しかしそれも200年前のことである。今や賢者らは豊穣の到来により、文明とともに滅亡したからだ。


 だがその時計は生き延びた。


 概念は死なず、再び動き出す日をじっと待つ。

 待ち続けて――そしてこの日、時計Clockは再び動き出す――その目盛りを制御する者はもう、いない。


 「深夜」までの残り――


 Ten.

 Nine.

 Eight.

 Seven.

 Six.

 Five.

 Four.

 ……Three.

 ……Two.

 ……One――――Zero .


 鐘の音はない。けれども確かにその「時」と――


 星の裏側から、

 大気の奥底から、

 地脈の源を辿って、

 

 「彼ら」が、来たのだ。


 2301年6月29日、「深夜Midnight」。


 終末時計Doomsday Clockが告げる。

 世界変革の刻――終末を。

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